第53話 委員会のち選書

 ――はぁ。

 心の中で、大きく溜息をひとつ吐いた。


「えー、では、秋の読書感想文についてですが~」


 図書委員会の会議中、私は何度も欠伸を噛み殺しながら、はやくこれが終わるのを祈り続ける。

 ようやく試験が終わり、心置きなく悠と遊べると思っていたのに、いきなり委員会のお仕事なんてついてない。


「ひとまず、皆さんに意見を聞いてもらって――白雪さん?」


 大体、試験の最終日、ようやく開放されたこのタイミングで委員会なんて、空気が読めてない。

 まあ、最近まで体育祭の準備やらで忙しかったし、その後は試験前で予定を入れる隙間がなかったというのはあるのだろうが。


「白雪さん、呼ばれてるよ」


「……え? あ、は、はい!」


 隣の内山さんに声を掛けられ、皆にこちらを見られていることに気付く。


「す、すみません、ボーっとしていました」


「ならいいのですが。期末考査で疲れてしまいましたか?」


「ええ。今回は絶対に成績を落とせなかったので、頑張っちゃいまして」


「まあ、白雪さんほどの才女が必死になるなんて。きっと、並々ならぬ事情がございましたのでしょうね」


 図書委員長の穏やかな言葉づかいに、なんだか申し訳なくなってつくり笑いを返した。

 なにしろ、元はといえば自らの失点。勉強に手こずったのは、悠と一緒だと集中できず、別々だとそれはそれで落ち着かないという恋煩こいわずらいと言う名の煉獄れんごくおちいってしまったせいである。


 幸い、春日井さん――じゃなかった、蛍ちゃんから受け取った、悠のり下ろし音声という痛み止め・・・・があったから、なんとかなったのだが。


『その、お礼はどうすれば……』


『わたしが勝手にやったことだし、細かいことはいいって。あ、そうだ、だったらこれから下の名前で呼んでよ。ここっち、仲良くなれたのに、よそよそしすぎ~』


 本当にあれがあってよかった。

 一度聞き出したら、そのまま何時間も聞き入ってしまって勉強できなくなる、なんて状況になってしまったこともあったが……。


「というわけで、各々読書感想文のお題のための本を、何冊か選んでおきますよう。最終的に、ピックアップは例年通りの十冊程度になる予定です。ノルマは一人最低三冊ということで、よろしいでしょうか」


 しかし、本か。

 最近弁当や夕食を少しでも美味しくするためのスキルアップに忙しかったし、悠に負けないようにゲームの練習をするのにも忙しかったし、あまり読書できていなかった。


 この学校の読書感想文用の選書は、委員会に一任されているだけあってかなり自由だ。年齢制限に引っかかるような……えっと、過度にエッチなものとかでなければ、児童書でもライトノベルでもなんでもいい。


 とりあえず、ひさしぶりに本を読み漁ってみよう。そういえば、一ヶ月前に私の好きな作家も新作を出していた。


 タイトルは、『キミがいる世界、ボクがいない世界』。


 恋人を失い心に傷を残した主人公の男の子が、ふとしたことから恋人が生きている並行世界と行き来できるようになってしまうことによって始まる、元の世界の新しい恋人・・・・・である幼なじみ・・・・も巻きこんで起こる恋愛模様を描いた小説。

 そして、並行世界では、主人公と幼なじみは既に死んでいて――。


 あまりにもそれっぽい・・・・・内容だけにどくしていた小説だが――今の私なら、これに手を出す勇気がある。そんな気がした。

 一歩ずつ、一歩ずつだけど、悠との関係を進められている今の私なら。


 自分を重ねるわけではないが、この小説の主人公と幼なじみが、一体どんな結末を迎えるのか。

 本のことを思い出すと、無性に結末が気になり出してしまった。

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