第二章 楽しい学園生活の始まり その2

 カムイは校舎の外で腕を組んでいた。

「う~ん……」

 体育館、運動場を歩いて周り、設備や器具をチェックしてみる。

 歴史の担当なのに、体育の授業を押し付けられたのだが、勝手が解らない。

 どうしたものかと思案しながら、運動場を歩いていると、

「おいテメエ!」

 カムイの下に、何故か男子生徒が集まってくる。

 それも、今度は五十人以上が。

「舐めた真似してくれたなあ!」

「……?」

 カムイは、眼を疑った。

 先ほど自分を殴ってきた男子生徒が混じっている。

「今からテメエを殺してやるからな!」

「え? 何で?」

 殺気立つ男子生徒数十人に取り囲まれながら、カムイはキョトンとしていた。

 恨みを買った覚えは全く無かったので、反応に困ったのだ。

 すると、男子生徒の中でひときわ体格の大きい男が、カムイに掴みかかってくる。

 その男子生徒の力は、カムイの眼で見ても強そうだった。

「さっきから随分と余裕あるじゃねえか? ああ?」

「そうか……これが今流行りの教師イジメか……無抵抗だとエスカレートするな……」

 言いながら、カムイは男子生徒の掌に、自分の掌を添えて、思い切り掴む。

「うぎゃあああああああ!」

 思い切り手を掴まれた男子はのけ反りながら悲鳴を上げる。

「う~ん。さっきも気になったんだけど、年上に敬語で話さないのは感心しないなあ。別に尊敬はしなくてもいいけどさあ、尊敬してるフリはした方がいいと思うぞ? そうした方が世の中上手く回るんだよ」

 その時、カムイの両眼が赤く発光し始めた。

 血のように赤く光り、瞳孔が蛇のように縦長になる。

「あのな、世の中には怖い大人が沢山いるからな? 無暗に喧嘩を売らない方がいいんだよ。それを今から俺が教えるよ。本当はこんな事したくないけど」

 カムイは血走った眼で男子生徒を見回す。

 明らかに、笑みを浮かべて楽しそうだった。

 そこから先に起きた事を端的に述べるのなら、阿鼻叫喚の、地獄絵図である。


 教室の窓から、カムイの様子を窺う女子生徒がいた。

 カムイの元後輩である、氷室雪姫である。

 カムイは逃げ惑う男子生徒を四つん這いの気色悪い動きで追いかけまわし、捕まえては振り回して投げ飛ばしている。

「あ~あ。やっぱりこうなったか……」

 雪姫は、カムイがいかに短気で手が早いのかよく知っている。

 学生時代から全く変わっていない。

 この学校の生徒は、異常に態度が悪い。

 新しい教師が赴任する度に、それを辞めさせるために喧嘩を売る、性質の悪い生徒だ。

 そんな生徒に接触すれば、カムイがブチ切れるのは時間の問題だと思っていた。

 しかし、まさか初日にやらかすとは思わなかった。

 雪姫のクラスメイト達が、運動場で男子生徒数十人を相手に暴れまくっている様子を見て、驚愕していた。

 忘れてはいけない。


 この学校にいる生徒は全員異能者だ。


 つまり、今カムイにボコボコにされている生徒も全員異能者だ。

 現に、カムイに対して異能を使って反撃している生徒もいる。

『超人化』で身体能力を強化する。

『具現化』で刀剣を作り出し、切りかかる。

『超人化』を使用した男子生徒は常軌を逸した身体能力を発揮し、『具現化』を使用した生徒の武器からは、炎や電が当たり前のように飛びだす。

 それらを悉く回避し、反撃しているカムイの行動は、凄く単純だった。

 素早く動いて殴る、蹴る、投げるの暴力行為を繰り返していたのだ。

 ただ、その素早い、という点が異常なだけだ。

「な、何アレ……」

「ほら、今日赴任した新任教師だよ」

「どんな異能持ってる?」

 雪姫のクラスメイト達が、持っていたスマホを弄り始める。

 神永カムイという男のパーソナルデータを閲覧しているのだ。

 この学園島にいる生徒に限らず、異能管理機構に存在を把握されている異能者は、全て自分の異能を調査され、記録されている。

 それはカムイも例外ではなかった。

「『瞬間記憶』だって」

「はあ? 視認した物を、全て記憶する……それだけ?」

「ちょっとおかしくない……?」

 雪姫のクラスメイト達は、神永カムイという男のパーソナルデータと、実際の強さのギャップに戸惑っている。

 しかし、雪姫にとっては見なれた光景だった。

 おそらく、今まさにカムイの折檻を受けている男子生徒達も、カムイのパーソナルデータを確認してから喧嘩を売った筈だ。

 昔からそうだった。

 カムイの異能が『瞬間記憶』だと調べた上で、弱そうだと思って喧嘩を売る。

 ソレの繰り返しだ。

 バカの一つ覚えのように、そんな事の繰り返しだった。

 

 そのバカバカしい繰り返しを、カムイは悉く勝利で終わらせているというのに。

 

 カムイは自分に喧嘩を売る相手を、悉くブチのめしていた。

 当の本人は否定しているが、愚かしい程にカムイは短気だ。

 自分では学校の成績が優秀だから頭が良いと思っているが、実際はかなり短絡的なバカである。

 そんな短絡的なカムイが、いわゆる異能バトルにおいて、殆ど敗北を知らない原因はもちろんある。


 単純に強いのだ。


 よく考えれば解る。

『瞬間記憶』という、一見勉強の役にしか立たない異能の事を、よく考えれば解る。

 記憶には、勉強や常識を司る「意味記憶」のほかに、運動や格闘技をする際の「手続き記憶」というものがある。

 つまり、神永カムイは勉強だけでなく、あらゆる運動や格闘の動きを見ただけで覚える。

 記憶した膨大な情報に脳が耐えられるように、肉体もあらゆる運動行為に適応できる。

 要するに、究極の脳筋なのだ。

「あ~あ、本当にあの人は……」

 呆れ気味に呟く雪姫が運動場を眺めている。

 そこには、数十人の意識を失った男子生徒達による人文字が出来あがっていた。

 カムイがわざわざ作ったらしい。

 運動場には、


 センセイ アリガトウゴザイマス


 とカタカナで書かれていた。

「何考えてるんだろ……」

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