Additional Episodes NO.3 前編

  時刻は18時47分。定時で仕事を終えたアクトは重機技総に勤務のリンに連れられてロボタウンから自動車で15分ほどにあるカフェレストランに来ていた。


  ここは、程よいざわめきと静かに流れるクラシック音楽が心地よく、恋人同士で訪れる者の多い人気のお店だ。


  そんな素敵なカフェレストランに食事に来ているアクトとリンは、店内の一番端の座席を電話で予約し、到着と同時に運ばれた食事をペロリと平らげる。そして、食後のデザートとハーブティーを食しながら、これから腰を据えて取り組む予定の仕事についてボソボソと小声で語っていた。


  「ってことで、現在取り組んでいるアクチュエーターは出力より耐久力を上げてバランスを取っていこうということになった。機動重機たちの動力炉が作り出す莫大な電力はアクチュエーターの性能が向上すればするほど出力を発揮はしているけど、耐久性の限界に達している」


  「そうだね、せっかく出力向上の案があるのに保留になっちゃって残念」


  「でも、もし耐久性の向上がなされれば、もっともっと機動重機たちは強くなる。その伸びしろがあるってことだ」


  アクトの言葉を聞いて妄想を膨らませるリンは、頬杖を突きながら目を輝かせていた。


  「でもさ、機体性能が上がれば上がるほどっていうけど、機動重機たちの強さを支える動力炉っていったい何なんだろうね。重機技総の私たちにも明かされないなんてさ」


  スピリットリアクターについて知っているのは本部研究所の上層部の者だけだった。これはもちろん情報の漏洩を防ぐための措置である。


  「アクトは聞かされているんでしょ? ねぇ、少しでいいから教えてよ~。お・ね・が・い」


 上目遣いで胸元をチラつかせるお願いポーズにアクトは視線を外して首を横に振った。


  「ダメダメ、これは超極秘事項だからな。いくらリンでもこれは話せない。とは言っても俺もそんなに深いところまで教えてもらってないんだけどな」


  「いじわるぅ」


  リンは口を尖らせる。


  「そんなに知りたければもっと昇進して本部勤務にならなきゃな」


  「わかってるわよ。だから日々頑張っているんだから。アクトはいいよね、事故の怪我が幸いして本部勤務。それも柳博士のお付きだもん」


  アクトは事故によって脳に少しばかり障害が残り、その障害によって脳の機能の一部が向上したことになっている。その向上した頭脳の能力を買われて柳生のお付きとなり、本部勤務になったという筋書きで所員には話されていた。


  「オレはホントに偶然だよ。それよりリンは実力で重機技総に配属されて結果を出し始めてるじゃないか。次の新型装甲材でも頑張れ」


  「その新型装甲材なんだけど、試作品が使用しているレアメタルの結晶構造がなんかこう説明しずらいんだけど違和感? 物足りなさ? そんな感じがするの。なんでかわからないけど」


  「ホントか? それってリンが本物のエンジニアになってきた証拠なんじゃないのか? その感覚がいつか凄い物を作る武器になったりしてな」


  少し顔を寄せながら小声で話すふたりだが、周りからはカップルが仲睦まじげに話しているように見えているようだ。


  「ところでさ、会社でなら周りを気にして小声でひそひそ話さなくてもいいんだぜ。こういう内容だって社外秘なんだし」


  「アクトはわかってないね。こういった雰囲気でいつもと違うからこそ新しいアイディアが生まれるってもんよ。それにここの料理は美味しいし」


  『最後のが本音なのか?』


  実際のところは全部本音なのだが、リンはもうひとつの理由を心に留めて視線をそらした。


  「確かに料理は美味いし店の雰囲気も椅子の座り心地も店員の接客も良いしさ、オレも気に入ってるからふたりきりだったら最高だと思うけど」


  「えっ?!」


  その言葉にそらしていた視線をアクトに向ける。


  「ん?」


  アクトも店内を見回していた視線をリンに向けると、リンはビックリした顔で頬を赤らめていた。

  「それって……」


  色気のない仕事の話題ばかりではあるが、ふたりきりで過ごすこの時間をリンは楽しく感じていた。


  研修は年始からで本採用となった今日まで約五ヶ月。一般人から見ればメカオタクと思われがちなリンにアクトはなんの偏見も抵抗も持たずに接していた。もちろん職場の先輩たちもそうなのだが、同年代の男性であり、共通の職場で共通の仕事をし、妙なロボットに襲われ命の危機を感じたときに身を挺してくれたという吊り橋効果もあった。


