85.見よ、この燃えるシチュエーション!



 9月27日(金) 想定期限タイムリミットまであと11日



【View ; Rotei】


 また学校でラクガキ事件が起きている。

 最初こそはおれが疑われはしたものの、能力の効果がまったく違うってことでようやく容疑が晴れた。


 やれやれって感じ。

 そもそもみんな騒ぎすぎなんだよなー!

 おれのラクガキなんて、大したことないのにさー!


 イっくんもなにやら真面目な顔をして、新堂たちとアレコレやってるみたいだけど、おれだけ仲間外れだもんなー!


 新堂と雨羽が二人そろって「お前が何の役に立つの?」って目で見てくるの、鬼ヒドいと思う。


 はぁ――あ。

 今日は部活もねぇし、真っ直ぐ帰ってもいいんだけど、それはそれで物足りないんだよなぁ……。


 無邪気なイノセント落書き帳アーティストは封印されちゃってるから、イタズラもできなし。うーん……。


「お?」


 結局、放課後にすることが思い当たらず、下駄箱のある一階までおりてきた時――廊下を歩く織川の後ろ姿が視界に入った。


 織川はイケメンの数学教師で、やたらと女子にちやほやされてるウゼー教師だ。

 まぁ女子からたくさん貰ったお菓子を食べきれないからって分けてくれたりするので、そこまで嫌いでもないんだけど。


 何やら女子と一緒に歩いていて――あの方角、あの雰囲気……。


 ははーん、さては家庭科棟の調理室に行く気だな?

 女の子の手料理をたべるつもりと見た!


 ずるいぞ、織川! おれも食べたい!

 こっそりあとをつけて、実食のタイミングで飛び込んで、ごちそうしてもらおうっと!




 そうして、やってきました調理室!

 何を作っているのかを、少しばかり覗いてみたりして……。


「ん……はぁ……あ」


 !?


 おいおいおいおいおいおいおいおい。

 織川センセーよぉ……まさか女子生徒に手ぇだしてんのかい?


 このまま、ドアの隙間から見学するのも良いのでは?


 織川はイスに座り、その膝の上に女子を座らせて、後ろから抱きしめる形だ。

 そして、その女の子の服の中へと手を入れている。左手はおっぱい。右手はスカートの中……。


 なんてうらやましい!!

 おれも女子の服の中に手を入れてさわりたい! えっちなことしたい!!


「いいかい? 君はこれから第二理科準備室で服をはだけさせるんだ。

 そして床に寝転がる。涙目で、仰向きになって、がに股気味がいいだろう」


 ……何を言ってるんだ、織川?


「伊茂下が来たら悲鳴をあげて、さも伊茂下にやられたんだという体で泣きわめけ」


 おいおいおいおいおい。

 キモシタは確かにキモいセンセーだけどよ、それはねぇだろ!

 教師どころか、社会的って奴でも死ぬだろ!


 いくらなんでもやって良いこととダメなことってのがあるだろうが!

 さすがに、おれでもそこは分かるぞ!!


 それに、キモシタだけじゃなくて女の子だって大変なことになるのが目に見えてるじゃないか!


 そもそも、そんなこと命令されたって、女の子が素直に実行できるとは思えないけど……。


「君にこれが刻まれている限り、俺には逆らえないだろう?

 君は、ほかの生徒よりも、深く定着しているから、なおさらね」


 よく見ると、彼女のスカートの内側に何か輝くモノがある。

 ……位置的に見て、ラクガキ――淫紋だな!


 つまりあれか! 新しいラクガキの犯人は織川で! しかもおれのラクガキとちがって本当に淫紋の効果があるってことだな! なにそれズルい!


 だけどそんなことより……!


 ズルいと思う感情よりも……!

 織川はここでボコらないとダメだって思っちまったんだよな!


 正直さ、やっていいのはラクガキまでだと思うんだよ。

 マジで淫紋の効果があったとしても、手を出して……しかも他人を犯罪者にハメる為に利用するとかダメだろ!


 そういうのはゲームの中だけで十分だ!

 淫紋能力とか目覚めたとしても、この世界が現実だっていう以上は、彼女とか嫁さんとか、えっちなお店とか、そういう場所で同意を持って利用する以外はダメだ!


 おれはバカかもしれないけど、そのくらいは分かるつもりだ!


 何より、おれのラクガキをこんなゲスなラクガキと一緒にされたら困るもんなッ!


