第2話 月佳の姫様

「げっげげ月佳げっか…なんでここに」

 兄は自分の部屋に着くなり飛び退いた。真白は人間の姿に戻ると静かにこうべを垂れた。 


「あら、自分の城のどこにいようと構わないでしょう?」


 月佳と呼ばれた女性は兄の帰りをお待ちしておりましたと言わんばかりに立ち上がった。兄の部屋で待っていたようだ。


 満開の桜が描かれた扇子で口許を隠し、にこにこしている女性。美しい紫陽花のような淡い紫の衣を纏い、結ぶことなく下ろしただけなのに艶のある長い黒髪、そして真白ほどではないが儚げな白い肌と伏し目がちな切れ長の目、ほんのり赤い小さな唇、どれをとっても儚げな、それこそ月佳美人げっかびじんを思わせるような美しい巫女。この城の主。


 だが綺麗な花には毒があるとも昔から言う。

「もしかして巫女ってどこにいても監視できるのか?」

 兄は頭をかく。知略に長けた兄なのに、なぜ月佳姫に隠しても無駄だということがわからないのか。


「「そんな力があれば苦労しません」」


 真白と月佳姫が声を揃える。兄は自分が墓穴をほったことにすぐ気付いたようだ。ヤバいという表情の兄、だがもう遅い。


 月佳姫はよよと泣き真似をしながら嘆き出した。

武黒ぶこく、やんちゃしてはダメとあれだけ言ったではありませんか。それなのに」

 兄、武黒は焦っている。ここで反論すれば何をされるかわかったもんではないということは武黒も痛いほど学んでいるからだ。それこそ鬼がでるか蛇がでるか。

「まぁ後で聞きましょう。真白の旅の報告も兼ねて夕餉ゆうげの後にでも」

 しかし、月佳姫は大人しく引き下がった。


──何を考えてやがる。

 武黒は月佳姫を見つめている。だがいつもにこにこしてるので、表情からは読み取れなかった。嵐の前の静けさだろうかと構える武黒。しかし彼女は怯える武黒を無視して、真白に声をかける。 


「おかえりなさい、真白」


 真白に心からの笑顔を向ける月佳姫。真白も作り笑いではなく、心からの笑顔を主に向ける。

「ただいま戻りました。月佳姫」

 久々に帰った我が家だ。いつも通りの日常がそこにあり、真白はほっとした。

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