80.新たな紳士を探しましょう


【View ; Syuko】


 倉宮先輩たちと分かれて空き教室を出てきましたが……さて、どこから手をつけましょうか。


 まだ校内にいるようなら、栗泡先輩にも会っておきたいところですが。


 そうして、校内をうろうろとしていると、生徒会室から陽太郎くんの声が聞こえてきました。


「さて、栗泡先輩。俺がどうして貴方を呼んだのか。心当たりはありますか?」


 これは好都合です。

 私はためらいなく生徒会室のドアに手を掛けます。


「その話、私も混ぜてください」

「鷲子くん」

「十柄……」

「あれ? なんで二人して呆れたような顔をしているんですか?」

「あまりにもあまりなタイミングでくんが現れたからな」

「まるでオレたちを探してたみたいだぞ」

「実際探してましたし」


 そう告げれば、二人が顔を見合わせました。

 この感じだと二人もすでに把握してそうですね。


 私は生徒会室の扉を閉め、鍵をかけました。


「ちなみに富蔵先輩も倉宮先輩たちに締め上げられてました」

「まぁそうなるだろうな」


 陽太郎くんは一つうなずいてから、訊ねてきます。


「結果は?」

「その場ではまだ黒に近いグレーだと脅しておきましたが、実際のところは限りなく白に近いグレーかと」

「だろうな」


 納得顔の陽太郎くんを見て、栗泡先輩は顔をひきつらせています。


「つまりお前、別にオレのコトを疑っていたワケじゃないな!?」

「いえ疑ってはいましたよ。白よりのグレーとしては」

「ならイチイチ脅すような手段取るなよ……」


 栗泡先輩はぐったりとうめきますが、そこはそれ。

 富蔵先輩同様に、実際にやらかしてしまっているのですから仕方がありません。


「まぁいいや。十柄。今回の騒動って、専門家の見解かしてどうなんだ?」

「今回に限っていえばラクガキではなく本物です。

 だからこそ、富蔵先輩の容疑が晴れたともいいますが」

「確かに、アイツの能力はラクガキするだけだからな。本物の呪いを付与できるようなもんじゃない」


 その辺りは栗泡先輩も納得のようです。


「その上で、お二人に協力を願いたく」

「……と、言うと?」


 陽太郎くんに促され、私は告げます。


「呪いが本物である以上、刻印された女子の発言は日に日に信用度が落ちます」

「効果が本物なら、日に日に色ボケしていき、頭がピンクに染まりきれば、色ボケの為に友達を売るコトも侍さない……可能性か」

「はい。栗泡先輩の言う通りです」


 道徳や倫理が崩壊してしまえば、真実にたどり着くのは非常に困難になりますから。


「なので二週間です」

「なんの期間だ?」


 陽太郎くんがメガネを逆行で光らせながら訊ねてきます。

 なにやら、栗泡先輩のメガネも逆行で光っているので少しだけ、面白いと思ってしまったのはナイショ。


「黒幕討伐完了までに使える時間です。

