第三章 可愛い教え子 その3

 異能者の『具現化』で作られる武装は、それぞれが固有の形状、能力を持つ。

 剣や刀、銃などは、見分けがつかないくらいに似る場合もあるし、単純な能力しか持たない物は、見た目通り切ったり殴ったりする事しか出来ない。

 しかし、中には恐ろしく個性的な形状と能力を持つ物体を『具現化』出来る異能者もいる。

 だからどれ程に荒唐無稽な形状の物体を『具現化』しても、こと異能に関しては驚くべきではないのだが。

「日向君の異能は、自分が理想とする設定、能力を持つヒロインを『具現化』する事です。通称、『月下美人』」

「名前聞くとカッコ良いけどすげえ嫌な能力だ!」

「日向君自身の戦闘能力は、異能者としては平凡です。しかし、この学校で彼に喧嘩を売った男子は例外無くあのヒロイン達にフルボッコにされます」

「う~わ~。嫌だ~。そんな学園最強の異能者嫌だ~」

「いくら先生でもあのヒロイン軍団を相手にすると危ないですよ。絶対に喧嘩を売ったりしないでくださいね」

 心配そうに自分を見上げる雪姫を見つめ、カムイは溜息を吐く。

「あのなあ。人を何だと思ってるんだよ。俺は確かに短気だけど、理由も無く他人に喧嘩を売るような事すると思うか? それとも、あの日向って男は自分から積極的にあのヒロイン達をけしかけてくるのか?」

「いいえ。日向君は自分から相手に攻撃を仕掛ける事はありません。あのヒロイン達も、日向君に攻撃をしなければ無害です」

「じゃあ問題無しだな。俺も自分から他人に喧嘩を売ったりしないし」

 自分から喧嘩を売らない教師と、自分から相手を攻撃しない生徒。

 そう考えると、案外気が合うかもしれない、とカムイは考え始めた。

「なんか、気色悪い異能とか思っちゃったけど、あんなにすげえ異能持ってるのに悪用しないって事は、良いヤツなんじゃないの? ちょっと話しかけてみようかな?」

「止めた方がいいですよ? ムカつくだけですから」

「え? ムカつく?」

 なんて事を話していると、当の日向が二人に近づいてきた。

 雪姫は心底嫌そうな表情でそそくさとその場から走り去ってしまう。

 何もそんなに露骨な嫌悪感を出さなくてもいいのに、とカムイが思っていると、

「アンタは新任教師の……確か、神永先生だったか?」

「んん? そうだよ? 神永カムイ」

 カムイは思わず頬を緩ませる。

 何気に、「先生」と呼ばれたのが雪姫を除いて初めてだったので、嬉しくなってしまった。

「アンタのスピーチを聞いたよ。その日の内に生徒を数十人、半殺しにしている所も見た」

「え、う、うん……」

 微妙に痛い所を指摘されてしまった。

「社会の一員になる事を目指せとか、人を支える大人になれとか言っていたアンタが、その舌の根の乾かぬうちに体罰を振るうとはな」

「舌の根の乾かぬうちにって……」

 高校生らしくない言葉使いなので、カムイはキョトンとした。

「アンタのような大人を見ているから、俺達子供は未来に悲観するしかなくなる。大人なら、良い見本を見せてほしいものだな。悪い見本ではなく。このままでは教師は教師でも反面教師になってしまうぞ」

