104.【閑話】謎朱鷺 - ナゾトキ - その5



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「いやぁ、助かりました。途中からマジでわかんなくて」


 帆紫ホムラの時間を取り戻す為の十七問。その途中で現れたのは、昨日ナゾトキについて色々と話をしてくれた年配の看護師だった。


「お役に立てたなら何よりです……でも、本当に奪われた『時間』が戻ったんですか?」


 疑問に思うのは無理ないだろう。

 だが、それでもつむりには確信があったので、一つうなずく。


「これまで曖昧だったルールを改めてちゃんと確認したんですよ。ナゾトキ自身から。

 曖昧なままクイズ勝負をすると、青天井のやばいやつをやらされちまうんですけど」

「そう、だったんですか……」


 複雑な顔をして看護師は俯く。

 思い人を奪われている彼女からすると、色々と思うところはあるのだろう。


「まぁやばい怪異であるコトには代わりないんですけどね。多少はマシになったかと」


 依斗は少し離れた場所で、子供達にナゾトキに関わらないように言っている。

 集まってくる子供たちも頭の回転は悪くない子ばかりだ。ちゃんと理由を言って聞かせれば、聞き分けのない子が少なそうなのは幸いだ。


「リベンジマッチ……私も、受けられるのでしょうか?」

「出来るとは思いますが、あまりオススメはしません。貴女の失ったモノの大きさを思うと、リベンジで出題されるクイズの難易度も問題数も、かなり高いんじゃないです?」

「ええ、それは間違いなく」


 きっと、彼女の中ではそれがずっとシコリとなっていたのだろう。

 どのような結果になろうとも、つむりが彼女を止める手立てはないし、理由もない。


「あたしの中にある小さな倫理観から言わせて貰えば……リベンジマッチは進められないっす。

 ただ、一人の人間としては……あたしに、貴女を止める理由はありません」


 つむりはそう告げると、タバコを取り出し口に咥える。

 近くにちびっこたちもいるので、火は付けずに口に入れるだけに留めた。


 タバコのケースを仕舞いつつ、つむりは看護師へと告げる。


「助けてくれたコトには感謝します。メシ奢ったり、あたしに可能な範囲でなら人を紹介したりもしてやれます。

 だけど、クイズに挑む貴女を手助けする気にはなれません。何が起きようとも、貴女の自己責任でお願いします」

「もちろんです。貴女がたやあの子たちに、迷惑を掛けるようなコトはしませんよ」

「……そうですか。じゃあ、あたしは失礼しますね」


 軽く礼をして、つむりはその場をあとにして、依斗と合流。

 子供たちをあしらいながら、二人は公園から出て行った。



 高架下。

 そんな二人の背中と子供達を見送った看護師は、ナゾトキへと向き直る。


「ナゾナゾドリさん……いえ、今はナゾトキさんだったかしら?」

「トキ?」

「……奪われたモノの名前は分からないのだけれど、奪い返すコトは可能かしら?」

「お前の名前を教えるトキ」

「私の、名前は――」

「リベンジ可能だトキ。やるトキ?」

「ええ。取り戻したいの、どうしても」

「問題数は51問だトキ。準備はいいトキ?」

「どうぞ。いつでも構わないわ」


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 数日後――


「帆紫ちゃんが元に戻ってくれて良かったよ」

「いえ、草薙先生が何かしてくれたんですよね?」

「ただクイズに答えただけですよ。ま、途中で助けてくれた人がいたんですけど」


 つむりは、最寄り駅前のカフェで担当の六綿ロクワタ 灼啓シャッケイと打ち合わせという名のお茶会をしていた。


「そこがよく分からないんですけど、なんでクイズ?」

「怪異としてのナゾトキが実在したんですよ。どこまで信用してくれるか分かりませんけどね」

「信じますよ。娘が一時的とはいえ大人になってしまっていたんですから」


 個人経営のこの小さなカフェの片隅には、恐らくはお店の人が見ているだろうテレビがつけられていて、小さな音量で掛かっている店内BGMのジャズと合わせて、なんとも言えない空気感が生まれている。


「……ナゾトキは事前にルール確認せずにいると、リスクが青天井でノーリターンなクイズバトルをやらされるんです。そして帆紫ちゃんは頭が良かった」

「答えれば答えるほどリスクがつり上がってくってコトですか? うちの子は間違えた時に、時間を奪われるくらいには答えてしまった、と?」

「そうなりますね。なのでまぁ……あたしはルールをちゃんと明確にした上で、奪われた帆紫ちゃんの時間をナゾトキにベットさせた上で、勝利した。それだけですよ」

「充分です。改めてありがとうございました」


 深々と、灼啓は頭を下げる。


「気にしないでください。取材のついでだっただけですから」

「それでもです。ありがとうございました」


 こういう面と向かったお礼に馴れていないつむりは、困ったように頭を掻くと、照れ隠しにベイクドチーズケーキを口に運ぶ。


「そうだ。六綿さん。おたくの児童文庫レーベルの人と渡り付きます?」

「お? 草薙先生、児童文庫挑戦ですか?」

「せっかくなんでナゾトキモノをやらせてもらいますよ。誰かクイズクリエイターにも協力して貰いたいところです」

「本格的にやるカンジですね。企画書とかプロットとかあります?」

「もちろん。今日はその為に六綿さんに声を掛けさせたもらったんですから――」


 つむりは、シニカルな笑みを浮かべると、自分のカバンの中からプリントアプトしてきた企画書を取り出した。


 それを元に、六綿へとプレゼンをしている時だ――


『先日、七十五歳の女性・隠道オンミチ シノブさんが自宅で血まみれになって倒れていた事件の続報です。警察発表によりますと、隠道 忍さんは自殺だった可能性が高いことが分かりました』