 それをすぎると、黒幕をどうにかしたところで取り返しが付かなくなる可能性があります」

「そうか、呪いが解けたところで、呪いによって起こしていた行動は無かったコトにはならいないからな」


 そうなれば呪いを受けてしまっていた子たちも、そしてこの学校そのものも、まともなままではいられないことでしょう。

 最悪、学校に関しては潰れてしまう可能性も十分あり得ます。


「私も女ですので、呪いに掛かった場合は報告します。ですがそれ以降は信用しすぎないでください」

「平然とそれを口にできる十柄のメンタルすごいな」

「オレや鷲子くんは……そういう教育を受けているともいえるな」

「金持ちってのも案外大変なのか?」


 歴史の古い家の因習に近いもののような気もしますが、役に立っているのですから、気にしたら負けです。


「それと、陽太郎くんには開拓能力を理解している警察の方の連絡先を教えておきます。私の名前を出せば取り合ってくれると思いますので。

 あと、開拓能力絡みの事件でしょうから、本気で困ったらモノさんを頼ると良いかと。庵颯軒あんさつけんのチーズカレーまんを持って行くと、話を聞いてもらえます」

「遺言みたいだぞ、十柄」


 思わず――といった様子の栗泡先輩に、私は笑みを浮かべました。


「とんでもない。遺言でも何でもありません。これは布石です。

 私はこれから表立って派手に動くつもりですから」

「鷲子くん、囮になるのか?」

「はい。まぁ派手に動かなくても、恐らくは目を付けられそうですが」


 私が苦笑すると、陽太郎くんと栗泡先輩も苦笑します。


「確かに確認できている範囲で被害に遭ってるのは、容姿のレベルが高い子だしなぁ……」

「当然、鷲子くんもそこに入っている……か」


 二人にうなずき、私は続けます。


「そういうコトです。

 被害を受けつつも、そのまま尻尾を掴んで討伐できればよし。

 ダメでも、陽太郎くんたちに託せるモノを残してからリタイアしますので」

「その場合は、君が完全に堕ちる前に解決すれば問題ない、と」

「はい」


 正史ゲームが始まる前に、バッドエンドなんてなるワケにはいきませんからね。

 何より、それなりに楽しんでいる学園生活を、こんなつまらないことで潰されてたまるものですか。


「この一件はイタズラですますワケにはいきません。

 なので、私は犯人に対して、誰にケンカを売ったのか――その魂の随まで、刻み込んであげる所存です」

「ではオレも一口乗ろうか、鷲子くん。

 この学校は、オレにとっても数少ない心の平穏を保てる場所だからな。それを脅かすというのであれば、持てるチカラの全てを利用して、犯人をすりつぶすコトもやぶさかではない」


 お互いにそれぞれのお父様の悪い笑顔を思い出すような顔を向け合う私と陽太郎くん。


 それを見ながら、栗泡先輩が顔をひきつらせながらドン引きしてましたが、私と陽太郎くんは敢えて気にしないでおくことにするのでした。




 