「……」

「まあ、アンタが相当な手練だというのは認めるがな」

「手練!?」

 カムイはその時、手練という言葉を耳にして確信した。

 この話し方。

 この男は中二病を発症している。

 要するに、まだ子供なのに大人っぽい振る舞いをしまくりながら、上から目線で説教しまくりたいお年頃だ。

 根拠も無いのに、自分程に世の中を達観して見ている存在はいないと確信している病だ。

「世の中には、上には上がいるという事を知った方がいい。でないと……」

 日向はおもむろにカムイの首筋に手刀をあてがう。

 見え見えの動きだったが、カムイが動かないでいると、

「死ぬぞ?」

「……」 

 ヤバい。

 コイツはかなりヤバいヤツだ、とカムイは茫然としていた。

「俺からすれば隙だらけだぞ先生。俺がその気になれば、アンタは既に死んでいる」

「……」

「精々、命は大切にする事だ。生徒はアンタの思い通りに動く玩具おもちやじゃない。皆が確固とした自我を持つ存在なんだからな。好き勝手に出来るとは思わない事だ」

 なんて事を言い残し、日向は再び花壇の世話に戻る。

「……」

 カムイは何となく、日向に喧嘩を売っていたという男子生徒達の気持ちが解った。

 しかし、嫌いにはなれなかった。

 雪姫は嫌悪感を露わにしていたが、男には十中八九ああなる時期があるのだ。

 何故か自分より世の中を深く理解してるヤツはいなくて、周りの人間が全員バカに見える時期が。

「懐かしい感覚だ……」

 カムイにもあった。

 周りのクラスメイト全員が子供っぽく見えて、自分だけ大人だと思ってる時期が。

 十歳で始まって、十二歳くらいの頃に収まったけど。

 あと、ついつい他人に説教したくなる衝動もあった。

 人の話に聞く耳を持つ人間は、そもそも説教されるような事はしない。

 人の話に聞く耳を持たない人間は、百万回説教しても治らない。

 つまり説教は九分九厘無意味だと気付くのに、二十歳になるまでかかってしまったが。

「……あれ? 雪姫どこ行った?」

 しばらくの間、日向や具現化されたヒロインが花壇を世話している様子を見ていたが、走り去った雪姫がいつまで経っても戻ってこないので、カムイは校舎に戻ってキョロキョロと周囲を見回す。

 まあ、担当するクラスも科目も無い暇な教師と違って、雪姫には授業を受けるという学生の本分があるので忙しいだろうが、今は休み時間の筈だった。

「……?」

 雪姫を探してキョロキョロしていたカムイの視線の先に、女子が一人いた。

 まあ、学校なんだがら女子なんかいくらでもいる筈だが、様子がおかしかった。

 女子トイレから出てきたのだが、全身がずぶ濡れになり、桃色の髪やセーラー服から水滴をポタポタと滴らせていたのだ。

「おい。お前どうしたんだよ。ずぶ濡れじゃないか」

 ただ事ではないとカムイは心配になり、その桃色の髪をした女子に近づいた。

 すると、桃色の髪の女子はカムイを見つめ、

「……!?」

 何故か目に見えて狼狽し、怯え始める。

「おい、何でずぶ濡れになってるんだ? まさかイジメ……」

「危なあああああああああああああああああああい!」

 瞬間、カムイの背後から雪姫の絶叫が聞こえ、ほぼ同時に後頭部に鈍痛と衝撃が走る。

 雪姫が氷で出来た巨大ハンマーでカムイの後頭部を叩いたのだ。

 洒落にならない勢いでカムイは前のめりに倒れ、ピクピクと痙攣する。

「焔ちゃん、また他の女子にイジメられたんですね?」

「う、うん……」

「早く体操着にでも着替えてきてください。制服は乾燥機に入れとけば放課後までに乾くでしょ」

「うん……」

 雪姫に焔と呼ばれた桃色の髪をした女子は、おずおずとその場から走り去った。

「おおおおおおおおおおおおおい! 何してくれてんだテメエ! 殺す気か!」

 後頭部を背後から殴打されて痙攣していたカムイは、鬼の形相で雪姫を睨みながら立ち上がる。

「死ぬぞ! 普通なら死んでたぞ!」

 カムイの剣幕を、雪姫は何とも思っていないのか、肩をすくませながら氷で出来たハンマーをポイ捨てする。

 すると、氷のハンマーは跡形も無く消えた。

 雪姫の異能は、氷の『具現化』であり、『明鏡止水』という異能名を持っている。

 正確には、氷を無尽蔵に生み出す特殊な十文字槍を『具現化』する能力だが、『氷』というシンプルで大雑把な存在を無尽蔵に生み出す能力は、『剣』『銃』などという、決まった形状、能力を持つ武装しか『具現化』出来ない異能者とは比べ物にならない程に強力で、応用力があった。

 何故なら、その気になれば『氷の剣』も『氷の弾丸』も無尽蔵に作れて射出出来るのだから、雪姫の異能は、殆どの異能者の上位互換だった。

 まさかその強力な異能を理不尽な暴力に使用されるとは思わなかったが。

「先生、今日は私が手を出しちゃいけない生徒を教えるって話だったでしょ? 何で勝手にウロウロしてるんですか?」

「お前が勝手にどっか行ってたから探してたんだよ! ていうか殴った事を謝れ!」

「しかも、何で私がいない間に、その手を出しちゃいけない生徒に近づいてるんです?」

「……は? 手を出しちゃいけない生徒って、日向の事だろ?」

「そうですけど、日向君一人だとは言ってませんよ?」

 確かにそうだった。

 だとすると、先ほどカムイが近づいたずぶ濡れの女子生徒も、危険な異能者という事だろうか?

