第8話 やつれた二人.1


二人で出店を散策している最中。

気がつけば舞葉は片手にかき氷を手にしていた。

赤いシロップのかかったかき氷を、彼女は上機嫌で口に運んでいる。


「舞葉、いつのまに自分だけ…」


僕は呆れながらそう言った。


「だって景太君はかき氷苦手でしょ? 頭が痛くなるから嫌って言ってたじゃない」


「それはそうだけどさ…」


悪びれもなく話す舞葉に、僕は何も言えなかった。


「じゃあ、僕はこのリンゴ飴を買う!」


僕はそう言って、目の前の屋台でリンゴ飴を購入する。

透明の袋が被された飴菓子は、舞葉のかき氷よりも鮮やかな赤色をしていた。


「あっ、それも美味しそう! 一口ちょうだい!」


「だーめ。舞葉は食いしん坊だな…」


「なんでよ意地悪ぅ!」


舞葉は僕の言葉を聞いて頬を膨らませる。

その年甲斐も無い可愛らしい仕草に、僕は思わず笑ってしまう。


「ははは、冗談だよ。あとで少しあげるって」


二人で歩きながら、そんなやりとりを続けた。




少しして、歩いていた僕達の目の前で、浴衣を着た男の子が盛大に転んだ。

五歳くらいに見えるその男の子は、顔を上げるとその場で泣き出してしまう。


僕と舞葉は驚いて、急いで男の子に駆け寄った。


「君、大丈夫かい?」


僕が男の子を抱えて立たせてやるのを、舞葉は心配そうに見ていた。


周囲の人々は何事かと眉をひそめ、僕達のことを遠目に見ている。

しかし、すぐに興味を失って、その場を離れて行く。


「お父さんとお母さんは?」


舞葉が問いかけるが、男の子は泣くばかりで答えない。

僕は男の子の体を確認して、膝に怪我をしているのを発見する。


「あー、足を擦りむいているね」


泣き続ける男の子を見てから、僕は周りを見回す。

どこにもこの子の親らしき人物は見当たらなかった。


「しょうがない。こっちへおいで」


そう言って僕は男の子を持ち上げると、そのまま境内の端まで連れて行く。

そして石段に座らせてから、男の子の足をまじまじと観察した。


「大丈夫だよ。大した怪我じゃ無い」


僕はそう言うが、男の子は泣きじゃくるのをやめない。


「ほら、このお菓子をあげるから、泣くのは我慢だ」


そういって僕は買ったばかりのリンゴ飴を差し出す。

赤い飴菓子を見た男の子は、涙を流しながらも声を上げるのをやめた。


リンゴ飴を渡した僕は辺りを見回す。


すぐ側には薄汚れた自動販売機があった。

それは僕が飲料水のペットボトルを買った自販機だ。


僕はその自販機で再び水を購入すると、蓋をあけて男の子に歩み寄る。


「少ししみるかもしれないけど、男の子なら我慢できるよね?」


僕の問いかけに、男の子は微かにうなずいた。

それを確認してから、僕はペットボトルの水を傷口にかける。

膝についた汚れを、綺麗に洗い流してやる。


男の子は唇を固く結び、顔をしかめていた。

それでも声は出さず、必死にしみるのを我慢している。


僕は持っていた絆創膏を取り出して、傷口に優しく貼り付ける。


「よし。これで大丈夫。消毒はしてないから、家に帰ったらちゃんと手当てをしてもらうんだぞ」


応急処置を終えた僕は、男の子の頭を優しく撫でてやった。

男の子は涙目になりながらも、感慨深そうに自分の膝を眺めていた。


「よかったね!」


舞葉が僕の後ろから声をかける。


男の子は石段から立ち上がると、膝の具合を確かめる様に足踏みをした。

そして嬉しそうに何度かジャンプすると、僕の方へ向き直る。


「お兄ちゃん、ありがと!!」


「もう転ばないように気をつけるんだぞ」


その言葉を聞いて、男の子は僕達に大きく手を振りながら祭りの中に消えていった。


「ちゃんと前向いて歩けー!」


男の子を見送ってから、僕は後ろを振り返る。

そこには舞葉が立っていて、満足そうに笑顔を浮かべている。


「カッコ良かったよ! 本物のお医者さんみたいだった!」


「そうかな…。まあ、医療系の大学に通ってるんだから、これくらい出来て当たり前だよ」


舞葉の表情を見ていて、僕は照れ臭くなって顔をそらす。


「当たり前なんてことないよ。人を助けてあげられるのは、誰にだって出来ることじゃないんだから!」


「…そうかもね。今の大学に進学出来て、本当によかったよ」


胸を撫で下ろす様にして、僕は深く息を吐き出した。


「ねえ覚えてる? 大学受験の頃の景太君、今より全然痩せてたよね…」


舞葉は僕の腹回りを見て、目を細めていた。


「その頃はやつれてたの! 勉強のし過ぎで、頭がおかしくなるかと思ったよ…」


僕が肩を落とすのを見て、舞葉は控えめに笑って見せた。


「でもあの年は、舞葉に随分とお世話になったなぁ…」


「確かに。受験の手伝いを口実に、毎日景太君の家に入り浸っていたもんね…」


呟く様に言った僕を見て、舞葉は少し顔を赤くした。


僕は舞葉との会話で、当時の出来事を思い出す。

お互い口には出さなかったが、一番最初に思い返されるのは少しだけ辛い思い出だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る