 その日の夜――




 ふと、目が覚めます。

 だけど、ハッキリとした目覚めではなく……。


 思考は鈍ったまま……。

 重たい瞼が自分の意志に反して、錆びついた扉のようにぎこちなく開く感じ。


 起きることが億劫なのに、起きなければいけないような。

 寝ていることこそが正しいのに、起きなければという焦燥を感じる心模様。


 酷く不確かで。

 酷くあやふやで。

 酷くちぐはぐで。


 頭と体と心の動きが不一致のまま、目だけがぼんやりと覚めていく。


 恐らく、これは夢。


 はっきりしない視界のまま、周囲を見回せばぼんやりとした闇に包まれている。

 もっとよく見回せば、ここはどうやら大きな大きな鳥かごの中。


 格子の隙間は、たぶん簡単にすり抜けられるくらい広いけれど……。

 その格子まで体は動いてくれそうにない。それどころか、別にそれを確認したいと思うこともない。


 ただ、ここでだらりと横になっていたい。


 一糸纏わず、素肌を晒していることに気づいたけれど、そのことに羞恥もなく。


 なぜ自分はここにいるのか。

 なぜ自分は何も着ていないのか。

 その原因を解明したり、考えたりしようとする思考も好奇心も、何も湧かない。


 ただただ、この場でだらりと横になっていたい。


 だって思考が正しく動かないから。

 だって身体が動かないから。

 だって何かしたいと思わないから。


 鈍い思考。重い体。怠惰な心。


 この夢の世界での私は、その三つで構成されている。


 どこからともなく聞こえてくる、いやらしくすら感じる水音。

 微かに残る警戒心や恐怖心がそれを確かめるべきだと訴えている気がするけれど、どうでもよくて……。


 この状態はとても良くないと、漠然とした直感はあるけれど、だからといって何をしようという気も起きなくて。


 どこからともなく聞こえてくる、艶っぽい……悲鳴ような、嬌声のような……そんな声。

 どうしようもならないほどの不安感と焦燥を感じるのだけれど、まぁでも仕方ないか……という諦観にも似た感覚に支配された身体は、何の反応もしない。


 カシャリ、カシャリ――


 金属……それも鎖のようなモノが擦れ合うような音が聞こえてくる。


 カシャリ、カシャリ――


 その音が、どんどん近づいてくるけれど、身体を起こそうという気にはならない。

 音の正体を確認しようとするのも億劫で……。


 カシャリ、カシャリ――


 それでも何とか首だけ動かして、音のする方へと視線を向ける家庭で、ふと気が付いた。


 自分のへその下。下腹部。

 薄紫色にぼんやりと光る、ハート型の何かがある。


 まずい――という直感。

 だけど、なんでそんなものを感じたいのかがわからず、まぁいいやと音の方へと視線を向けた。


 カシャリ、カシャリ――


 音の主の姿が見える。


 第一印象は鳥かごそのもの。

 第二印象は西洋風の優男。


 あまりにも矛盾したその印象は、だけど概ね間違ってはいなかった。


 その男の下半身は鳥かごなのだ。

 腰から上は非常にスマートで、誰が見ても麗しいと思うだろう男性だ。

 ただし、その肌は青い。


 コウモリを思わせる翼を持つその上半身は、いわゆるインキュバスだと言えばその通りだろう。


 この鳥かご男が本当にインキュバスなのなら、この夢が何なんなのか、自分がどうなるのか、漠然と分かってしまう。

 分かってしまうのに、逃げ出そうという気力が湧かない。


 何をするにも酷く億劫で、自分の身体など好きに扱って構わないとさえ思えて――


 カシャリ、カシャリ――


 鳥かごの左右から垂れ下がる鎖が、ゆっくりと私の方へと向く。


 眠い、だるい、かったるい。

 緊張感なんてない。恐怖なんて感じるだけ無駄。逃げるなんて労力はかけたくない。


 面倒くさい。

 この身体を、貪りたいなら貪ればいい。


 男の瞳が妖しく輝く。

 鳥かごの中にある、黒いモヤのようなモノが、何かに抗うように身動みじろぎをしているけれど、どうでもいい。


 あの黒いモヤが自分に関係する何かだと思うのだけれど、取り返そうという気にもならない。


 自分が致命的な選択を選んでいるという自覚はあるけれど、それすらもどうでもよくて……。


 鳥かご男に抱かれ続けるだけで、あとのことは何もしなくて良いというのなら……それは、それで……。


 身体に、鎖が巻き付く。

 金属らしくはない感触。

 見た目は金属なのに、まるで人肌のような生ぬるさと、柔らかさを持つその鎖に絡め取られた私は、そのまま持ち上げられる。


 抵抗はしない。

 抵抗をする気はない。


 持ち上げられた私を、鳥かご男は引き寄せる。

 そして、彼の腕が私の下腹部の辺りに伸びてきて――


「死にさらせぇぇぇぇぇ――……ッ!!」


 その手が私に触れる前に、突如現れた全裸の男性が、鳥かご男へと勢いよく跳び蹴りをキメた。


=====================


【テiPsu】

 我は夢。我は檻。我は鳥かご。我は支配者。我は飼い主。

 夢幻アナタを幽閉する鳥かごの中、気怠げに、怠惰に、退廃的で、背徳的で、淫蕩に満ちた悪夢ユメを享受して、ユメウツツの区別を忘れて楽しみなさい。

 その代償は、あなたの自我。あなたの魂。あなたの全て。

 今日からあなたはかごの鳥。あなたは悪夢ユメを楽しむ為に。

 ユメの中でも、檻の外ゲンジツだろうと。

 あなたは、私を喜せる為だけに嬌声さえず小鳥ドレイになれる。


【???】

 ごちゃごちゃうるせぇッ!!

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