5.目が痛くなりそうな白い街

「ここ?」


 Gは思わず目を丸くした。


「そう、ここ」


 イアサムは軽く返す。

 確かに、何も無い。跡形もない。

 いや、そこに建物なり、店なり、それがあった雰囲気というものは残っている。例えば、敷地の隅に転がった、ランプの傘とか、壊れた椅子とか。


「攻撃にあった、って本当だったんだな」

「何かねえ、ここはアウヴァールのスパイのたまり場だったんだってさ」

「スパイの」


 うん、とイアサムはうなづく。


「それで、このワッシャードの警察だか軍だかに、やられたのかい?」

「違うよ。お客さん、知らないね。そんな単純なものじゃないさ」

「と言うと?」

「連中は攻撃を受けて逃走する時に、ここに火をつけたんだよ」

「何でまた」

「そりゃあ、ここに集まってる何かの証拠が見つかったらまずいだろ?」

「でも、イアサム、君はよくそんなこと知ってるね。まだ小さいのに」

「小さいって言うなよ!」


 かっとして彼し怒鳴った。おや、とGはその様子を見て思う。何やら小さくて、よく吠える犬を見ている様な気がする。


「だいたいお客さん、あんたそういうけど、俺とどんだけ違うっていうんだよ!」

「どれだけって」


 彼は苦笑する。この少年(に見える)にとって、自分は一体どのくらいの年齢に見えているのだろう。もう自分の流れてきた、実際の年月がどのくらいなのか、彼はとうに忘れてしまっていた。

 と同時に、きっと自分は成長することも、忘れてしまったのではないか、と時々彼は考える。無論、判らないことを知るとか、危機対処ができるといったこととは別のことである。


「幾つに見えるの?」

「俺、二十歳だぜ?」

「え?」


 彼は思わず声を上げた。それは予想外だった。


「嘘だろう、君、何処から見ても」

「15.6くらいって言うんだろ? 全く」


 そうやってイアサムは頬を膨らませる。その行動の何処が子供っぽくないんだ、と反論したい気持ちに彼もかられたが、まあ態度と年齢は関係ない。


「時々ね、この惑星で生まれる奴は、成長が遅くなったりするんだよ」

「へえ。それって、やっぱり一日の時間と関係あるのかな」

「知らないよ。でも珍しいことは確かだよ。だからいちいち俺、言われたくない」

「ああそう…… うん、ごめん」


 ちょっと誠意がこもっていない言い方かな、と彼は思う。だがとっさにはそれが精一杯だった。


「じゃあ、話を戻そう。それって、あの店でよく話されてることなのかい?」

「まあね。うちの店は小さいけれど、人の出入りは多い。ついでに言うなら、あんたみたいな観光客も結構来る。色んな言葉の色んな情報が、ホントのものもウソのものもひっくるめて、あふれかえってる」


 本当も嘘も、というあたりに、Gはふと目を細めた。


「カフェってのはそういうとこなの?」

「どうかな。どっちかというと、そうゆうのは、カッフェーの方が普通なんじゃない? ウチの方が珍しい」

「そうなの。でもさイアサム、そういうことを、ただの観光者の俺にすらすら言ってしまっていいの?」

「俺はさ、誰にだって言うよ。あんただけじゃない」


 なるほど、と彼は肩をすくめた。

 この惑星にやって来た時、彼が感じたのは、まず開放感だった。

 居住地域がそう多くは無い惑星だというのに、何故自分がそんなことを感じたのか判らない。

 宙港に着いた時の、あの熱気。エアコンディショナーは効いているはずなのに、空気の密度が違った。

 そして外へ出た時の、まぶしい日差し。街並みは白かった。昼時間の真ん中の日差しは、強烈で、ただただ白い。その白い日差しを、白い石造りの建物が更に跳ね返す。目が痛くなりそうだった。

 すぐに適当な宿に居場所を定めると、服を買いに出かけた。この街で住む男達と同じ、白い長い服と、頭にかぶる布。白い街の中で、埋没するにはそれがいい。

 とりあえずは、ロゥベヤーガだった。こことは違うが、昼はカフェ、夜はカッフェーで、ぼんやりと時間を過ごした。ただ耳だけはいつも開放していた。休暇とは言え、自分の身を守ることは必要だ。

 街の中では、いつでも言葉があふれていた。

 三人居る妻の一人が飛び出したとか、息子の成人式には大したことはしてやれなかったが娘には充分な持参金を付けなければ、と言ったひどく家庭的な話から、昨日近くのアダマン市で木の実の輸出業者同士の抗争があった、と言ったような物騒な話ので、それは千差万別だった。

 ただ、その何処にも、あの有名な反帝都政府集団の名前は出てこなかった。それが彼を、どんな物騒な空間の中でもくつろがせた。

 そんなに自分はあの集団の中に居るのが嫌なのだろうか。彼はそれを自覚するたび、ぼんやりと考えた。そうではない、と思う。思いたかった。

 ただ、思いたい、と考える時点で、そこに迷いがある。彼はそれにも気付いてはいた。

 あの連絡員と自分は違うのだ。あれだけ盲目的に信じられたら、どれだけ楽だろう、と思う。

 自分の一番大切な部分を他人に預けてしまうと、確かに楽ではある。そこに自分の責任は無くなる。少なくとも、自分の中で。

 だが彼はそれを好まない自分を知っている。

 そんな繰り言の様な考えがずっと頭の中をぐるぐると回って離れない。

 人混みの中に紛れるのは、そこから逃れるためだった。雑多な人々の声が、その中に含まれる考えが、強烈な日差しの中、白い空間で、とけ込んでしまう。まぶしくて、見えなくなってしまう。

 中断させたのは、イェ・ホウだった。そして、また別の問題を彼に投げかけた。

 先の事件で出会ったのは偶然ではない。彼は自分を待っていたのだ。まだ彼に会っていない自分を。

 それがどういう意味なのか、彼は知っていた。その事件の時に、Gは自分の未来の姿と会っている。自分は近い未来、過去へと飛ぶのだ。

 それがいつなのか、何処なのか、彼にも判らない。時間を飛び越えてしまう天使種としての能力は、Gの意志とは関わりなく発動する。

 しかしイェ・ホウが姿をくらました、ということは、それがそう遠くはないことを示しているのではないか、と彼は思わずにはいられない。

 だから長く――― できるだけ長く、あの怠惰な時間を、少しでも長引かせていたかったのだが。


 信じたくはなかった。自分が「Seraph」の党首になるのだとは。


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