第12話 朝市


ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ


荷物を載せた台車が、なだらかな傾斜を勢いよく下っていく。

俺とカーラはそのスピード感にしり込みをしながら、必死にへりに掴まっていた。


「ロニーお兄様、分かれ道です。どちらでしょう」


「えーと、右、右です」


「右でございますね」


フィオレットがそう言って右手を振ると、台車がドリフトをかけるようにしながら方向転換する。


カーラが振動で「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」と間抜けな声を漏らしている横で、俺は興味深くタイヤの下の地面を観察していた。

何の変哲もない土の道が、車輪の下だけまるで生きているかのように盛り上がり、車輪を回転させてくれているのだ。通り過ぎた後の地面を見れば、何事もなかったかのように元に戻っている。


『土魔法』


ナラザリオ領下では見かける機会の少ない魔法属性だ。

自然、参考にできる資料も限られていたため、研究対象としても先回しになっていたのだが。


「手も触れずに土が形を変えるなんてことが、自然現象でありうるのか……? 

強いて言えば土砂崩れや地震……。土砂崩れは前提が違うからいいとして、地震、つまり振動と言う線は一考の余地ありだな。水魔法と同様に、手を触れずに土や砂の粒一つ一つに指向性を働かせているという……」


「あ、そろそろ着きそうですよ。停めますか?

……ロニーお兄様?」


「しかし力を働かせる物質の重さや質量は段違いに違う。この道は柔らかい土じゃなく人が通って踏み固められているものだし、それを動かそうと思えばスコップで掘ったって力が必要だ。それだけエネルギーがどこから来ているのか……」


「ロニーお兄様ったら」


「はい?」


「向こうに見えるのが目的地ではございませんか? 」


「――あっ、ええ! そうです! この辺りで台車を止めましょう」


彼女は頷いて右手を上げる。

すると台車は慣性の法則によってしばらく進んだ後、自然に停止した。


「お時間には間に合いましたでしょうか」


「ええ。おかげさまで助かりました」


「ふふふ、それは何よりでございました」


フィオレットは俺が感謝の念を伝えると、無垢な笑顔を見せた。

金髪に薄いピンクのドレスを身に着けて笑う様はまさにお人形だ。

なぜ彼女が俺などの用事に付き合うつもりになったのか不明だが、裏庭で見かけた時よりは覇気が感じられるので、多少なり気分転換にはなっているのかもしれない。


ともあれ、俺は俺で本来の目的を果たさなければならない。

カーラが台車から降りながら言う。


「ここに、この骨董品を買い取ってもらえる方がいるのですか……?」


「いや、正直分からん」


「ええぇ?」


「ただ子供の頃聞いた話では、お父様が朝市に来る古美術商の所によく顔を出されていたはずなんだ。今もそうかは知らないが」


「こ、古美術商、ですか……」


カーラが聞きなれない職業に眉を顰める。

働き始めて日も浅い彼女はお使いに来た機会もないのだろうから尚更かもしれない。


「この街の朝市は月に3度、早朝にあらゆるものが売り買いに出される。他の町や領地からも顔を出す人がいるそうだ」


「なるほどぉ……」


分かったような分からないような返答をするカーラと共に、俺は台車を人々が集まる広場に引いていく。俺の横を歩くフィオレットは、他領地の町の営みをふんふんと興味深げに眺めていた。


「野菜や生鮮食品が多いようですね。まあ当たり前なのでございましょうけれど……」


「そうですね」


フィオレットが言うとおり、地面に布や板を敷き、そこに食材を売りに出している者が通路を隔てて並んでいる。

一応は朝の七時からという取り決めのはずだが、既に売買は始まりつつあるようだった。荷物が多いので、あまり人が増える前に用件を終わらせたいところなのだが。


「――おい、ありゃあなんだ?」「さあ、やけにでかい荷物で、美人を連れてやがるな」「あ、ばかばか、ありゃあロニー様じゃねえかよ」「ロニー? あのごく潰しのロニー? ぁ、いって!」「馬鹿、あれでも一応貴族様だぞ、めったなこと言うもんじゃねえ」「しかしロニー様は階段から落ちて大怪我をしたとかいう話じゃあ」「さあな、そもそも朝市なんかに何の用なんだ……?」