 ――ふと、店の片隅にあるテレビから流れてくるニュースに意識が向いた。


「先生? どうしました?」

「いや……すみません、ちょっとあのニュース見せて貰っても?」

「え、ええ?」


 うなずきつつも、六綿は不思議そうだ。

 つむりも、自分がどうしてあのニュースに惹かれたのか分からない。


『意識が戻った隠道さんは、三十年以上その存在を忘れていた長女の存在を唐突に思い出し、罪悪感に耐えられなかったと言っているそうです。

 隠道さんの長女に関してましては、夫も次女も長男も、つい最近まで長女がいたコトすら忘れていたと証言しており、嘘をついている様子もないコトから、警察も戸惑いを隠せないとのコトでした』


 なんてことのないニュースのようで、不自然な記憶の喪失について何かが引っかかる。


「あ。キャスターがいるの、うちの近くみたいですね」

「…………」


 ふと、思い出したことがあった。

 つむりは、不自然に思われないようにカバンをあさりつつ、能力で作ったノートを取り出す。


 開くのは、先日の看護師さんから読み取った記憶のページ。

 不自然にぼやけていて読めなかった部分。


《顔も名前も、声も温度も、どうして思い出せない。

 一緒に遊んだ記憶もある、笑い合った記憶もある、胸のときめきすらも覚えてる。

 『隠道オンミチ 寧音美ネネミ

 この空白に入る名前を思い出したい、思い出せない。

 油断をすると、すぐに思い出したコトすら忘れてしまう》


 ぼやけた空白の部分に、はっきりと名前が記載されている。

 ナゾトキによって世界から隔離されていたらしい隠道 寧音美という人物が、現実に戻ってきたのだろう。


 能力によって生み出したノートを消すと、ニュースへと視線を向け直す。

 だが、どうやら次のニュースに移ってしまったようだ。


(……『リベンジに成功した場合、可能な限り奪われた時の状況のまま返却される』……って書いちまったもんな……)

 

 だとしたら、寧音美ネネミは行方不明になった当時の姿で帰ってきた可能性があるが――


「先生? どうしました?」

「いや……たぶんですけど、ナゾトキによって神隠しされてた人が帰ってきたんだろうな……と」

「え? 今のニュースってそういう……?」

「記憶や記録からも存在が薄れていた人が、行方不明になった当時の姿で帰ってきて、薄れていた記憶や記録も元に戻る――良いコトと言えるのかどうか……」

「良いコトなんじゃないんですか?」


 六綿の言葉に、つむりはカフェオレを一口啜って、首を横に振った。


「帆紫ちゃんが元に戻れず、そのまま三十年くらい過ごして……見た目五十歳くらいになってるとしましょう」

「え? ええ……」

「誰かがナゾトキから時間を取り戻し、唐突に十五歳分くらい若返ったらどうなると思います?」

「え? あー……混乱します、よね?

 私たち夫婦はともかく、事情を知らない人からしたら急に若返ったようにしか見えないワケだし」

「ヘタしたら、時を失った時の姿と記憶に戻る可能性だってあるんですよ?」

「それは……見た目五十歳とかなら結婚とかもしてるだろうし……そうか、そうですよね……」


 どうやら、六綿もつむりの考えていることに気づいたようだ。


「神隠しされていた当時の年齢や記憶のまま帰ってきたのだとしたら、周囲の時間だけが急に三十年進んでいる状態なんですよ。

 それを受け入れられるかどうか――本人はもちろん、家族も……」

「あー……」


 六綿は思わず天井を仰ぐ。

 唐突に、隠道 忍の罪悪感による自殺というシチュエーションが身近になってしまったようだ。


「近所みたいだし、隠道さんたちのコト、ちょっと気に掛けた方がいいですかね?」

「そこは六綿さんの好きにしたらいいと思いますよ。誰の責任ってワケでもないですしね」


 それでも――と、つむりは口にして、一口ケーキを食べてから告げる。


「付き合うなら覚悟と責任が必要になりますよ。一度関われば、たぶん途中で投げ出せないくらい一蓮托生になっちゃうでしょうから」

「それはどうして?」

「誰に言っても信じて貰えない秘密の共有ってそういうモンでしょう?」


 個人同士ならいざしらず、家族ぐるみとなれば、複雑に絡み合って、互いに離れられなくなってしまうだろう。


 つむりは言うだけ言うと、新作の企画書を示す。


「横道にそれちまいましたけど、続き――いいです?」

「……え? ええ! もちろん!」


 突然の話題変換に驚きつつも、六綿はうなずく。


 このプレゼンが功を奏したのか、後日つむりは児童文庫レーベルから打診をもらい、少女向けナゾトキ付きの怪異ホラーを書くことになる。


 六綿が隠道家と関わったかどうかの確認は、していない。





 隠道家のニュースを見ながら、つむりは頭を掻く。

 あのトリに何かを奪われた人は少なくないのかもしれない。

 ルールが整ったことで、それを取り返そうとする人も、今後も増えるかもしれないが――


「ナゾトキのルールを整えたのはあたしだが、そのあとナゾトキがどうなろうが、誰がナゾトキを利用しようが……さすがに責任もてねぇよ……」


 だから、つむりは嘯く。


「あとのコトはしーらね」



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【NEWS SHOW】

『――――元看護師の女性が女子高生を誘拐・監禁していた罪で逮捕された事件の続報です。

 保護された少女は、三十年前に行方不明になっていた少女そっくりであり、名前や所持品から本人である可能性が浮上。DNA鑑定を行うそうです。また本人であった場合、どうして三十年前から変わらぬ姿でいたのかが疑問となり――――…………』



【INFO】

 これにて閑話終了です。

 次に更新する時は、本編が再開する予定です。

 引き続きよろしくお願いします。

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