われらがミステリー同好会!

おたんこなす

ミステリー同好会の日常

第1話 お父さんがうるさい

 ここから遠いような近いような、そんなとあるところに、有名な探偵たちの集まる町がありました。その名も「なんでも解決! なんでも探偵団」。

 名前のとおり、なんでも探偵団はこの世のすべてのお悩みを解決してくれます。おそろしいドロボウをつかまえたり、背筋が凍るような事件を解決したり、ハチの巣をやっつけて片づけたり、ゴキブリを退治したり、迷子になったネコを探したり、迷子になった犬を探したり、おしゃべりなオウムが覚えてしまった変な言葉を忘れさせたり……。


「おっと。なんと夢がない! そんなの探偵の仕事じゃない! そう思った? いやいや、そんなことはない。よーく考えてみて。もしかしたらそのハチが、近所のおばあちゃんの腕にハリを刺すかもしれない。そのゴキブリがめちゃくちゃたくさんエサを食べて、バカなのか!? というくらい元気になり、もうどうにも手がつけられないくらい大きくなって、巨人みたいになって町で大暴れするかもしれない。オウムなんて一番こわいぞ~。家にもしドロボウが入ってきてしまったら、キミがお菓子を隠している場所をしゃべってしまうかもしれないんだから。それでもいいのかな!?」


 男の人が大きな声でそう話しました。ただ話すだけならまだいいですが、どうでしょう。なんだかお説教くさくないですか。何も怒られるようなことはしてないのに。

 そしてこのどうでもいい長ったらしい話は、独り言ではありません。ちゃんと話し相手がいるのです。

 ターゲットになってしまっているのは、一人の少年。男の人が一生懸命語っているのをどうでもよさそうに聞いていました。かわいそうに、テーブルに頬杖をつき、目も半分くらいしか開いていません。どうやら興味がなさすぎて眠いようです。


「こら、イズミ! 聞いているのか!?」

「わかった、わかった……聞いてるよ、お父さん……」


 そう、この男の人は、彼……イズミの父親なのでした。からだが細くてスマートで、顔もよくみたらちょっとイケメンな気もしないでもありません。黙っていればまるでモデルのようです。黙っていれば。

 そんなイズミのお父さんには、いいところと悪いところが一つずつあります。いいところは、あの「なんでも探偵団」の団長で、みんなに尊敬され、みんなに好かれているところ。そして悪いところは……校長先生より、話が長い!!


「もうわかったよお父さん。それに僕、お菓子かくしたりなんかしてないし……はやくクラブに行きたいんだけど……」

「いいや、わかってない! 今日こそは、父さんがどれだけすっごーい仕事をしているのか、イズミに知ってもらうんだ!」


 あれだけ話したのに、イズミパパはまだ解放するつもりがないようです。うんざりした顔もどこふく風、まだまだ話を続けようとしています。――たぶんそのしつこさが話を聞いてくれない原因だと思うのですが、なんとふしぎなことか。しつこい人間は、なぜかしつこくすることをやめられないのです。

 みなさんのまわりにも、いませんか? しつこいおとな。勉強しろ、片付けしろ、野菜をのこすな……。あなたは、いつもいつも、いまやろうとしてたんだけど、そんなに何度も言うのはやめて、そう思っていることでしょう。そのとおりです。何回も何回も同じことを言われると、人間はやる気がなくなります。しかし……驚くかもしれませんが、「しつこい病」は、もう治らないのです。お父さんお母さんは、あなたがおとなになるまで、いろんなことをしつこく言ってきます。しょうがないです。あきらめましょう。


「だから、もうわかってるってば! 僕もう行くからね」

「待った! 父さんはな、すごいんだぞ~。父さんに解けない謎なんて、ひとつもないんだから! このあいだもなぁ、絶対に幽霊のしわざだ! といわれたふしぎな事件をな……」


