【プロローグ】第3話 思い出したくないモノ

同じ時間。


同じ場所。



私は日菜と他愛もない話をする。



日菜と毎回ここで出会うのは

偶然かと最初は思っていたが、


日菜の緊張している様や、奇跡的すぎるタイミングの一致などから

恐らく日菜は朝登校してくる自分をわざわざ待っているのではないか、というやや自意識過剰気味な想像をしている。




まだそれは想像に過ぎないが、

健気な日菜を可愛いと思いつつ、


2人で話していても相も変わらず崩さない


日菜の、見惚れる様な微笑みを見るのが


苦だと感じていた。








日菜の、

心を隠して偽り続けるその生き方は


私が1番思い出したくない人に酷似していた。




だからそんな日菜の笑顔は少し苦手だ。





そんなことをいつものように思いながらやっと日菜が何か伝えようとしていた所に如月先生が現れた。





如月 彩先生は私が中学2年生だった頃まで近所にいたお姉さんで、高校で再会を果たし、良い意味でも悪い意味でも私を気にかけてくるお節介な先生だ。





(タイミング考えてよ…)



そんなことを心の中で呟きつつも


日菜に軽く謝罪をしてから重い足を

如月先生の為に動かした。




如月先生はさっきも言ったように随分とお節介な人で、このように呼び出されるのは今に始まったことではなかった。




もう要件はほぼ確定で分かっているが


こちらから切り出せば積極的な姿勢だと思われかねないので沈黙を続けていた。








「私が貴女を呼び出した理由は分かる?」







「え~と、ごめんなさい。分かんないです。」





とヘラっとしながらとぼけて見せた。






「こうやって呼び出すのは

1回や2回ではないけど…。

貴女の学校での振る舞いについての話よ。」







「あぁ…

両親からまた何か言われたんですか。」



先生の親と私の親は連絡を取り合う仲のため、たまに私の両親から先生へ指導してくれと頼むことがあるらしい。





まぁ、

両親の動向を私は知ることができないので先生が嘘をついているだけなのかもしれないが。






「違うわ。

ご両親からではなく

私から言いたいことがあるの。」








「なにも変なことはしてないですけど…」











「あくまでとぼけるのね…。


じゃあ単刀直入に聞くけど高校に入学してからの貴女の学業における成績の意図的な降下や生活態度の変化にはなにか原因があるの?」






本当に包み隠さずに聞くなこの人は…。




「意図的って…。」





「学校で行う定期試験などでの成績はちょうど平均なのに対し、蓮見さんのご両親が受けさせた校外の模試や、中学生時代の成績は異常なほど優秀だった。」







「成績なんて時と場合によって

全然変わり得ますよ。」







「あと生活態度も。

高校入学以前と大幅に変化しているわ。」




「中学で頑張ったんでもういいかな、

みたいな?…ただそれだけですよ。」





先生の問い詰めを適当に流して、

妥当な理由を付け加えた。





「……」






私の返答に呆れたのかどうか知らないが先生はその口を閉じてしまった。







「あ~…。でも成績が良くないのは自覚してるんで、頑張りますね。



…じゃあ、もう終わり、って感じで…」






(ほんと下らない…)






私はそんなことを思いながらそそくさと先生から逃げようとした。












「…ねぇ、まのか。」




急に昔の呼び方で呼び止められ

先生に懐かしさを感じた。



しかしすぐ我に返りいつものへらっとした様子で応えた。




「なんですか、先生。」











「…理由は本当にそれだけ?」







(しつこいなこの人も…)






半分呆れつつ黙ったままでいると











「…まのかが変わったのは…

ちょうど貴女がご両親と離れた後…








つまり『あの事故』の後からじゃないの…?」












『あの事故』


と先生、いや彩さんが口にした時、

私の余裕を持っていた心はまるで


日菜の偽物の笑顔を見ている時のように


苦しくなった。









「教えて、まのか。

私は貴女の力になりたいの…!」







そう言いながら彩さんは

私の肩を労わるように優しく掴んだ。














「……ないでしょ…」












「え?」












「彩さんには…関係…ないでしょう?」




そう低い声で言って寄り添う彩さんを


腕で、言葉で、突き放した。




心配してくれた、

寄り添おうとしてくれた彩さんを

拒絶してしまった。




普段の自分、元気でへらへらしている私

とは違う冷たく痛々しい自分を

彩さんに突きつけてしまった。





そう自覚するにつれて自分の弱さ、愚かさを無理にでも理解させられる。









「…す、すみません。如月、先生……」






八つ当たりかのような態度をとったことを

心から悪いと思いながらも、

彩さんの眼を見ることは難しかった。





それだけ言い残し、




私は、彩さんがいない別の場所へ


逃げ帰った。







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