Only Sense Online ―オンリーセンス・オンライン― 23

序章【期末テストと2度目の冬イベント】(1)


「もうじき、来るね。お兄ちゃん」

「ああ、そうだな」

 妹のの呟きに、俺は頷き返す。

 12月──それは、OSOに冬イベントがやってくる季節である。

 今年の冬イベントは、12月上旬から1月中旬までと去年よりも少しだけ長い期間が設けられている。

 その冬イベントは、二段階構成が告知されている。

 イベント前半では、夏イベであったクエストチップイベントが復刻されて、冬イベ期間一杯開催される。

 イベント後半からは、冬休みに合わせた12月下旬から期間限定エリアも解放される。

 その期間限定エリアには参加条件が設けられており、それは迷宮街に到達して【スターゲート】が利用可能な状況であることが公式からアナウンスされている。

 イベント前半は、新規プレイヤーや復刻されたクエストチップイベントを楽しみたいプレイヤー向けに設定され、後半からは復刻イベントと期間限定エリアの攻略をプレイヤーが選択できるようになったのだ。

 ただし、リアルの方でも大事な行事があり、それは──

「イベントが始まる日は、ちょうど学校も半日帰りだから、ガンガンイベントやるぞー!」

「その半日帰りは、学校の期末テスト期間だから、テスト勉強は忘れるなよ」

「あー! 忘れたいことを思い出させないでよねー!」

 リアルでの学校の期末テストの期間が、OSOの冬イベント開始日からの3日間と被っているのだ。

 家のリビングにあるテーブルに向かい合ってノートを広げる美羽は、そのことを聞きたくないと期末テストに頭を抱えている。

 そんな美羽をよそ目に俺は、同じテーブルで黙々とテスト勉強を続けている。

 一頻り唸り声を上げる美羽は、くたっとテーブルに顔を突っ伏して、上目遣いで俺を見つめてくる。

「いいよね。お兄ちゃんは、そこそこ成績が良くて」

「俺は一応、毎日勉強してるんだぞ」

 確かに俺もOSOにログインして遊ぶが、ちゃんと毎日コツコツと勉強を続けているのだ。

 そのために、慌ててテスト範囲の内容を頭に詰め込む必要もないのだ。

「むぅ……テスト勉強、疲れた。でも、赤点取ると放課後の補習でゲーム時間が減る」

「全く、巧と同じ事言って……ほら、頑張れ」

 低い目標でテスト勉強を頑張る美羽に溜息を吐く俺は、自分のテスト勉強の傍ら、美羽にも勉強を教えていく。

 そして、テスト勉強が一段落付き──

「よーし、これでバッチリだ! お兄ちゃん、勉強見てくれてありがとう!」

「どういたしまして。ただ、他の教科もちゃんと復習しろよ!」

「うん、わかったー! それじゃあ、テスト勉強の息抜きにゲームするね!」

 そう言って、自室へと駆けていく美羽に俺は、本当に大丈夫なのか、とジト目を向ける。

 そして、美羽の勉強を見ていた俺だが、今度は更に自分のテスト勉強に集中するために、OSOにログインする。


 OSOにログインした俺は、その足で第一の町に出掛けて、とあるギルドホームにやってきた。

 こぢんまりとした一軒家のギルドホームの扉を開けた先には、既に他のメンバーたちが集まっていた。

「あっ、ユンくん。いらっしゃい!」

「頭使って、お腹空きました……」

「ほら、レティー。もう一頑張りだよ!」

 エミリさんが振り返って挨拶をくれる一方、レティーアが草食獣のハルに寄り掛かるように脱力しており、そんなレティーアをベルが揺り起こそうとしている。

 レティーアのギルド【新緑の風】のギルドホームに集まって何をしているのかと言えば、OSO内で行なわれる勉強会である。

 最初は一人でテスト勉強を行なっていたが、冬イベントを一緒に挑むエミリさんたちも似たような時間帯にログインしていたために、一緒に勉強会をすることになったのだ。

「みんなは、テスト勉強は進んでる?」

「私は、いつも通りね。ユンくんは?」

「ミュウの勉強を見てたから、ここから追い込みかな?」

 俺は、エミリさんにそう答えて席に着き、電子化してOSOに取り込んだ資料を広げてテスト勉強を始める。

 今回は、優等生のエミリさんと一緒に勉強を教え合っているために、テスト勉強が効率的になっている。

 それは、エミリさんも同じらしく、それが互いのモチベーションになっている。

「ユンさんとエミリさんの優等生らしい会話が眩しいですね。私は、もう諦めました……」

「レティー、しっかりするんだよ〜。分からないところは教えてあげるから〜」

 そう言って、脱力するレティーアをベルが励まして、勉強に戻っていく。

 しばらく、カリカリと筆記用具の音が響く中で、ギルドホームに新たな来客がやってくる。

「こんばんはー! レティーアさんたちに差し入れよ!」

「ライちゃん、もう少し声を落とそうよ。みんな集中しているはずだよ」

 このギルド【新緑の風】のメンバーであるライナとアルが食料アイテムの差し入れに来てくれたのだ。

「やった、食べ物! 休憩です!」

「そうね。そろそろ一度、休憩に入りましょうか」

 エミリさんも問題を解く手を止めて、みんなで一休みする。

「はい、ユンさんもお菓子と飲み物どうぞ」

「ありがとう。でも、アルたちの方はいいのか? 期末テストの勉強は」

 差し入れをしてくれたアルに聞くと、苦笑いを浮かべて答えてくれる。

「僕らの期末テストは、皆さんたちより少し早めにあったんですよ」