「さっきずぶ濡れになってた女子は、不知火しらぬいほむらちゃんです。かなりヤバい女子ですよ。彼女一人が原因で、三人の教師が首になってます」

「え? どういう事? あの女子は実は強くて気に食わない教師をボコボコにしたって事か?」

「違いますよ。あの子がこの学校に転校してから、三人の教師が暴行未遂事件を起して校長にボコボコにされたんです」

「はあ!? 暴行未遂事件って同じ女子を相手に三人の教師がやらかしたのか!?」

「そうですよ。一応、オブラートに包んで暴行事件って言ってますけど、実際には強姦未遂です。襲っちゃったんですよ。教師があの子を」

「……」

 気分が悪くなる話を聞いて、カムイは顔を強張らせる。

 白銀校長が半殺しにしたという話だが、その場にいれば自分が半殺しにしただろう。

「だから、先生があの子を襲う前にハンマーで殴って正気に戻してあげたんです」

「おおおおおおおおおおおおおおおおい! どういう意味だそりゃあ!」

「え? 先生もあの子の色香に惑わされて襲いたくなったから近づいたんでしょ?」

「違うわ! なんかずぶ濡れだったから事情を聞こうとしたんだよ!」

「そうなんですか? あの子のバインバインの巨乳を見て正気を失ったんじゃないんですか」

「……」

 カムイは雪姫から目を逸らし、溜息を吐く。

 腹が立つ、というより、悲しくなってきた。

 割と長い付き合いのある相手に、全く信用されていなかったとは思わなかった。

「ていうか先生。教師も含めて、男はあの子に近づくのは禁止ですよ。近づくと襲いたくなるから」

「お前は男をなんだと思ってるんだ。年中発情期だと思ってるのか……。いや、まあ人間は思春期を迎えてからは死ぬまで発情期だけどさ」

 あらゆる動物には発情期が存在するが、人間だけが年中発情し続けている。

 そういう意味では、男はいつ女を襲ってもおかしくないわけだが、実際には性犯罪をしない男の方が圧倒的に大多数だ。

 人間には、倫理観や道徳という感情があるのだから。

「違いますよ。そういう話をしてるんじゃないんです。あの子は異性を発情させる異能を持ってるんです。自分に近づく男を全員欲情させる『誘惑政策』って異能です」

「『誘惑政策』って何だ! 宥和政策みたいな言葉を作るな!」

「決めたの私じゃありませんし」

「ええっと……つまりあの子は異能を使って男を誘惑しまくってるって事? 教師に襲われたのもワザとなのか?」

「違います。あの子は自分の異能を制御出来ないんです。本人は嫌がってるのに、周りが勝手に発情しちゃうんですよ」

「何!? じゃあ本人に非は無いじゃないか」

「私はほむらちゃんに非があるなんて言ってないでしょ? とにかく近づくなって言ってるんです」

 雪姫は人差し指をカムイの鳩尾に当てながら口をとがらせる。

「じゃあさっきずぶ濡れだったのは何で?」

「さっき言いましたけど? 女子にイジメられてるんですよ」

「……お前が言う『さっき』ってのが、ハンマーでぶん殴った直後の事なら覚えてないな。意識が飛んでたから」

 カムイは非難がましい口調でぼやくが、雪姫は意に介さなかった。

「あの子ねえ、男子を全員欲情させるからモテモテなんですよ。モテてるっていうか、まあ単に興奮させてるだけですけど、とにかく、それが原因で彼氏持ちの女子全員の恨みを買いまくって、ついでにやっかみもあるんでしょうけど、女子からイジメられまくってます」

「……なんて可哀そうな子だ……」

 望んでもいないのに異性を全員欲情させ、同性全般を敵に回す。

 男から襲われ、女からもイジメられる。

 まるで地獄ではないか、とカムイは愕然とした。

「え? なんて可愛そうな子だって?」

「可哀そうなだ! 俺は真剣に心配してるんだよ!」

「気持ちは解りますけど、先生はあの子に近づいちゃ駄目です。欲情して襲いたくなりますよ?」

「……いや駄目だ。生徒がイジメられてると解って何もしないわけには……」

「イジメの方は私が何とかします。ていうか、女子同士のイジメに男が入る隙なんかありませんから、引っ込んでいてください」

「……お前はあの子と仲良いのか?」

「別に良くも悪くもありませんけど、イジメは嫌いなんでどうにかします。私に任せてください」

「……ん、まあ、解った……お前を信じよう」

「じゃ、次の手を出しちゃいけない生徒ですけど……」

「え!? まだいるの!?」

「あと一人です。すぐ終わりますから」

 雪姫は再びカムイの手を引いて廊下を歩く。

「俺もう怖えよ……。教師やっていく自信がゴリゴリ削れるな」

「だから皆辞めてるんでしょ。まあ私がきっちりフォローしてあげますから」

「なあ、『最後の一人は私でした』ってオチは無いのか?」

「え? 私はいつ手を出されてもいいですよ? ウェルカムです」

「……」

 藪蛇だと思ったカムイは口を閉じた。

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