町へ来たのは久々だが、聞こえる囁き声はまあろくなものではない。

だからロニーの頃は、あまり町に一人で来るのを避けていたのだったかと、今更ながら思い出す。


「後ろの使用人はいいとして、横のべっぴんさんは誰だ……?」「さあ、みたことがあるようなないような……」「あのごく潰しと、まさかデートって訳でもあるまいが」


人々の関心が、フィオレットに移り始めた。

さすがに他領地のお嬢様となれば、顔は知られていないようだ。

だが逆に一人でも知っている者がいれば、たちまち噂が伝染するだろう。


これ以上悪目立ちする前に、俺たちは足早に露店の並ぶ市場を通り過ぎる。

しかし当のフィオレットは露店に見向きもしない事に不思議そうだ。


「ロニーお兄様、どこまで行かれるのですか? 人もまばらになってきましたが……」


「聞いてた話だと確か朝市の奥に…………、お」


台車を引きながらきょろきょろとしていた俺は、ふとそれらしいものを見つけて声を漏らす。


「あら、少し雰囲気の違う馬車がありますよ」


「あれっぽいですね……。ちょっと覗いてきます。時間がかかると思うので、カーラと街を見て回られてはいかがですか」


「あら、そうなんですね。どうしましょうカーラさん」


「あへぇ!? え、え、えっと……!?」


ニコニコと町の様子を見渡すフィオレットと、急に呼ばれて露骨に狼狽えるカーラを残し、俺は台車を停める。


見つけたのは妙に大きく、刺繍で装飾がされた幌馬車だった。

荷台の後ろには扉が付き、『パテズ アンティーク』と書かれていた。


「よかった、やっぱりこれだ」


俺は安堵の念を抱きながら、両開きの扉を押し開く。

すると薄暗い荷台の奥に座っている人影が、ゆっくりと首を持ち上げた。丸眼鏡をかけ、黒髪をオールバックにした細身で長身の男だ。年はおそらく50ほどだろうか。


「……まだ、開店前だが?」


「すみません、ちょっと持ってきたものが多いので。えーと、パテさんは貴方ですか?」


「パテは私だが、この店は子供の来るような店では、――――ん?」


パテと名乗った人物は、台詞の途中で言葉を切り立ち上がる。

そして俺の方へと近づいてきた。


「もしかして、ナラザリオのロニー、様ではありませんか?」


「そうです。父がお世話になっていると聞いてます」


俺がそう答えるとパテの表情がスイッチを押したように切り替わる。


「ええ、ええ、こちらこそドーソン様にはお世話になっておりますとも。ここ最近はお見掛けする機会が少なくなったのは残念ですが……、そうですか、お噂には聞いておりました。貴方がロニー様なのですね」


「へえ、父が俺の噂を?」


「それはもう、自慢の息子だと常々話されておりましたよ」


「そうですか」


父が俺の名前を出すとしても、愚痴を言いたい時くらいだろう。

そんなことを思うものの勿論口には出さない。

俺が商売人でも、お父様があなたの愚痴をおっしゃっていましたのでよく知っています、とは言う訳がない。


「しかし今日はおひとりのご様子ですが、一体こんな店にどうして。もしやロニー様も骨董品にご興味が?」


そう言ってパテは、馬車の中の簡易的な棚に並べられた壺やら陶器やらを手で示した。しかし無論、俺にそんな趣味はない。


「いえ、今回は逆なのです。是非とも査定していただきたいものがありまして」


「買取のご希望でしたか! もちろん承りますとも! しかしそんなことならお屋敷まで私が参りましたのに」


「では今度お願いするときは、そうさせていただきましょう」


「ぜひ今後ともごひいきに。あ、この名刺をお持ちください。本店はグラスタークに構えておるのです。ここに住所が」


「分かりました。では外にありますので」


「参りましょう参りましょう」


さすがにだめ息子と評判の俺でもナラザリオの名前は有用なようで、パテはうきうきと肩を上下させながら馬車を下りてくる。俺は荷台に被せられた布をはぎとった。するとパテが驚嘆の声を上げる。


「なんと、こんなにたくさんお持ちいただいたのですか……!」


「不用品の整理をしていたら物がたくさん出てきましてね」


「ほおほお、おお、これなどは見るからに年代物でございますよロニー様。ああ、すごい、この猫の彫刻は有名な彫刻家の作品でございますな。すごい、今朝の仕事はこの鑑定で終わってしまいそうだ」


「時間がかかりますか?」


「いえいえ、ロニー様をお待たせするわけにはまいりません。このパテの審美眼にかけまして、超特急で特別大サービスの査定をさせていただきましょう」


「それは助かります」


パテはそう言うと言葉の通り、大急ぎで台車に載った骨董品類の品定めに移った。

これでもあの部屋に保管されていた物量から考えると半分以下だが、一応なり値が付きそうなものを選んでいる。パテの反応からすると、見立ては悪くはなかったらしい。


俺はパテが壺の裏側をひっくり返したり、リストと照らし合わせたりする様を、用意してもらった果物のジュースを飲みながら眺めていた。

出来ればコーヒーがいいとは、さすがに言えなかった。





30分後――、息を切らしたパテが駆け寄ってくる。


「お、お待たせいたしましたロニー様! いやあ、素晴らしい! 掘り出し物の山でございましたよ!」


「本当ですか、それは何よりです」


「細かな一つ一つの査定額のご説明はこれだけの量ですから省きますが、合計はこれほどになるかと思います。そして、初めて当店をご利用いただいたという感謝を込めて、さらにこれだけ」


「こ、こんなに……!?」


そう言いながらパテが見せてきた紙を見て、俺は思わず顎が外れかけた。

提示された金額が、俺がこのくらいになればいいなあ、と思っていた値段の三倍は優に超えていたのだ。


「だ、大丈夫ですか、こんなにいただいてしまって」


「全く問題ございません。先ほど申し上げた通り、掘り出し物の山だったのです。数十年前の年代物が、しかも保存状態よく残っておりました。出すところに出せば、十分元が取れる計算でございます」


「そ、それならいいですが……、いやしかし……」


「ご満足いただけましたでしょうか?」


「勿論です。これで、ぜひともお願いします」


「それはよかった。では、さっそく用意してまいります。今しばらくお待ちいただけますか」


パテは俺の了承を受けて、満足そうにうなずいて馬車の中へと引き返して――行きかけた。

そこへ、


「あら、ロニーお兄様。ちょうどよかった様でございますね」


と、フィオレットとカーラが帰ってきた。

手にはいくつかの袋をもっているところを見ると、多少なり買い物をしたと見える。


「ええ、今査定が終わったところです」


「それは何よりです。おや? もしかしてパテさんではありませんか?」


ふとニコニコとしていたフィオレットが、俺の背後のパテを見て目を丸くする。

そうか、本店はグラスタークにあるという話だったかと、俺は振りかえった。


「フィ、フィ、フィ、フィオレット様……!!」


するとどういう訳か、パテが冷や汗をドバドバ流しながら震え始めたのだった。

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