第27話 心配のち不穏
「そういえば、今日の昼休みさ――」
下校時間、頃合いを見計らって、心愛に気になっていた話を振る。
「なんでしょうか」
「お前、昼休みに職員室にいたよな。あれ、なんの話をしていたんだ」
「……やっぱり見られてましたか。悠を見かけて、なんて間が悪いと思いましたよ」
はぁ、と、心愛が大きな溜息をひとつ。
「まあ、なんとなく察しはつくけど。もしかして、俺のせいで成績が下がったのか?」
「……なんで、どういう話をしていたかがわかるんですか」
心愛が立ち止まり、こちらを睨みながら言った。
紙代先生との会話――俺の成績の話が出た時、心愛の方を見てなにか納得するように苦笑いを浮かべた――あの流れからの推測だ。
「ちょっとだけ、ですよ。ちょっとだけ成績が下がってしまったんです。べつに酷い成績になったわけではありませんから。悠より低いなんてことはないはずです」
「悪かったな、普段から低くて」
心愛は普段完璧に近い点数を取っているらしいし……そんな成績だからこそ、少し下がっただけで目立ってしまうというわけだろう。
なんにせよ、心愛が点数を下げたのは俺のせいというわけか。
「謝らないでくださいよ。それに、勘違いしないでください。成績が下がったのは確かですが、悠のせいではありませんから」
「テストが上手くいかなかったのは、俺に勉強を教えて時間を取られたせいだろ? 足を引っ張ってしまったとしか思えないのだが」
「勉強を教えたいと言いだしたのは私です。自業自得というやつですし、私は後悔してませんから」
「……そうはいってもなあ」
罪悪感というか、申し訳なさというか。
すると、心愛が「はあ」と大きく溜息をついた。
「そういう反応をされるとわかっていたから知られたくなかったんですよ。変に気をつかわれたくないですし。何度も言ってますけど、後悔なんてしてません。心配してくれる先生方に申し訳なさはありますけどね」
「とはいえなあ」
「それに、悠のせいというわけではないですから。本当に。本当の本当に」
念を押して言うが、俺に気をつかっているのだろうか。
「まあ、次の試験は心愛に迷惑をかけずに済むように頑張るよ。心愛の手を借りずに済むようにな」
「そ、それは、べつにいいんですよ、頼ってくれても」
「でも、心愛の成績が下がると問題だろ?」
「だから、少しくらい下がってもいいんです。そんなことは些細な問題ですから」
「待て、そんなに俺の成績が心配されてるってことか?」
「ええっとそうではなくて」
「なくて?」
「…………」
なんなんだろう。
心愛は俯いて、それっきり言葉を返さなくなる。俺の成績を心配しているわけではないけど、俺に勉強を教えたい理由。
「……二人だったら、お互いサボってないか監視できるじゃないですか。そう、そうです。そういう理由です」
「俺を一人にするとサボりそうで心配ってか? 確かにそういうところはあるけど」
「ま、まぁ、そんな感じです。そ、そういえば、この後はなにも用事はないんですか?」
「ん? 特に用事はないが」
「でしたら、悠の部屋に行ってもいいですか? さっそくテストの復習をしましょう。今間違えた箇所を憶え直しておけば、模試で苦労せずに済みますから」
「え、心愛、テストのあとに復習とかやってるのか?」
「それをやらないと意味がありませんよ。競争するためにやっているわけじゃないんですから」
「さすが優等生、言うことが違うな」
そんなことを話しているうちに、俺たちの部屋の前までやってくる。
「じゃあ、私は着替えてからそっちに行きますので」
と、そう言って、心愛が鍵穴に鍵をつっこんでドアを開けようとした時だった。
「――あれ?」
ガチャガチャと、鍵を開けた筈のドアが開かずにノブを引いて困惑する心愛。
「鍵かけ忘れていたんじゃないか?」
「そんなことはない、と思います」
「でも、そうじゃないとしたら――まさか、泥棒とか?」
心愛がもう一度鍵を差し込もうと、手を伸ばした時のことだった。
ガチャリと、内側からドアが開く音。心愛が表情が強張らせながら、一歩身体を退いた。
俺は思わず、鞄を持って身構える。すると、ドアが開いて、中から人が出てきた。
どこか心愛に似た面影を持つ、黒いスーツ服姿の美しい女性。美しいが、同時に冷たい。心愛のような淡泊な感じではなく、冷めたとか厳しいといった表現が
泥棒などではなかった。俺はこの女性を知っている。この人は――。
「お帰り心愛」
「お母さん……」
立っていたのは、心愛の母だった。
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