「だから、私たちは、冬イベント開始日から気兼ねなく挑むことができるのよ!」

 俺とアルとの会話に、ライナも加わり自慢げに胸を張って答えてくれる。

「私たちもベルさんの【ケモモフ同好会】の人たちと冬イベント頑張るから、集まったクエストチップは、ふれあい広場作りに使ってよね」

 ライナの言葉に、差し入れのお菓子を咥えていたレティーアは、それを飲み込んで頷く。

「モグモグ……ンッ……まずは、自分たちが欲しい物を交換してからお願いしますね」

 ライナの言葉を軽く受け流すレティーアに俺は、あれっ? と首を傾げる。

「ふれあい広場の話って、俺たちだけでやるんじゃなかったっけ?」

 俺たちが冬イベに一緒に挑む目的は、【ギルドエリア所有権】を交換するためだ。

 レティーアとベルが使役MOBたちの伸び伸びと過ごせる環境を整えて、調教師プレイヤーたちが集まって交流できる──ふれあい広場のような場所をギルドエリアで作りたいと考えていた。

 その考えに賛同した俺とエミリさんが、ギルドエリアを作るために必要な【ギルドエリア所有権】の交換に使うクエストチップ集めに協力する予定であるが──

「あはははっ、最初は、私たちもそのつもりだったんだけどね。他の知り合いのプレイヤーさんたちからも協力したいって申し出があったんだよ」

 乾いた笑みを浮かべて説明するベルに、アルが少し寂しそうな顔で言葉を掛けてくる。

「僕たちも同じギルドメンバーなんですから、少しは手伝わせてくださいよ」

 捨てられた子犬のようなアルの視線を受けるレティーアは、少し気まずそうに視線を逸らしている。

 元々は、俺たち4人で内々にやるつもりだったのが、予想以上に話が大きくなって気後れしているのかもしれない。

 とりあえず、協力を申し出てくれているのは──ライナとアル、ベルのギルド【ケモモフ同好会】のメンバー、それに俺たちの話をこっそりと聞いていたマギさんとクロード、リーリーたち、自発イベントのふれあい広場で手伝いに来ていた調教師プレイヤーたち、更にそうしたプレイヤーたちから他の多くのプレイヤーに話が伝わっていたようだ。

「【ギルドエリア所有権】は、沢山のクエストチップが必要になるから、協力してくれるプレイヤーが大勢居るのは有り難いわよね」

 エミリさんは、協力の申し出を受け入れる意見で居るようだが、俺は少し考え込んでしまう。

「うーん……」

「ユンさん、どうしたんですか?」

「いや、一方的に協力してもらうだけ、ってのも気が引けるなぁと思って」

 悩む俺にレティーアが顔を覗き込むようにして尋ねてくるので、率直に思った事を口にする。

 他のプレイヤーたちがレティーアのふれあい広場に協力してくれるのは嬉しいし有り難いが、一方的に貰ってばかりだとなんとも落ち着かないのだ。

 そんな俺に、ベルの方から提案してくる。

「それじゃあ、協力を申し出てくれたプレイヤーさんたちと協定を結ぶのはどう? クエストチップを無理のない範囲で提供してもらう代わりに、イベント期間中は手伝いが必要な時はこっちも協力する、みたいな」

 ベルの提案に、レティーアも頷いている。

「協力してもらうユンさんやエミリさん、他のプレイヤーさんたちもイベント後半からの期間限定エリアに挑みたいでしょうから、協定の期限は冬イベ前半の間に必要なら協力し合うのがいいかもしれないですね」

「早速、協定についてフレンド通信で提案しておくね!」

 協力を申し出てくれたプレイヤーたちにフレンド通信を送ったベルは、その人たちと協定の内容について話を詰めるようだ。

 ふれあい広場作りの協力で俺たちや他のプレイヤーたちに期間限定エリアを無視させるのは、レティーアの本意ではない。

 けれども、協力の申し出は受け入れることにライナとアルは、嬉しそうな顔をしている。

「私やアルの協力が必要な時は、いつでも手伝うから! レティーアさんたちはテスト勉強頑張ってね!」

「僕らは僕らで、クエストチップ集めを頑張りますね。それじゃあ、失礼します」

 そう言って、ギルドホームから出て行くライナとアルを俺たちは、見送る。

「さて、と……俺たちもテスト勉強を再開するか」

「そうね。応援されちゃったなら、頑張りましょう」

「むぅ、情けない姿は見せられませんね」

「さぁ、レティーの苦手な科目を手伝ってあげるから頑張ろうね〜」

 そうして俺たちは、OSO内での勉強会で互いに分からないところは見せ合い、問題の解き方や覚え方を教え、教わり合った。

 そこそこ満足のいく勉強会ができた俺たちは、夜遅い時間になってログアウトする。


 そして、リアルに戻った俺がリビングに降りていくと、OSOにログインしていた美羽がソファーで脱力していた。

「うぉ!? 美羽、どうしたんだ?」

「ううっ、さっきまで、私たちのギルドホームでルカちゃんたちと勉強会していた……」

「あぁ、美羽たちもやってたか……」

 逃げ場だと思ってログインしたOSO内でも、テスト勉強をして疲れたのだろう。

 特に、仲の良いルカートたちと一緒であるために逃げられなかったようだ。

 そんなテスト前の日々を過ごした俺たちは、期末テストを万全の状態で挑むことができた。

 後日、OSO内でもテスト勉強をしていた俺と美羽の期末テストが返却され、今までよりもテストの点数が上がったのは余談である。

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