 そこまで言ったとたん、出かけようと立ち上がったイズミがぴたりと動きを止めました。しまった、まずい、とイズミパパもつられて動きを止めます。……しかし、時すでに遅し。

 ゆらり、とイズミがパパに視線を合わせました。


「だから! 前から言ってるでしょ!! 幽霊はいるって!!」

「いや、そのなイズミ、別にいないって言ってるわけじゃなくて……」

「なんだよ、この間も『宇宙人のしわざって言われてたけど、けっきょく全部人間のいたずらなんだよな~』とか言ってたじゃん!!」

「だから、それも、絶対にそうってわけじゃなくて……」

「うるさい!!」


 イズミはギンッとするどくパパをにらみつけました。パパは困ったようにおどおどしています。さっきまであんなに調子がよさそうにしゃべっていたのに、何も言えなくなってしまいました。

 でかける準備を終えていたイズミは、さっさとテーブルの上においてあったリュックサックを背負うと、じとりともう一度パパをにらみつけます。


「ぜったいに、幽霊はいるし、宇宙人だって、魔法使いだっているんだからね!」


 僕がそれを見つけてきて、お父さんをぎゃふんと言わせてやる!

 そう心の中でさけんで、イズミは部屋を飛び出しました。どったんばったんと物音が遠ざかっていき、最後にドアが力づよくバタン!! と閉められた音が、家中に響きわたりました。

 あまりに大きな物音に、なにごとか、とキッチンからひょっこりと顔を出したのは、イズミママです。


「ちょっとお父さん、いまのなに?」

「また……やってしまった……」

「ええ? まーたケンカしたのぉ?」


 ほんと似たもの同士なんだから、と言いながらママは忙しそうにキッチンへ戻っていきました。いっぽうのパパはというと、どうして……どうしていつもこうなってしまうんだ……と頭をかかえています。いや、考えなくてもわかりそうなもんだけど。


 さて、家を飛び出したイズミはというと、全速力で走っていました。なんでお父さんはいつもあんなことばっかり、話もしつこいし、ああもう……頭の中はいつものパパのじまん話でいっぱいです。最初のうちはパパのことばっかり考えていました。

 ところが……、あれ……なんだか今日、すごく風が気持ちいいかも。いい匂いもするなぁ。近くのおうちがからあげ作ってるのかもしれない。ええ、今日のうちの夕飯はなにかな。からあげかな、いや、からあげもいいけどカレーもいいなぁ。……おや。いつのまにか少し顔がにやけています。だんだん楽しくなってきました。

 イズミはうきうきした気持ちになりながら、一度たちどまって、リュックサックのポケットに手をいれました。ごそごそと中をまさぐると、手にかたいものがあたります。チョコチップクッキーです。

 実はだれにも内緒で、お菓子の箱からそうっととってきては、何枚か入れておいているのでした。

 よかった、しっかり入ってる。バレてない。お父さんめ、さっきお菓子のかくし場所がどうのこうのって言うから、バレたのかと思って、少しあせったじゃないか。

 ポケットの中から一枚だけクッキーを取り出すと、念のためまわりを確認してから(買い物中のイズミママがとつぜん現れるかもしれない)、ひとくちかじります。サクサクしたあまいチョコレートの味が、すぐに口の中いっぱいに広がりました。


「ん~、おいしい!」


 すぐにぜんぶ口の中へほおばると、イズミはまたうきうきと走り出します。

 そう、イライラなんかしている場合じゃない。はやくクラブ活動に向かわなきゃ。今日のクラブはひとあじちがう。今日は――とうとう、本物の魔法使いに会えるかもしれないんだから!


 ――さて、これは日本一有名な「なんでも探偵団」の団長が、なんでもかんでもミステリーをズバッと解決する物語……ではありません。

 その団長の息子が、父親をぎゃふんといわせるべく、本物のミステリーをさがす物語です。

 さあ、はじまり、はじまり。

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