第六章 剣と盾、不壊なるもの 【第一節 使えるものは何でも使え!】

“化身”の魔法を解除して本来の姿に戻ったジャマリエールは、両手でわさわさと髪をかきむしり、得意げに笑っているハルドールを睨みつけた。

「わ~……ケチャちゃんがじゃじゃさまに変わっちゃった~」

 シロは目を丸くし、無遠慮にじゃじゃさまの頭や顔をぺたぺた撫でている。鬱陶しそうにそれを振り払い、じゃじゃさまはハルドールに毒づいた。

「おのれ……この女どもでさえ、わらわが魔法でケチャに化けてことに気づかずにおったとゆうのに、おぬしにはなぜ判ったのじゃ?」

「いや、そもそもケチャが急に本を読み出すのがまずありえなくない?」

「ぬ……時間を無駄にしたくなかったがゆえに読書などしたのが裏目に出たか……」

「それに、きみとケチャとでは匂いが全然違うんだよ」

「は? ここへ来てまたあらたな変態的側面を見せてきおったか、おぬしは」

「へ、陛下……? 本物の陛下でございますか?」

 総督が怪訝そうな顔つきでじゃじゃさまに声をかける。じゃじゃさまはこれまた鬱陶しそうに手をひらひらさせ、

「あー、あいさつならあとでよいわ。大袈裟に騒ぐとザブームに気取られかねぬし」

「わざわざケチャに化けてこっそりついてきたのはそのためか……」

 ハルドールだけならまだしも、じゃじゃさままでこの町に来たと聞けば、ザブームは警戒して攻め寄せてこないかもしれない。だからじゃじゃさまは、クロシュばあさんとユリエンネ卿、それにガラバーニュ卿といった側近中の側近にしかこのことを打ち明けず、ひそかにここまで来たのだという。

「……実はデルビル商会がザブームと通じておることが判ってな。あやつの息がかかった者がどこにひそんでおるか判らぬゆえ、都を出るにも慎重を期さねばならなかったのじゃ」

「とりあえず、その策は今のところうまく行ってるみたいだね」

「うむ。ようやくわらわの目の届くところにザブームが出てきよったわ。……あとはおぬしがヤツを仕留めるだけじゃ。頼んだぞ?」

「お任せあれ」

 じゃじゃさまに見送られ、ハルドールとクロとシロ、それにガラバーニュ総督に率いられた騎兵隊は、門を出て町の南に布陣した。

「勇者どのは、その……馬は?」

 馬上から総督が心配そうな表情で尋ねる。

「ん? ああ、いらないよ。長距離を移動するならともかく、戦場でなら自前の足のほうが馬より速いし、小回りも効くからね」

「そのようなものですか……いや、しかしこうして見たところ、丸腰では……?」

「あー、それもいいの。武器がなくても俺は強いから。必要なら倒した敵からテキトーにいただくし」

 ハルドールは各所の関節をほぐしながら、ハルドールは正面の敵の陣容を見据えた。

 さすがにこの距離ではザブームは目視できない。しかし、全軍を指揮してグレンドルシャムを攻め落とそうと考えているなら、中央後方に陣取っているに違いない。

「……この戦場に出ている兵力の差を考えれば、敵はまずこっちの騎兵を包囲殲滅しようとするだろう。そのあとじわじわと距離を詰めながら城壁の上の弓兵隊を減らすか、さもなければザブーム自身が出てくるか――とにかく最終的には門を破壊して、町の中に突入してくる」

「それでは我々はどのように動けばよいので?」

「ま、大きな声ではいえないけどさ」

 ハルドールは肩越しに城壁のほうを一瞥し、声をひそめて続けた。

「……町の守りはじゃじゃさまに任せておけばいいから、あなたがたは全滅しないように適度に遊撃しててもらえるかな?」

「は? いや、しかしそれでは……」

「いいんだって、せっかくじゃじゃさまっていうデカい切り札があるのに、使わない手はないでしょ? だいたいさ、疲れるから自分は戦いたくないってじゃじゃさまはいうけど、疲れたって休めば回復するよね? けどさ、失われた兵力はそう簡単に取り戻せないわけじゃん? 特にこの国は男性人口が少ないんだからさ」

