第六章 剣と盾、不壊なるもの 【第六節 剣をかかげろ】

「これがきみの本当の姿なのか。じゃじゃさまがいっていた意味がようやく判ったよ」

『マシュローヌ・エスクード・アルジェンタルよ。……シロでいいけど』

「“白銀の盾のマシュローヌ”、ね。いい名前だ」

 盾に変じたシロの縁をぴんと指ではじくと、ハルドールはクロを振り返った。

「ということは、察するにきみは――」

「……何だかんだでシロはいつもそうなんだよ。困るとすぐに人を頼るくせに、あれこれ勝手に話を進めてさ」

 ぶつくさと不満げにもらしていたクロは、大仰な溜息とともに赤毛をかきむしると、右の拳をハルドールに差し向けた。

「――まあいいさ。あくまでダンナのためだよ」

「共生関係ね。それでいいんじゃないかな?」

 ナルグレイブをはめた右の拳をクロの拳を触れ合わせると、クロのグラマラスなボディがまたたく間に無数の蛍となって飛び散り、すぐにハルドールの手の中に収束していった。

「それは……それは何だ!? 何をしている、貴公!?」

 ふたたびザブームがマラギギを振りかぶって突っ込んできた。

「さて……それは何だと聞かれてるよ、ミス・グローシェンカ?」

 振り返りざま、ハルドールが右手を一閃させる。

「ぬ……っ!?」

 大きくたたらを踏んでよろめいたザブームは、びりびりとしびれる自分の手と、そしてハルドールの右手とを交互に見やった。

『グローシェンカ・エスパーダ・ネグレド――この世界で一番強い剣だよ』

「だそうだよ、ザブーム氏。……自己紹介も終わったから、そろそろ退場してもらおうかな?」

“黒の剣のグローシェンカ”を握り締め、ハルドールは笑った。

「……そろそろ一〇分すぎちゃうんで」

「笑止な……いかに斬れる剣だとて――」

「判ってないね、ザブーム氏。どうして俺がここまで素手で戦っていたと思う?」

 こうして彼女たちを手にした瞬間、ハルドールには“武具”としての彼女たちの特性が理解できた。

「じゃじゃさまは正しかった。彼女たちが本当の力を発揮するためには、それにふさわしい所有者が必要なんだよ。――たとえば俺のようなね」

 ごとりとハルドールの足元にシロが落ちた。しかし、ハルドールの左手とシロとは、実体化した魔法の鎖でつながれている。左腕に意識を集中させ、ハルドールはその鎖を振り回した。

「なるほど――こう使うんだろ、ナルグレイブって!」

「ぐ!」

 ザブームの側頭部を狙って白銀の円盤が飛ぶ。ザブームは咄嗟にマラギギをかざしてシロをはじき返したが、その威力のほどは、巨人が思わずもらした呻き声を聞けばよく判る。

「ば、馬鹿な……! マラギギの魔法減衰の効果は効いているはずだぞ!?」

「これは魔法の力じゃないからね」

 はじき飛ばされたシロを鎖を使って引き戻し、ハルドールはいった。

「俺がいつも素手で戦場に立つのは、俺の力に耐えられる武器がないからだよ。結局は戦場で敵から奪った武器を使い捨てていくことになるから、最初から手ぶらで行く。何だったら素手のままで戦ったっていいしね。――けど」

 ハルドールはふたたびシロを投じた。

「!」

 二度目はうまくかわしたザブームだったが、代わりに、勇者と巨人の対峙を遠くから見守っていたザブーム軍の兵士たちが、美しい凶器に引っかけられていた。その破壊力は、ブルームレイクでハルドールがクロを振り回した時の比ではない。

「どうやら彼女たちは、俺がどんなに力を出しても壊れそうにない。俺の勇者力を敵に叩きつけるってことで考えると、確かにこんなに強力な“武具”はほかにないな」

 あるいはクロとシロを作ったご主人とやらも、ハルドールと同じような戦い方をする魔王だったのかもしれない。その上、じゃじゃさまが用意したナルグレイブが、ハルドールとクロたちをうまくつないでくれていた。

