第91話 獣の落胤

「じゃあ、行こっか。」


「・・・は?」


「ちょっと山に行く用事があってね。

よかったら、一緒にどう?」


「どうって、、これから?」


「そう。

あんまり遠くまでは行けないけどね。

2、3日かな。」


2、3日。


ヘリアンサスとファーベルのことがちらっと頭を掠めたものの、アマリリスは目を輝かせて即答した。


「行く!

面白そう、連れてって。」




森の奥へ踏み入れるにつれ、秋はいっそう深まってゆくようだった。


南の方角へ飛んで行く鳥の群れが、いくつも頭上を通りすぎた。

夏をトワトワトで過ごした渡り鳥たちが、はるか南の越冬地に向かっているのだ。

森に海にあふれかえっていた鳥たちの半分以上が冬はトワトワトを離れ、

場合によってはこの惑星の反対側の場所まで、はるばる移動するのだと言う。


「あー、ハヤブサ!」


「うん。」


「すごぉーい、何か獲ったよ。

ほらほら、見て!」


アマロックの先に立って歩きながら、アマリリスは散歩に連れ出された子犬のようにはしゃいでいた。

時折振り返ってはアマロックに話しかけた。


枯れたミズバショウやカヤツリグサが広がる湿地の向こう、背の低いダケカンバの林のところに、

3頭のアカシカが立ち止まり、物珍しそうに二人を見ていた。


初めての男の子とのデートで、ピクニックにでも出掛ける気分のように、アマリリスはうきうきと楽しかった。


ヘリアンサスとファーベルと一緒に、魚を捕ったり木の実を取りに出掛けるのは、それはそれで楽しいのだが、

何だかお守役みたいというか、その時間は自分のものではないような感じがしていた。

けれど今はちがう。


「そうだアマロック、博士に聞いたんだけど。」


「おう。」


「アマロックのお父さんがオオカミって、ホント?」


「本当だよ。」


「そーなんだー。。。」


アマリリスの声のトーンが少し曇った。

アマロックの父親は、人間ではない、魔族でもない、本物のオオカミ。

それを聞いたときは正直ショックを受けた。

やはり魔族は獣なのだ、生まれつき、生まれかたからして人間とは違うのだ、と、

アマロックに対して隔たりを感じる、もうひとつの大きな理由になっていた。


妙な話だった。

アマリリスは、アマロックがオオカミの姿に変身するところを、すでに何度も見ているのだ。

それは、彼が人間ではないことの、もっとも明白な証拠に違いない。


ところがアマリリスは不思議なことに、

目の前で人間の姿がかき消え、暗灰色の荒野の獣が現れてくる、その場面を思い浮かべるよりも、

自分の目で見て確かめたわけでもない、アマロックの出生に関する伝聞のほうが、

アマロックとの間の、より越えがたい隔たりであるように感じていた。


「どんな気分なの? 親がオオカミって。」

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