  死んでしまうかもと思っていたアクトが目の前に現れたときに、それまでの気持ちが混ざり合い、今のような感情を形成したのだ。


  顔を赤らめるリンを見てアクトは自分が口に出した言葉を思い返す。


  「あっ」


  リンが受けた言葉の意味も間違いではない。実際アクトにとってもリンとのこの時間は楽しく有意義なモノである。しかし、今言った「ふたりきりだったら最高だよな」という言葉の意味は、今現在ふたりきりでないから出た言葉だ。今この場にはアクトのボディーガードであるロイドがいるのだ。


  だが、そのことをリンには説明(言い訳)できないので、アクトは笑って誤魔化すしかなかった。


  互いに話すに話せず微妙な間が数秒続いた。


  「アクトはさっ」


  意を決してリンが話し始めたとき、アクトの耳に遠くからこの言葉が届いた。


  「……ガイファ……」


 ビクリと反応するアクトを見て、リンも驚き言葉を止めた。彼は急に真面目な顔になり頭を低くして辺りを見回す。


  「ど、どうしたの?」


  アクトの表情と行動にリンは驚きながら、一緒になって頭を下げた。


  ダブルハートの覚醒によって強化されたアクトの聴覚が、このカフェレストランのどこかで『ガイファルド』という秘匿されている単語が発せられたのを捉えたからだ。


  ガイファルドという名前は博士が名付けた物で、ガーディアンズの隊員と神王寺コンツェルンの幹部陣以外知りえない。そして、この場にはその者たちは居ない。当然その言葉を発したのはロイドではないのは間違いないのだ。


  「なになに?」


  あまりの衝撃にリンの言葉は聞こえていても脳は周りの状況確認にフル回転していた。


  「……レオン……性能……特徴……」


  アクトは静かに、それでいて素早く立ち上がり、リンの手を引いてレジに向かった。


  「ちょっと、ねぇアクトどうしたの?」


  腕時計に内蔵された決算アプリで会計を済ませたアクトは店を出ると道路の向かいに停留している無人タクシーにリンを押し込んだ。


  突然のアクトの行動に戸惑うリンに、アクトは優しく言葉をかける。


  「ごめん、ちょっと会いたくない奴が店に居たんだ。だから今日はここまでってことで」


  「そうだったんだ」


  「この埋め合わせはするからさ。ホントごめんな」


  「しかたないわね。それならジャジャ丸苑の焼肉特Aコースで勘弁してあげる」


  戸惑いの表情を笑顔で消してそう返した。


  「そいつは痛い出費だなぁ。でも約束する。次の定例カフェ会はジャジャ丸苑な」


  「約束だよ」


  ふたりは目を合わせて約束を交わす。


  「神王寺のGOT本部まで」


  腕時計を差し出して決算を済ませ、リンを乗せた無人タクシーを送り出す。タクシーの中から笑顔で手を振るリンを見送ってアクトは店の横の路地に入った。


  タクシーの後部座席に座りなおしたリンは、次の定例カフェ会の日取りを決めるために携帯の予定表を開く。


  「バカアクト。隠れてなにやってるんだよ」


  リンはアクトが謎の柱メカに襲われて大怪我をしたあと、退院後の謎の人事異動から妙に思っていた。


  あの日、柱メカから自分を逃がすためにあの場に残ったアクトは命を落としかねない大怪我をした。その出来事を思い出し、リンの胸にズンと重い何かがのしかかる。


  「約束したからな」


  携帯電話を握りしめてもう一度振り返った。


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