「ミス・グローシェンカ! 行ってくれるかな?」

『いちいち断らなくたっていいんだよ! 面倒だろ?』

「それじゃお言葉に甘えて……!」

 シロを引き戻すのと入れ違いに、ハルドールはクロを逆手に持って投げつけた。

「小賢しい……!」

 矢よりも速く飛んだクロの刃が、ザブームの顔をかすめていく。すかさずハルドールは鎖を引いてクロの軌道を変え、死角からザブームに攻撃を仕掛けた。

「しょせんは小手先の芸にすぎん!」

『あたっ?』

 マラギギでクロをはじいたザブームは、巨人の歩幅で大きく一歩踏み込み、ハルドールに斬りかかった。

「ミス・マシュローヌ!」

『任せて、ハルくん!』

 すでに手もとに戻っていたシロを構え、巨大な刃を受け止める。今度は後ろに数十センチほど後ずさっただけで、ハルドールはザブームの一撃をしのぎきっていた。

「な、に……?」

 かつてジャマリエールがいっていたように、ハルドールとザブームの体格差は、身長で三倍、体重では一〇倍以上はあるだろう。いかにハルドールが腕力を強化し、シロの防御力を高めようと、ふつうなら今の衝撃に耐えられずに身体ごと吹き飛ばされているはずだった。

 だが、その物理法則すら捻じ曲げるのが勇者力である。

「……終わらせるよ」

「む!?」

 ザブームが気づいた時には、その首にクロの鎖が絡みついていた。

「ぐお……っ!」

 ハルドールがクロとの間に張った鎖を一気に短くしていくのに合わせ、ザブームの身体が引きずられていく。超重量級のザブームのほうへハルドールが近づいていくのではなく、ハルドールのほうへとザブームが引っ張られていくのである。

「っせーの……っ!」

 ハルドールはそのまま背負い投げるようにしてザブームを反対側へと投げ落とした。

「んぐ、ふっ――」

 おそらくここまでの巨体を誇るザブームは、これまでの人生で一度として投げ飛ばされたことなどないだろう。ほとんど受け身も取れずに後頭部から地面に激突し、くぐもった呻き声をもらしたのは、それがこのジャイアントにとって初体験の衝撃だったからにほかなるまい。

「ミス・グローシェンカ!」

「判ってるよ! みなまでいうなって!」

 ハルドールが鎖を消し去ったことでその意図を悟ったのか、クロは剣の姿から美女の姿に戻ると、無様に倒れているザブームの身体を蹴って高くジャンプした。

『何だかんだで息が合ってるじゃないの、クロちゃんとハルくん』

「ミス・マシュローヌ、それは本当に、今度こそ絶対に彼女にはいわないでくれよ? それを聞いたら彼女が本気で機嫌をそこねかねないから」

 小さな声でシロにささやき、ハルドールもまた高く跳躍する。

「きみの本当の強さが見てみたいな、ミス・グローシェンカ」

『……焼け死んでも知らないよ?』

 ふたたび剣の姿に変わったクロを掴み、ハルドールは眼下にザブームを捉えた。

「死ぬのは彼ひとりで充分だよ」

 ハルドールが右手に勇者力を集中させると、それに呼応して、クロの刃が一気に熱を帯びていった。黒く艶光る刃に炎を思わせる真紅の紋様が浮かび上がり、さらにそこから本物の炎が噴き上がる。

「く……!」

 ようやく立ち上がったザブームは、自分の真上から降ってくるハルドールに気づき、マラギギを振り上げようとした。いや、振り上げようとしたのだろう。だが、その動きは今のハルドールにはあまりに遅く見えた。

「……思いっ切り武器を振り回すのって気持ちがいいものなんだね、思っていたより」

 マラギギを持つザブームの腕が肩より上に上がる前に、ハルドールは落下のスピードを乗せた斬撃をザブームの肩口にめり込ませ、そのまま着地していた。

「ぅ、ぷ」

 ザブームの口からもれた赤い血の泡が、貴族っぽい髭を濡らしていた。左肩から右の脇腹にかけて、クロの刃によって大きく斬り裂かれているにもかかわらず、意外なほどに出血が少ないのは、その傷口が灼熱の炎によって焼かれているからだろう。

「――一〇分だ!」

 抜き身のクロを地面に突き立て、ハルドールは叫んだ。それは、遠くにいるじゃじゃさまに聞かせるものであると同時に、この戦場にいるザブーム軍の兵士たちすべてに対するものでもあった。

                                ――つづく

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