一章【暖炉のダンジョンと壊力の悪魔】(2)
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幾度も吹き抜ける熱波に削られるHPをポーションやレティーアの回復魔法で回復しながら、ダンジョンのボス部屋前までやってきた。
「はぁはぁ……地味にしんどかったわね」
「精神的にキツいダンジョンだったな」
ボス部屋前の通路で最後の休憩を取る俺たちは、ひんやり冷たい冷気を放つコールド・ダックのサツキの体に寄り掛かって癒やされていた。
暑さと気の抜けない敵MOBたち。そして何より、地味な各種トラップ群がこちらの攻略を妨害してくるのだ。
似たような景色が続くダンジョン内で、回転床の罠に気付かずに通り過ぎれば、間違った方向に進んでしまう緊張感。
最短距離で下の階層に向かう通路には、一方通行床や迫り上がる壁の通行止めで、回り道を強制される。
他にも様々なトラップが熱気と敵MOBとのエンカウントと複合的に合わさり、精神的なプレッシャーを与えてくる。
「ここまで大変でしたけど、ダンジョン自体が短くて助かりました」
「これで10階層まで攻略しろ、とかだったら、絶対に途中で投げていたよね!」
【暖炉のダンジョン】は、熱波のスリップダメージの関係からか全3階層と小さめに構成されている。
だが、その分、密度が濃く感じた。
そんなことを口にするレティーアとベルの言葉に、俺とエミリさんも同意するように深く頷く。
そうしたボス部屋前の休憩で万全な状態になった俺たちは、【炎熱耐性】を付与する【キャメルミルクのコーヒー牛乳】を一緒に飲み干して立ち上がる。
「よし。ボス部屋に入る前に全員にエンチャントを掛けるな」
「ええ、ユンくん、お願いね」
「《
俺とエミリさん、ベルには、ATK、DEF、MINDと、武器にボスの弱点を突く水属性のエンチャントを。
レティーアには、DEF、INT、MINDと、防具に火属性耐性のエンチャントを掛けていく。
「それでは、クエストチップを貰いに行きましょう」
「ダンジョンでの鬱憤を晴らすよ!」
レティーアとベルもやる気に満ちた目をしており、共にボス部屋の扉を開けて中へと足を踏み入れる。
『フハハハッ、ここまで良く来たな、人間共よ──』
広い円形の部屋の奥には、このダンジョンのボス──【壊力の悪魔】が待ち構えていた。
獅子のような相貌を持ち、捻れた角と鬣のような真っ赤な長髪を靡かせ、背中には黒い翼を持つ体長3メートルほどの獅子頭の悪魔であった。
人の胴体ほどの太さがある筋肉質な腕回りと瞬発力のありそうな獣の足を持ち、なにより目を引くのは、左肩に担いだ真っ赤に燃える大剣である。
クリスマス要素は、どこ? とも思うが、唯一、自身が発する熱風で靡く赤い長髪とその髪の先端を纏めている白いヘアカフスのシルエットが、サンタ帽っぽいだけである。
『さぁ、死合おうではないか!』
牙を剥く【壊力の悪魔】が威圧と共に吠えるのを皮切りに、戦闘が始まる。
【壊力の悪魔】は、獣の脚力と黒い翼の羽ばたきによる瞬発力で一気に距離を詰めてくる。
そして、突進する勢いのまま獣染みた動きで燃える大剣を振り回し、大剣の炎を方々に飛ばしてくる。
「みんな、散開!」
エミリさんの合図で俺たちは、【壊力の悪魔】から距離を取りながら、飛んでくる炎を避ける。
その中で前衛のベルだけは、身を低くしてボスの懐に飛び込んでいく。
至近距離での大剣の振り回しを避けながら、隙を突くようにバールの打撃を一発、一発と叩き込み、ボスの狙いを引きつける。
だが、直接当たらずともボスの振るう炎の大剣の熱気が、ベルのHPをジリジリと削っていく。
「回復します! ──《メガ・ヒール》《リジェネレーション》!」
レティーアがベルに回復魔法とHPの自動回復魔法の二種類を掛けて、HPの減少を食い止める。
「私たちも行くわよ! ──《クラッキング》!」
「──《剛弓技・山崩し》!」
「ナツ、フユ、ヤヨイ──《召喚》!」
俺とエミリさん、レティーアもベルに続き、互いの距離からボスに攻撃を放つ。
俺は遠距離から強力な弓の一撃を放ち、エミリさんは中距離からしなる連接剣を激しく叩き付ける。
レティーアは、追加召喚したミルバードのナツと風妖精のヤヨイをコールド・ダックのサツキと共に遠距離から攻撃させ、フェアリー・パンサーのフユを前衛に送り出す。
人型ボスである【壊力の悪魔】の死角に回り込むフユは、ヒット&アウェイ戦法で爪で引っ掻いていく。
