一章 アプデ緩和と妖精郷再び(2)
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俺たちがNPCの武器屋を見ている間、幼獣化しているリゥイの背中にはザクロとイタズラ妖精のプランが乗り、静かに待っていた。
だが、店の冷やかしを終えて振り返ると、不満そうに頬を膨らませたプランが俺たちを可愛らしく睨んでいた。
「むぅ……」
「プラン、どうした? 不機嫌そうな顔して」
「飽きたー! 町歩き、飽きたー! あたい、外に行きたい!」
突然声を上げるプランは、リゥイの背の上で足をバタバタ動かし、リゥイの背中をポスポスと叩いて訴えてくる。
そんなプランの言動を背中でやられるリゥイが迷惑そうに振り返るが、ブルルッと溜息を吐くように鳴き、俺に何とかしろと言いたげな視線を向けてくる。
「ええっ……町の外にって言うけど、どこで何するんだ?」
「うーんと……行き当たりばったり?」
そう言って小首を傾げるプランと共にザクロも首を傾げ、俺はライナとアルに意見を求めると二人は苦笑いを浮かべている。
「まぁ、いいんじゃない? 町の外にも1周年アプデの変化があるかもしれないし」
「僕もいいですよ。妖精に任せれば、どんなところに案内されるか楽しみです」
同行者のライナとアルからも許可が取れたために、俺はプランに告げる。
「それじゃあ、町の外に行くか」
「やったー! あたいについてこーい!」
そう言って、リゥイの背から飛び立ち、俺たちを従えるように先頭を進んでいく。
そんなプランの後を追うように歩いていると、アルに尋ねられる。
「そう言えば、ユンさんは、いつの間に妖精に名前なんて付けたんですか?」
「うん? あー、1周年アプデ後からしばらくして、名前を付けて欲しいって言われて名前を付けたら、そのまま使役MOBになったんだよ」
「えっ!? 使役MOBになってたの!? ただのお助けNPCだったのに!」
前までは、【アトリエール】にやってきて【妖精郷の
多分、1周年アプデの際に妖精クエストが恒常化した影響で、使役MOBになったのでは、と予想を伝える。
「そう言えば、ライナたちは妖精クエストもう攻略したのか?」
1周年のアプデ直後に、【スターゲート】から夏のキャンプイベントの舞台となった浮遊島にライナとアルを誘った時、妖精クエストは攻略していないと言っていたが、今はどうだったか確認する。
「もう攻略しましたよ。中小ギルドの知り合いとパーティーを組んで挑みました」
「私もレティーアさんやユンさんの妖精みたいな可愛いパートナーが欲しかったけど、仲間にならずに残念だったなぁ。まぁ、昔できなかったクエストを達成できたのはよかったけどね」
そうして話している間にプランの先導で、第一の町の西側から外に出て、森の中に入っていく。
「なぁ、プラン。どこに連れて行く気だ?」
「あははははっ! ないしょ~!」
楽しそうに笑いながら西の森の奥へと進んでいくプランに着いていく。
途中、見つけた敵MOBを倒したり、アイテムを採取したりするが、この辺りのエリアには特に1周年アプデの変化は感じられなかった。
そうして森の中を歩いて行くと、何か空気の壁のような物を通り抜けた違和感を感じた直後、とある場所に辿り着いていた。
「みんなー、着いたよー!」
「えっ? ここってまさか――フェアリーサークル!」
円形に草が潰れた空間に辿り着き、その中に俺たちが入り込むと、イタズラ妖精のプランが不敵な笑みを浮かべて振り返る。
「それじゃあ、いくよー! ――【転送】!」
「ちょ、待っ――!?」
『『――きゃっ(うわっ)!?』』
俺がプランを止めようと声を上げるが、フェアリーサークルの周りが光り輝き、その光にライナとアルも声を上げている。
転移時の軽い浮遊感と強い光の眩しさに腕を前に掲げて目を瞑る。
しばらくすると光が落ち着き、恐る恐る目を開けば、そこには沢山の花々が咲き乱れ、光り輝く木々の間を飛び交う沢山の妖精たちの姿があった。
「ここは、妖精郷? もう来ることはないと思ってたのに……」
「ふふ~ん! 妖精女王様とあたいたち妖精の密かな頑張りによって、妖精郷は復興を果たしたのよ! 美しいでしょ!」
