第15話 あなたならいいよ

「ごめん、痛かった?」


 チクッとした痛みに顔を歪める真白。それを気遣うようにかけるりゅかの声。真剣な顔、繊細に動く手。はじめて知るりゅかの違う一面。


「ううん、大丈夫うれしい……」


 真白が微笑むのを確認すると、りゅかの手が真白の髪を優しく滑っていく。


「りゅかってこういうことしたことあるの?」


 ん?と聞き返しながら、りゅかは首をかしげた。


「なんかはじめてじゃないんだなって……」


 真白は複雑な顔をした。りゅかはいつも女の子に対して落ち着いている。悪く言えば手慣れているのだ。武黒というぶっきらぼうな肉体も二十四歳の兄よりも、りゅかの方が精神的に大人である。


「こういうの嫌だった?」


 そう言いながらも髪を滑る手つきは優しいりゅか。


「ううん、他の女の子にもしたことあるんだなって」


 真白は癖で頬を膨らませた。鏡越しにりゅかは笑っている。


「妹がいるからね。髪を結ぶのははじめてじゃないんだけど……どう?」


 りゅかにうながされ、真白は鏡に写る自分の姿をマジマジと見た。


「きれい……」


 真白は嘆息した。鏡に写るのは白いドレスを身にまとって赤い椅子に座る人形のような少女真白。


 真白の金色の髪は両サイドから編み込みをいれて、後ろで団子にしてまとめられていた。編み込みに組み込まれたドレスの腰に結ばれている物と同じ赤いリボンが、髪をまとめて作った団子を結んでいる。


 しかしそれでも長いためか、真白の肩にリボンが2本ともかかっていた。真白の目の色と同じ色であるこのリボンは、肌の白さを際立たせていて真白の肌に透明感を与えていた。


「真白は何を着ても似合うね」


 りゅかは嬉そうだ。ありがとうと告げてから真白は気付いてしまった。


「ねぇ、りゅかの服……」


 そう、りゅかがいつものように白い色の服だったから気付かなかったけれど、よく見たら狩衣ではない。


「ローブって言うんだよ」

「真白もローブがいい。りゅかずるい」


 りゅかの服は白いローブであり、肩どころか手首まで布が覆っていた。袖には何やら読めない文字が青い糸で刺繍されており、被っていないフードの端にも同様の刺繍が施されている。


「僕はウィザードだからこれでいいの!」 


 りゅかも頬を膨らませる。更に腰に両手を当てて仁王立ちまでしていた。


「ウィザードって?」


 真白は首をかしげた。


「真白が生まれた世界で言う巫女とか術者の称号みたいなものかな。僕が生まれた世界では女性は魔女、男性は魔術師って言われてて、月佳姫みたいに国に認められた魔術師がウィザードっていうんだよ」 


 りゅかは説明してくれた。しかし真白にとって生まれた時から一緒にいるのが当たり前の人に、こうして改めて自己紹介をされるのは変な気分になる。


──知っているようで知らないことが一杯あるんだなぁ。


 月佳姫は別名、姫巫女と呼ばれる帝に認められた巫女だ。その月佳姫が頭を下げるのだから、ウィザードも相当な地位なのだろう。しかし真白はある事実に気付き驚いてしまう。


「たったの十二歳で?」


 そう、史上最年少で姫巫女となった月佳姫でさえ、姫巫女に任命されたのは十六歳なのだ。それも奥美復興のため血のにじむ努力をしたと聞いている。


「ウィザードは生まれたときから決まってしまうから。龍と同じく、ウィザードは生まれたときからウィザードなんだ」


 寂しそうに笑うりゅか。それは以前にも見た顔で。


──この力がなければ僕は死なずに済んだんだけどね。


 昔、りゅかの力に憧れた真白にむかって言った言葉。強さだけが全てではないと師匠として教えたりゅか。だけどその顔はとてもとても寂しそうで。


「りゅか……」 


 真白は心配そうに呟くと、りゅかは微笑む。


「無理して笑わないで」


 真白は無意識に言ってしまった。驚いた顔をするりゅか。だがりゅかは今度は心から微笑みながら、ありがとうと呟いた。


「さて、屋敷を案内するね。広いから今日だけじゃ説明しきれないかもしれないけど」


 りゅかは切り替えるように明るい声を出した。

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