ベルがボスを引きつけてくれるお陰で俺たちが自由に攻撃を加えられるが、思ったよりダメージの通りが悪い。
「ちょっと!? なんか想像以上に硬いんだけど! この敵って一年前のボス!?」
バールの手応えの鈍さに思わず声を上げるベルの言葉に、エミリさんが答える。
「去年の実装時は、イベントクエストの消化率に応じて弱体化されていたわ! 今はそれが無い状態よ!」
去年の冬イベントのことをすっかり忘れていたが、そう言えば、そんな要素があったかも、などとうろ覚えだが思い出す。
俺たちも去年よりも強くなったが、五悪魔のボスも弱体化されていないとなると、厳しい戦いになるだろう。
「やばっ! クッ──」
ボスの攻撃を引きつけて回避するベルは随所で反撃を加えていくが、遂に回避しきれずに、大剣の一撃をバールで受け止める。
獅子頭の悪魔のATKの方が高く力負けして弾き飛ばされるベルだが、HPを1割残してギリギリ耐えている。
「ベル! ──《メガ・ヒール》!」
「私が代わりに壁役に入る! 行きなさい、キメラたち──《召喚》!」
エミリさんは、インベントリから無数の核石をばらまき、種類の異なる合成MOBたちを同時に召喚する。
「さぁ、ボスの動きを食い止めなさい!」
『『『────ッ!』』』
それぞれ異なる咆哮を上げる合成MOBたちが【壊力の悪魔】に襲い掛かる。
獣型は手足に食らいつき、触手持ちは胴体に巻き付いて締め上げ、人型は殴りかかる。
使い捨ての合成MOBたちが殺到したことで、ボスの身動きが一瞬止まる。
だが、自慢の腕力で強引に振り払った【壊力の悪魔】は、合成MOBたちを大剣で切り捨てていく。
倒れた際に、光の粒子となって消えていくのが物悲しいが、合成MOBたちは与えられた役割をきっちりとこなしてくれた。
「ごめん、お待たせ! はぁぁぁっ!」
吹き飛ばされてダメージを負っていたベルも、レティーアの回復魔法で全快する。
前衛に復帰してすぐに、ボスに攻撃してターゲットを奪い返している。
エミリさんとベルが協力してボスを引き付けているが、振るわれる攻撃の余波で放たれた無数の火球が後衛の俺たちに迫る。
「ユンさん、こっちです! みんな、炎を相殺して!」
レティーアに呼ばれた俺は、炎を防いでいるナツやヤヨイ、サツキたちの後ろに回り込む。
防御に専念してくれるレティーアの傍に駆け寄った俺は、安心して攻撃に集中する。
「──《剛弓技・山崩し》!」
俺の放った強烈な矢を胸に受けたボスは、矢が刺さった衝撃で蹌踉けるが、HPはそれほど減っていない。
「物理防御が高いからこのアーツだとダメージの通りが悪いか。なら──《魔弓技・幻影の矢》!」
次に放った矢は赤い尾を引き、そこから5本の魔法の矢に分かれて、【壊力の悪魔】の体の各所に突き刺さっていく。
『GUOOOOOO──』
「よし! 魔法寄りの攻撃の方がダメージの通りが良い!」
通りのいい攻撃を見つけ、次々と放たれる魔法の矢を受けたボスは、苦悶の声を上げる。
そして──
「──《閃刃撃》! 硬いなぁ! もう一発──《激・強打撃》!」
回避しながらボスからのターゲットを引きつけているベルが、ここぞとばかりにバールを全力で振り抜いている。
左から振り抜いたバールがボスの腹部を殴打し、今度は右から切り返して続けて脇腹にめり込む。
様々な攻撃を受けたボスのHPが8割まで減っており、ベルの打撃の連打で一定のダメージを蓄積させた結果──膝から崩れ落ちるようにダウンする。
「みんな、今よ! 全員、総攻撃!」
中衛で連接剣を鞭のように振るっていたエミリさんも、武器の形状を剣に戻して、ボスに直接斬り掛かっていく。
「ナツ、ヤヨイ、サッちゃんは、全力攻撃!」
レティーアも後衛の使役MOBたちに素早く攻撃の指示を飛ばす。
今まで遊撃として攻撃していたフユは、一撃離脱の戦法から背中から飛び掛かり、首筋に牙を突き立てて噛み付く。
「はぁ──《楔打ち》! もっと大技なら──《竜砕撃》!」
ベルは、更にバールによる殴打の回転率を上げる。
時折、見知らぬ打撃系のアーツを織り交ぜて、ガリガリとボスのHPを削っていく。
勢い付いて攻撃する間にも、ボスから放たれる熱気が前衛たちのHPをジリジリと減らしていくが、それもレティーアが回復魔法で癒やしていく。
『舐めるなよ、人間共がぁぁぁぁっ──!』
そして、ダウンから復帰する【壊力の悪魔】は、熱波と衝撃波を放ち、前衛たちをノックバックさせる。
「フユ──《送還》!」