 だから――


「よう、織川先生。面白そうなコトやってんじゃん?」


 おれはここへ飛び込み、女子を助けるヒーローになるッ!

 こんな燃えるシチュエーションはそうそうないぜッ!!


「……!?」


 織川はこちらを見て、めっちゃ驚く。

 いいねー! なんかヒーローになった気がするぜ!


「お前……!」


 慌てて立ち上がる織川。

 その時、膝に乗っていた女子は乱暴に、放り投げるどけた。


「おい!」


 投げられた女子も女子で、声を上げることなく、ぼんやりしたまま地面に倒れ込む。


 淫紋の効果か、まともな状態じゃなさそうだ。


 だけど、ここで織川を倒して、女子を助ければ、間違いなくおれはヒーローだ。


 偉そうにしている新堂や、悪い能力者を懲らしめて回ってるらしい十柄も、おれを見直すに違いない!


 運動神経には自信がある!

 ケンカだって、あの森の中で戦った化け物に比べたら、どんなもんじゃいって感じだろ?


 織川には悪いが、一発ブン殴って終わらせてやるよ。


「女子にモテてるみたいだけどさ、まさか放課後に女子を食ってるとは思わなかったぜ!」

「見られたなら仕方ないな。

 伊茂下ではなく、君がこの子に手を出したコトにして、退学になってもらおうか?」

「は? 何を言って……」


 次の瞬間、織川の背後に下半身が鳥かごになっている青肌のイケメンが現れた。


 ……まさか! 織川は開拓能力者フロンティアアクターだったのか!


 そっかー。そうだよな。淫紋だもんな。

 マジでそういうのを付与できるんだとしたら、そりゃあ能力者だよ。


 やっべー……マジでうっかりしってた。

 え? もしかしなくてもこれ、おれは能力ナシで織川とやるの?


「何が起こったかも分からないまま! 退学になってしまえ!」


 鳥かご男が、鳥かごから生えている鎖を触手のように伸ばしてくる。


「うおおおお!?」


 おれは慌ててそれを躱すと、織川の表情が露骨に変わった。


「お前、サキュバスケージが見えてるのか?」


 どうする? どうする?

 見えていると答えたら、もっと攻撃激しくなったりしない?


 なら黙ってた方がいいのか? わからん!


 こういう駆け引きみたいの苦手なんだよ!

 バスケの司令塔PGはできるから、誰かこの状態をバスケで例えてくれ!


「……偶然ならばそれでもいい」


 あ。勝手に勘違いしてくれた。


「お前が動けなくなるまで、何度でも打ちのめすだけだ」


 うあー! 勘違いはしてくれてるけど、何の意味もねぇ!!


 サキュバスケージが鎖を伸ばして攻撃してくる。


 それを躱すたびに、机が傷つき、棚が壊れていく。


 そして――


(やべ、これは躱せねぇ……!)


 おれはしかたなく、腕を掲げてガードする。

 だけど、おれはガードごと吹き飛ばされて、床を転がった。


 痛ぇ、ちょう痛ぇ、メガトン痛ぇ……!


 涙目になりながら顔をあげると、すぐ横で女の子が倒れている。

 制服がはだけていて、ちょっとえっちぃ。


 だけど、役得とは思えない。

 おれは、この子を助けに飛び込んだんだ……!


 その為には必要だ。

 イタズラの為なんかじゃなくて、この名前も知らない女の子を助ける為に、必要なんだ……!


 だから……だから、出てきてくれよ……!

 無邪気なイノセント落書き帳アーティスト……ッ!!


 心の中で叫びながら立ち上がる。


「やはり、お前も俺と似たようなコトが出来るんだな?」


 すると、おれの傍らには見慣れたスケッチブックが浮かんでいた。


 クレヨンの一本が折れている。

 疑問に思い、そのクレヨンに触れようとして左腕が上がらないことにきがついた。


 あ、なるほど。

 なんでか痛みは感じないけど、左腕折れちまってるのか。


 だけど、まぁいいや。

 女の子を助ける。織川をボコる。

 それで、万事解決だ。


 問題は、無邪気なイノセント落書き帳アーティストでそれをどう実行するかだけど……。


 ……………あれ、無理じゃね??