 だったらじゃじゃさまにもはたらいてもらって、兵力の損耗を最小限に抑えるほうがいいに決まっている。

「――そもそも俺がいなかったら、じゃじゃさまは自分でほかの魔王の相手をするはずだったんだしさ。そこを俺がザブームの相手をすることになったんだから、代わりに敵の兵士たちを引き受けてくれたって罰は当たらないよ」

「おい」

 ハルドールと総督がごにょごにょやっていると、クロが横柄に声をかけてきた。

「――さっきもいったけど、わたしは好きにやらせてもらうよ?」

「もうちょっと協力的になってくれてもよくない?」

「あのね、ハルくん……わたしはその、ハルくんにもうちょっと協力してもいいかなって思ってるんだけど……そのぉ、クロちゃんがね?」

「シロ、わたしをいいわけに使うのやめなよ。……だいたい、わたしたちがこいつに手を貸すってことは、こいつばっかり有名になるってことだよ? わたしたちが名を挙げなきゃダンナに見つけてもらえないだろ?」

「まあ、きみたちが協力してくれようがくれまいが、俺が大活躍することに変わりはないけどね」

「は?」

 ハルドールの挑発的な言葉に、クロの眉間に深いしわが走った。

「……見てなよ」

 吐き捨てるようにいい放ち、クロはいきなり駆け出した。シロはそれを見送り、

「あー……ホントにクロちゃんて浅慮……こんなに判りやすいハルくんの挑発にまたまたまんまと乗せられて……」

「いいんじゃない? それで彼女がやる気を出して戦果を挙げてくれるなら、俺にとっては結果オーライだよ。それでミス・グローシェンカが調子に乗ったとしたって、別に俺はかまわないしね。ほめろといわれれば何百回でもほめるし、頭を下げろといわれれば下げるしさ」

「……意地っ張りなクロちゃんだと、そういうところでもうハルくんには勝てないのよね、たぶん……不思議だわ」

 諦念の混じった溜息をもらし、シロはクロを追って走り出した。ふたりともすさまじい速さで、それこそ馬に乗る必要もない。

「話には聞いてはおりましたが、いやはや、すさまじいものですな……」

 総督が呆然と呟く。その感嘆の吐息も消えないうちに、敵陣のほうで夜目にもあざやかな赤い爆炎が噴き上がった。

「おっと、さっそく始めちゃったか。……それじゃ総督、あとはよろしく!」

 指揮をゆだねた総督に軽く敬礼し、ハルドールは走り出した。


          ☆


「……何じゃ?」

 ハルドールたちを送り出したじゃじゃさまは、夜空に溶け込むような黒いマントをかぶって門の上空に待機した。この高さからならザブームには見つかりにくいし、戦況も手に取るように判る。

 が、特等席に陣取ってすぐ、じゃじゃさまは自軍の妙な動きに気づいた。

「あやつら、敵の出方を窺いもせず、いきなり仕掛けおった……!」

 ハルドールより騎馬隊より早く、真っ先に敵軍に突っ込んでいったのはクロだった。彼女が高速で駆け抜けると、その軌跡を追いかけるように地面に火柱が上がり、敵兵たちが次々に吹き飛ばされていくのである。

「……グローシェンカめ、あのような芸当もできたとは、ブルームレイクではかなり手を抜いておったようじゃな。出し惜しみしおって……」

 結局、この前のブルームレイク攻防戦では、ハルドールたち三人で二〇〇〇人以上の傭兵たちを蹴散らした。が、今回はひとり頭二〇〇〇人倒したとしても追いつくかどうか判らない。それほどまでにザブーム軍の数は多かった。

「装備が不揃いなところを見ると、あちこちの盗賊団をかき集めてきたという感じじゃが……ん? 端のほうに妙な連中がおるな」

「ザグレウスからの援軍ですよ」

 虚空にあぐらをかいて望遠鏡を覗いていたじゃじゃさまは、聞き覚えのある少女の声に振り返った。

「誰かと思えば……“戦管”の神使ララベルどのではないか」

 じゃじゃさまと同じ夜空の高みに、白い輝きを帯びた翼を持つ少女が浮かんでいる。少女は丸眼鏡を押さえてじゃじゃさまに軽く一礼すると、儀仗の先端で戦場の左端をさししめした。

「――略奪によって得た金銭と引き換えに、ザブームがザグレウスから引き出したものです。数こそ多くありませんが、この戦場でもっとも練度が高い兵たちといえるでしょう。それ率いているのは女妖術師……あいにくと名前までは存じませんが」

                                ――つづく

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