そう言って自慢げな表情で妖精郷を紹介するプランに、俺は感嘆の声を上げながら見回す。
「凄いなぁ……本来の妖精郷ってこうだったんだ……」
妖精クエストの時は、ボスMOBのカニバル・プラントによって荒らされた光景しか知らなかったために、思わず呆けてしまう。
また光り輝く木々の他にも、妖精たちが飛び乗ると跳ねる不思議なキノコや美味しそうな木の実なども実っており、花の蜜や蜂蜜などを運んでいる姿が見れる。
「凄いわね! こんな場所があるの知らなかったわ! レティーアさんたちにも教えてあげないと!」
「でも、なんで入れたんでしょうか? 条件は何なんですかね?」
妖精郷に感動したライナがくるくると回りながら辺りを見回す中、アルは復興した妖精郷のエリアに入る条件を考え、イタズラ妖精のプランが胸を張って答える。
「それは、あたいたち妖精の導きがあって来ることができる場所だからね! さぁ、楽しんでよ!」
「つまり、妖精NPCと一定以上の友好度みたいなのがあれば、招待してもらえるっぽい? レティーアさんはパートナーとしているけど、それだと条件がちょっと厳しいかな?」
「他にも、妖精クエストを一度でもクリアしてるのが条件じゃないか?」
アルが条件について予想するので、俺もそれに補足する。
俺やレティーアみたいに妖精たちを使役MOBにしなくても、マギさんやリーリー、クロード、エミリさんは妖精たちと友好関係にある。
それに最近では、野良の妖精NPCと出会う機会も増えている。
そうやって妖精たちから好感度を稼ぎ、妖精クエストをクリアしたプレイヤーが妖精郷に招待されるのだろう。
そうした予想を立てながら、妖精郷を進んでいくと、切り株に座る妖精女王が沢山の妖精たちに囲まれていた。
「まぁ、ようこそ。妖精郷を救ってくれた人間たち。また来てくれたのですね」
透明感のある声の妖精女王が嬉しそうな声を響かせる。
「お邪魔してます」
俺が軽く頭を下げると、ライナとアルもちょっと緊張したような面持ちで頭を下げているので、妖精女王がクスクスと笑う。
「妖精郷が復興したと言っても、人の子が好む物があるか分かりませんが、好きに見ていって下さいね」
そう言って再び妖精たちとの戯れに戻ろうとした妖精女王だが、ふと俺たちに視線を戻す。
「そうだわ。図々しいお願いですけど、聞いて下さらないかしら?」
「えっと……とりあえず、はい」
突然のお願いに動揺しながらも俺が頷き、一緒に並んで居たライナとアルも何が始まるんだ、と緊張しながらも妖精女王の話を待つ。
「妖精郷の復興は進んでいるのですが、実はまだこの土地の幾つかの場所には魔物の呪いが残されているのです。それを払うのを手伝って頂けませんか?」
その瞬間、メニューにクエストの概要が表示される。
――【クエスト:祓え、妖精郷の呪い】
妖精郷を壊滅に追い込んだカニバル・プラントの呪いがこの土地に残されている。
4箇所の土地の呪いを浄化し、復興した妖精郷の平和を守るのが目的。
突然のクエストに俺は、ライナとアルにどうするか、視線を向ける。
ライナとアルは、じっくりとクエスト内容を吟味するために無言になる中、プランが上目遣いで俺を見てくる。
「妖精女王様が困ってるし、あたいたちの故郷、助けてくれる?」
そんなあざとく上目遣いでお願いされたら、断れないだろ、と思い苦笑いを浮かべてしまう。
そして、ライナとアルも決心したようだ。
「町中で見つけたクエストよりも興味がそそられるし、私は、やってみたい」
「僕も、受けてみたいです」
「なら、受けるとするか」
これも妖精クエストの恒常化によって追加された新クエストだろうな、と思いながら、クエストを受注する。
――【クエスト:祓え、妖精郷の呪い0/4】
妖精郷に蔓延る4箇所の呪われた土地を浄化せよ。
「人間たちよ、妖精郷の呪われた土地をよろしくお願いします」
「さぁ、みんな! こっちが一番近いよ!」
そう言って深々と頭をさげる妖精女王と可愛らしい妖精たちに見送られて、イタズラ妖精のプランの案内で妖精郷の呪われた土地を目指していく。
その途中、妖精郷の木々を飛び回る他の妖精たちも目にするが、呪われた土地に近づくほど妖精たちの気配が消え、森の輝きも徐々に薄暗くなっていくのを感じる。