 いやいやいやいや。わからないぞ。何か手があるかもしれない。

 おれが必死に、この素晴らしい頭脳をフル回転させている時、織川はムカツク笑い方をしながら、話しかけてくる。


「どんな能力かは知らないが、呼び出すのが少し遅かったな」

「あん?」

「臭いがするだろ?」

「ん? まぁ少しガス臭い気はするけど……」

「俺は愛煙家でね。ほら、タバコを持っている。当然、ライターとマッチもね」

「おい……テメェ、まさか……ッ!!」


 気がつけば、織川は入り口のドアの前。

 おれは調理室のど真ん中。


「単純なガキで助かったよ。

 女子生徒に手を出し、調理室でイタズラしてガス爆発。

 無事に助かっても、退学じゃすまないかもな」


 おれは手を掲げて、叫ぶ。


無邪気なイノセント落書き帳アーティスト!」


 クレヨンミサイル発射! いや乱射!


「甘い!」


 だけど織川のサキュバスケージは鎖をぐるぐる回して盾にして受け止めてしまった。


 どうする? どうする? どうする?


 そして、サキュバスケージは左の鎖の先端でマッチ箱を握る。右手の先端でマッチを握る。


 伸びてくる。

 鎖がおれの方へと伸びてくる。


「織川、このままだとテメェもケガすっぞ!」

「多少のケガは覚悟の上さ! その方が、お前を止めようとして失敗したっていう説得力がでるだろう?」

「クッソ野郎が……ッ!!」


 このまま織川と相打ち覚悟で殴るのはダメだ。

 その場合、爆発を受けたこの子が助からない!


「誰もッ! 俺の邪魔はさせないッ! 俺は! 全ての女を支配するんだッ!!」


 イカれてやがるぜ……!

 おれが心の中で毒づくと同時に、マッチが擦られる。


 次の瞬間、爆発するより先に、おれは女の子の上に飛びついて覆いかぶさり――


 爆音が、耳をぶっこわす。


 全身が痛い。

 何も聞こえない。

 息が苦しい。


「え、あ、なに?」


 どうやら、おれの下にいる女の子が正気に戻ったらしい。


「ど、どいて……!」

「こえ、あげないで……。周りを、見て……」


 やっべ。全然声が出ないぞ。

 喋ろうとするだけで全身がバラバラになりそう……。


 身体が動かないけど、無邪気な落書き帳は動かせる。

 スマホ、取り出して……イっくん、呼び出して……。


「なにこれ、どうなって……」


 ようやく、爆煙に包まれているのに気づいたらしい。


「あ、あなた……背中……!」

「だいじょ、ぶ……」

「そんな風には……!」


 なんか背中がやばいことになってるっぽいけど、あと回し。


「動ける? 這って、外に……」

「あ、あなたは……!」

「うごく、よ」


 彼女の上からゆっくりと、どく。

 おっぱいの感触とか、やわはだの感触とか、楽しむ、ひまも、ない。


「いこう……でぐち、あっち」

「う、うん……」


 うごこう。

 うごけない。

 おんなのこだけでも……。


 せめて……せめて……おりかわに、しかえし、してぇな……。


 いのせんと、あーてぃすと……!!






「なんだ? あのガキの能力の切れ端か?」


 はは、なんか。きれはしが、そとにあるじゃん。

 きれはしの、しかいから、おりかわが、みえるじゃん。


「なんだ、なんだ……! この絵は……!」


 なんだろうな。

 ぴえろ。両手の指が筆でできた、画材だらけの服を来た、パレットの仮面をつけている、ぴえろの、絵。


 それが、とびだす。

 紙の、きれはしから……。


 じょうはんしんが、じったいかする!

 おりかわが、慌てて……能力をつかう……。


「サキュバスケージ!」


 まっこうしょうぶは、無理だから……!


 いのせんと・あーてぃすと・・ぃれむ!


 ぴえろの・ぃれむが、ゆびをのばす。

 おりかわに、ふれる。


 ひだりてのこう。

 ついでにへそした。


 サキュバスケージの鎖にはじかれるけど、やることは、やった。


「は、はは……!

 最後の抵抗にしては淡い火花だったな! 消えかけた蝋燭のように、燃えてるじゃないか!」


 そうだな。

 ・ぃれむのえがかれている紙はもえている。


 ・ぃれむももえる。こいつも紙みたいな、もんだし……。 


 だけど、じゅうぶん。

 やることはやった。


 おれからの、いんもんの、ぷれぜんと、だ。

 いっしょう……そこに、つけて、やが、れ……。


 おれの意識は、そこでとぎれた。


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【TIPS】

 身も蓋もない話をすると、ツユっちは、織川の正体に気づき、飛び込む前に各所へと連絡していれば悪夢事件解決RTAが発生した可能性がある。


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