失恋後、険悪だった幼なじみが砂糖菓子みたいに甘い
七烏未奏
第1章 二人の距離
第1話 失恋のち誤解
失恋した。
ひとことで済ませてしまえば、たったそれだけのことだが、自分のそれまでの人生を否定されたかのような――すべてを失ってしまったかのような体験だった。
もう少し大人になれば、年相応に経験した不幸と鈍化した感性から、こういった出来事も日常の一幕のように切って捨てることもできるのかもしれない。
でも、今の俺にはまだ、なにかを失うことへの耐性がついていなかったんだろうし、その覚悟もなかったということなのだろう。
あれから一週間もたったというのに、そのショックから出たと思われる高熱で、今はベッドの外に出ることもかなわない。
「……情けない」
感傷的なマゾヒズムに浸りたいわけでもないのだ。
とりあえず、この件でひとつ勉強になったのは、俺が思っていたよりも精神的ダメージは肉体に反映してしまうらしいということ。
なにせ、こんな高熱が続くのは、生まれてからの十六年以上、一度も経験したことがなかったのだから。
――ピンポーン。
そんなことを考えながらベッドでもぞもぞしていると、チャイムが鳴った。ベッドからはいでるのもキツイ状況で、来客なんてふざけているのだろうか。
一人暮らしをしている以上、この来客は俺目当て。なにか通販でも頼んだっけかと記憶を手繰るが、該当しそうな心当たりはない。ならば、相手にするのも億劫な訪問営業の類だろう。
このまま無視してしまって問題ない。そう思いながらチャイムをシカトしていると、今度は枕もとに置いていたスマホが震える。
スマホの画面にはコミュニケーションアプリPINEからの通知。
白雪心愛。幼い頃からの腐れ縁というか、もし異性の親友と呼ぶべき相手がいるとすれば、
だった。そう、過去系だ。
いつしか、理由も思い当たらないような状況で一方的に嫌われてしまって、それ以降は疎遠になってしまっていたせいだ。
全く会話しなくなって、確か一年くらいだったか。そんな彼女が、どうして俺の家を……。
意を決して、気だるい身体を押し上げると、上布団を
「人の顔を見て驚くなんて、失礼じゃないか?」
「だ、だって、急に開けられるとは思いませんでしたし」
髪を編み込んでつくった長いツインテールを揺らしながら、制服姿の心愛が焦り気味に反論する。手には学生鞄を持っていることから、学校帰りに戻ることなく訪ねてきたのだろう。
「寝て、ませんでしたか?」
「起きてたよ。気分が悪くて寝付けなくてな。それで、何の用だ?」
「ええっと……」
ガサっと音がなる。
よく見ると、心愛の手にはビニール袋が握られていた。袋から覗いてるあの青くて枝分かれした野菜は……ネギ?
「……ずっと学校を休んでると聞きましたから、その、えと、あの」
なんだ? 要領を得ない。心愛が持ってきてくれたのは食べもので、であれば心愛がやろうとしていることは……ん、看病?
いやいや、長いこと距離を置いていた相手だぞ。幼なじみとはいえ、ここ一年の俺と心愛の距離間は赤の他人に等しい。
同じ高校に進んだのに一切の会話はなく、それどころか、隣の部屋に住んでいるというのにやっぱり会話はなく、何度も顔を合わせる機会があったのに、やっぱり会話なんてなかった。
そもそも、一方的に無視しだしたのだって心愛からで――。
「看病しにきました」
「……は?」
思わず声が漏れる。
「だから、看病しにきたんです。取りあえず、高熱で立ってるのはつらいでしょう。私のことは気にせずに寝てください。御飯は食べましたか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。どうして急に俺の看病なんて――」
「学校で、偶然あなたのことを聞いたんです。聞けばもう一週間学校を休んでいるとか。隣の部屋の住人がそんなに長いこと休んでいると知ったら、心配になるのが普通というものでしょう」
「いや、それはそうだが――」
「迷惑でしたら帰りますが?」
気まずさはあるものの、迷惑なんかではない。むしろ、家にある食料品が本格的に切れ始めたところだったので大変ありがたい。
「……じゃあ、お願いしていいか」
「では、ひさびさにお邪魔しますね」
俺が部屋に戻ると、彼女も靴を脱いでついてくる。
――って、待て。
高熱で思考が
ひとつ、ろくに掃除もせずに日々を過ごす俺の部屋は汚すぎること。ふたつ、その散らかった部屋のあちこちに、無造作に俺の下着などが転がっていること。
そして――。
「『死ぬまで甘えさせてくれる綺麗なお姉さん地獄編~この世の果てでバブウと叫んだ
「だああああああああああああああ!」
みっつ、ベッドの近くの目立つ位置に、寝込む前に読んでいたエッチな本が置いてあったこと。
「年上が好みだとは知っていましたが、ここまで
「違う。それは同じクラスの奴に無理矢理押しつけられた本だ。勝手に誤解しないでくれ」
「軽蔑はしません。性癖は人それぞれでしょうし」
「俺の言葉を信じてないな」
「冗談ですよ。そういうことにしておきましょう」
「信じてないな……?」
「いいから、具合が悪くなりますよ。さっさとベッドに入って身体を休めてください」
心愛が、めっちゃ蔑んだ視線を向けてくる。
いや本当に、俺にそういう趣味はないから!
心の中で何度も叫びながら、ベッドに潜った。
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