「ここが一箇所目の呪われた大樹よ!」
「うわっ……なんか、めっちゃ黒いなぁ」
俺たちが見上げるのは、黒い墨のような物に穢れた大木のオブジェクトだった。
その表面が蠢いているように見え、なんとなく生理的嫌悪感を思い浮かべる。
呪われた大樹の呪い――1000/1000
「なんか、呪いにHP見たいなステータスがあるんだけど……」
「気をつけて! あの呪いから魔物が産まれるから!」
プランが警告を発した直後、大樹の木の幹から黒い靄が固まり、何匹もの大きな蝶の形――【妖魔の蝶】という敵MOBが生まれる。
「ライナ、アル! 戦闘が始まるぞ!」
「分かっているわよ!」
「こっちも大丈夫です!」
呪いの浄化とは、この黒い敵MOBを倒せばいいのか、と俺たちが武器を構えた直後、木の幹から飛び立つ大きな黒蝶たちが襲ってくる。
だが――
「やっちゃえ、リゥイ!」
『きゅきゅっ!』
リゥイの頭の上に乗って指示を出すプランとそれを応援するように鳴くザクロに、リゥイが鼻を鳴らしつつも成獣化し、浄化を使う。
『KYAAAAAAAAAAAAA――』
「「「――へっ?」」」
パァーっと辺りに光が差し込む中、飛んできた黒蝶たちが悶えるように地面に落ちて光の粒子となって消えていく。
「……えっと、リゥイが今やったみたいね」
「あっ、でも見て下さい! 呪いの数値が減ってます」
戦闘が始まるかと思いきや、突然の敵の消滅に唖然とする俺よりも先にライナとアルが正気に戻る。
「えっと……つまり、リゥイの浄化がこのクエストには特攻ってわけか」
どうだ、と言わんばかりにリゥイが鼻を鳴らし、再び呪われた大樹に浄化を当てていく。
すると、呪いの数値が目に見えて減り、俺たちが一度情報を整理する。
「えっと、多分呪いの本体になるオブジェクトには、リゥイの浄化や【解呪】のスキルやアイテムが有効と……」
「それとそうした有効な手段がなくても、呪われたオブジェクトが数値を減らして敵MOBを生み出すので、敵を倒してればいずれは消えると思います」
「リゥイ、凄いじゃない! これでクエストもすぐに終わるわね! あっ、また新しい奴が出てきた! はぁぁっ!」
俺とアルが情報を確かめ合う一方、ライナが諸手を挙げて喜び、そして新たに現れた黒蝶を槍で突き刺して倒している。
「まぁ、やることは決まったかな。俺は、解呪薬を大樹に振りかける」
「僕は、装備センスに【回復】を付けて《ディスペル》を使いますね」
「私は、リゥイたちを守るために、出てきた黒いやつを倒せばいいのね!」
早速三人で、呪われたオブジェクトの浄化作業に入る。
リゥイの浄化の発動に必要なMPは俺が肩代わりするので、MPポットを飲みながら解呪薬を木の幹に撒いていき、アルも《ディスペル》を使う。
ライナはリゥイたちを守りながら出てきた敵MOBを片っ端から倒し、リゥイの浄化が木全体に降り注ぐ。
そうして解呪作業に入ると黒く染まっていた大樹が徐々に白くなっていき、呪いの浄化を終える頃には、大樹が光り輝き、暗く淀んでいた周囲も明るく感じた。
「ふぅ、なんか気持ちよかった」
「敵MOBの討伐や呪いの浄化をするって言うよりも汚れ落とししている気分でした」
実際、大樹に解呪薬や《ディスペル》を当てると、シュワシュワと白い泡みたいな物に覆われ、黒い物が消えるのだ。
だが、黒い物がない箇所に浄化作業をしても効果が薄かったので、どんどんと黒い場所を探しながら浄化していく。
それをアルが、汚れ落としと表現したのには、的確すぎて笑ってしまう。
「さぁ、次の場所の汚れ落としに行くわよ!」
「ドンドンとあたいたちの妖精郷を綺麗にするぞー!」
「「「おー(きゅぅ~)!」」」
そして、浄化の満足感に浸る俺とアルの一方、ライナはプランとザクロと共に掛け声を上げて、次の浄化先へと向かい、リゥイもスタスタと着いていく。
その後、三箇所の呪われたオブジェクトの浄化を周り、途中黒いMOBを倒しながらも浄化や解呪薬、回復魔法などを使いながら黒い物を落としていく。
気分は、普段の手入れで取り切れない汚れを落とす年末の大掃除であった。
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