レティーアは、大きく吹き飛ばされてダメージを負ったフユを守るために召喚石に戻して休ませる。
そうした中で、ダウンから復帰した【壊力の悪魔】がベルに大剣を差し向ける。
復帰時の衝撃波で体勢を崩したベルは、ボスの攻撃に反応しきれず、大剣の斬撃を受けてHPを全て失う。
「ユンくんはベルの蘇生後にバフの掛け直しをお願い! またキメラたちで時間稼ぎするわ。──《召喚》!」
「了解。《
事前に渡していた【完全蘇生薬】によって起き上がったベルの背中に、エンチャントを掛け直し、再びボスと対峙させる。
すぐに状態を立て直して戦闘を続行させるが、目まぐるしく戦況が切り替わる。
ベルは何度も斬撃を回避し損ねて倒れ、プレイヤーと同じ方法では回復しないエミリさんの合成MOBたちが次々と倒されていく中、ボスのHPが5割を切る。
『もっとだ! もっと俺に闘争をぉぉぉぉっ!』
「これが、第二段階……」
獅子頭の悪魔が吠えると共に、体から激しい炎を吹き上げ、第二段階に入っていく。
ボス部屋に広がる熱気が更に強さを増し、ダンジョンに吹き抜けていた熱波と同等のスリップダメージを常に与えてくる。
振るう大剣の余波で生まれる炎の密度も増し、背中の翼の羽ばたきで大きく飛び上がったり、獣の脚力と翼の羽ばたきで生み出した勢いから振り下ろした大剣がレンガの床を叩き、周囲に衝撃波を広げる。
戦闘で振り乱れる鬣のような赤い長髪からも更に多くの火球を放ち、前衛では激闘と余波の炎、後衛は激しい弾幕ゲーの様相と化してきた。
「くそ! 弓矢での攻撃が炎の相殺にしか間に合わない。──《ゾーン・エクスプロージョン》!」
「激しいから攻撃に加わるのも大変です──《エアロ・カノン》!」
空中で火球を攻撃すれば、その場で小さな爆発を起こして消える。
俺もレティーアと使役MOBたちと共に防御に専念し、火球の弾幕を相殺する。
そうして生まれた隙間を縫うように遠距離からの攻撃や【空の目】と土魔法を組み合わせた座標爆破でボスに散発的なダメージを与えていく。
「はぁはぁ、てりゃぁっ!」
前衛では、攻撃のパターンは第一段階と同じであるが、更に激しさが増したことで攻撃の隙が減った。
アーツの硬直時間すら致命的な遅れになるために、少ない隙に通常の攻撃を丁寧に当てて行く。
だが、攻撃が激化したためにベルが倒れる回数が一気に増え、エンチャントの掛け直しも間に合わずに素のステータスのまま対峙している。
エミリさんも足止めと時間稼ぎで呼び出していた合成MOBたちの手持ちが遂に底を突き、ボスの大剣の一撃を受けてやられてしまう。
前衛のエミリさんとベルが同時に倒れた僅かな時間、ボスのヘイトが後衛の俺とレティーアに向くことになる。
「ユンさん、足止めをお願いします!」
「分かった。──《ストーン・ウォール》《マッドプール》《ベア・トラップ》!」
即座に、ボスの直進上に土魔法スキルで石壁を生み出し、その裏に泥沼とトラバサミの足止めを設置する。
大剣で石壁を叩き壊したボスは、石壁の残骸を踏み越えてこちらに来る。
だが、石壁の裏側に設置した泥沼に深く足を踏み入れ、その中に忍ばせたトラバサミに足首を挟まれて動きが止まる。
「行きますよ! ムツキ、お願い──《簡易召喚》!」
『──パオォォォォォォォン!』
一時的に使役MOBの力を借りる《簡易召喚》スキルによって、ガネーシャのムツキが半透明の姿で現れる。
半透明の巨象のムツキは、その巨体で走り出し、振り抜いた前脚が【壊力の悪魔】の体を壁際まで蹴り飛ばす。
そうして壁際まで吹き飛ばした獅子頭の悪魔に、レティーアの使役MOBたちが遠距離攻撃で追い打ちを掛けていく。
ミルバードのナツと風妖精のヤヨイの風が熱気を掻き回し、コールド・ダックのサツキの氷が蒸気となって辺りに立ち込める。
「はぁはぁ……ボスはどうなったの? そろそろHP的に限界のはずだけど……」
ボスによって倒されていたエミリさんとベルも蘇生薬で復活し、こちらに合流してくる。
そして、立ち込めていた蒸気が晴れた先には、HPがゼロになっても立ち続ける【壊力の悪魔】が居た。
『認めぬ、この俺が負けることは認められぬ! この身が朽ちようとも、貴様らだけは道連れだぁぁぁぁっ!』
消失していたHPバーが全快状態まで戻ると共に、ボスの全身から激しい炎が吹き上がる。
そして、ボス部屋の中央まで戻ってきた【壊力の悪魔】は膝を突き、不気味な沈黙を放っている。
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