13.『許し』
藤枝さんにお願いした話し合いの場は、その話をした翌日の夜に設けられました。
いつまでもリスクに関して悶々と悩んでいて仕方がありませんので、ちょうど良いと言えばちょうど良いですね。
「それで……話とはなんだ?」
場所はお父様の書斎です。
イスに座り机に両肘を乗せて手を組むいわゆるゲンドウポーズというものをしてこちらを見てきます。
お父様的には別に睨んでいるつもりはないのでしょうけれど、それだけでかなり威圧感があって恐いです。
だからと言ってビビっていても仕方がないので、軽く一歩前に出ます。
ふと、その時にこのシチュエーションに似たシーンが脳裏に過ぎりました。
フロアク終盤――
私が抱えていた過去を、私が自分の口から語るのを恐れるあまり、主人公が代わりに説明をしてくれるというシーンに、どことなく似ています。
であれば、であればですよ……ここで、過去の真相も一緒に話をしてしまうのは悪くはないのではないでしょうか?
それだけで、
そうなれば、気持ちも少し上を向くというものです。
「どこから話せば良いのか……というのが少々自分の中で固まりきってないのですけど……」
まずはそう前置いて、私は思考を巡らせました。
「昨日、私の帰りが遅かった理由……。それとお母様が命を落とした事故……これの根っこは、同じなのです」
お父様と藤枝さんが息を飲む気配を感じます。
そうですよね。それが同じなのだと言ってしまえば、二人とも私の心配をしますよね。
興味を引くためとはいえ、少々よろしくない切り出し方をした気がしますが、そこはもう勢いで行くと決めました。
「私が、
そう告げた瞬間、お父様は目を見開き、私を真っ直ぐ見据えます。
睨み付ける瞳の奥底に、不安と心配と包容の輝きを感じます。
「仮に――仮にお前が本当に超能力者だったとしても、お前を化け物呼ばわりなどするものか」
「そうだ。
藤枝さんも、素の顔で重ねてきました。
それだけで私は嬉しかったのです。
ですが、母の死の真相を話すとなると、二人の掌がひっくり返る可能性もあるのですけどね。
胸中で僅かに苦笑しながら、それでも話すと決めた以上は最後まで語ろうと、私は父の目を真っ直ぐに見返します。
二人を試すようなことをしてしまうので、少し心苦しさはありますけど、大事なことなので、がんばって口を動かしましょう。
「お母様を失った時の事故……あの時、私は能力に覚醒しました。感情の高まりで暴走した結果が、事故を起こして――」
「違うッ!!」
ダンと音を立て、イスをひっくり返し、大きな声を上げて、お父様が立ち上がります。
まるで私がその先を口にしてはいけないと、口にさせてはいけないとでも言うような、突然の行動です。
「警察やその他の調査の結果は正しく出ているッ! あれは間違いなくただの事故だッ! よしんばお前があの事故で超能力とやらに目覚めたのだとしてもッ、因果関係はお前自身が思っているものと逆だッ!
超能力に目覚めたせいで起きた事故じゃないッ! 事故が起きてそれに巻き込まれたからこそッ、お前は超能力に目覚めたはずだッ!」
その勢いに、私は呆気に取られました。
元々、そう思ってたけどきっと事実は違うのでしょう――と続けるはずだったことを、逆にお父様に言われてしまいました。
……いいえ、いいえ。
そんなことはどうでもいいのです。
ただ事件の真相を正しく理解していた父が――
私自身が……事故の起きた日から、前世の記憶が戻るまでの間にずっと思いこんでた事実を、父が否定してくれた。
そのことだけで、胸にこみ上げてくるものがありました。
本当に、お互いにちゃんと言葉を交わしておけば、ゲームのフロンティアアクターズの初期状況まで拗れることはなかったのです。
それだけで、本当に、本当に……
「鷲子」
次の言葉が出てこず、立ち尽くしている私を藤枝さんが抱きしめてくれます。
「ずっと、それを抱え込んでたのか?」
あまり見せてはくれない素の顔で、だけどまるでお母様のような
それに首肯することしか出来なくて……
「そうか」
小さくそれだけ口にすると、ぎゅーっと抱きしめる力が強くなります。
「そんなモンを抱えて、よくがんばったな」
「あ」
つーっと、私の眦から雫がこぼれ始めました。
ああ、そうか。
前世の記憶のおかげで事故の真相が自分のせいではないと頭では理解していても、心のどこかではずっと抱え込んだままだったのでしょう。
だからこそ、二人からの『許し』を得たことに感情が揺さぶられてたのです。
十柄鷲子として、欲しかった言葉を貰えたというべきか――
――そう。
これは『許し』です。
二人がそんなつもりがあろうとなかろうと、ずっとずっと自分一人で抱え込んできた『お母様を殺したのは私』という呪縛から、解き放たれる『許し』。
二人から追い出されるかもしれないという不安の根っこも、そこにあったのでしょう。
お母様のことを今なお愛しているお父様と藤枝さん。
そんな二人から、化け物だと糾弾されることが恐くて恐くてたまらなかった。
だから二人に言い出せず、抱え込んだまま、人との接触を避けるように生きてきたのです。
でも、それも今日で終わりです。
ずっと抱えてきたものを『許し』て貰えたのだから、追い出されたとしても
「藤枝さん、まだお話は終わってませんので、その……」
「ああ。話の途中でこんなコト言うのも変だけどよ、話してくれてありがとうな」
「はい」
涙を拭いながらうなずいた時、お父様の顔がチラリと見えます。
その表情は、今までで一度も見たことのない安堵に満ちた顔をしていました。
=====
【TIPS】
藤枝さんは家柄のせいで無理矢理お嬢様学校に放り込まれたそうである。
本人は自分をヤンキー系だと思っているし、実際にレディースぶってたのだが、
そこかしこに生まれの良さとか、品の良さとかが見え隠れする不良だったらしい。
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