テレミーティング

「……ギター、みんな折るんだ……」


 おれは昨日のミサキさんの制作物に感化され、ギターを折りたいという欲望について調べていた。ちょっと調べただけで出るわ出るわ。

 もはやギターを折らないやつはアーティストじゃないとばかりに、誰も彼もが折っている。

 なんのために。

 そんな疑問をもつこと自体が野暮であると言わんばかりだ。


「てか、多いな……」


 動画を見つづけていたせいか、瞼が痙攣した。

 とりあえず分かったのは、昨日ミサキさんが制作していた『何度でも折れるレス・ポール』はザ・フーのピート・タウンゼントが折ったギターを模したものだということ。また、そのザ・フーと同じライブに出たジミ・ヘンドリックスは、ギターを燃やしたらしいこと。

 ついでに壊されるのはギターだけではないらしく、アーティストたるもの一度は自分の演奏する楽器を壊してみたくなるものらしいと知った。

 古今東西、ありとあらゆる人物の手による、ありとあらゆる楽器の破壊映像に満ちている。


「……つっても、コレはどうなんだ……?」


 たまたま見つけた動画だ。ズラッと並べられたギブソン・ファイアバードXなるギターの上で重機が行きつ戻りつしている。タイトルに反して絵面は地味で、バキバキに粉砕されたりなんかはしていない。重機の重量が足りないからか、はたまたキャタピラという構造のせいか……いずれにしても、せめて燃やすくらいしないと絵的にも――


「なるほど、壊したくなるときもあるのか」


 胸のうちに湧いた感情に、おれは苦笑した。意味は違うのだろうけど、たしかに能動的に壊してやりたくなったし、壊すにしても美学というものがあるらしい。

 おれは凝り固まった背筋を伸ばして骨を鳴らし、ミサキさんを呼んでみた。珍しく、どちらともなく昼過ぎまでつないでいなかった。


「ちっすちっすッス」

「ちっす――って、今度はなにを作ってるんです?」


 軽い口ぶりとは裏腹に真剣な顔でニクロム線カッターを動かす姿に、おれは苦笑するしかなかった。

 ミサキさんはぺろっと舌なめずりして眼鏡を押し上げた。


「実はこれ、何度でも叩けるレス・ポールで……」

「あれ? 昨日、もっと大きいの作ってませんでした?」

「それが……」

 

 ミサキさんは引きつったような笑みを浮かべた。


「いやー……もうちょっとで完成だったっていうか」

「ん?」

「あとは色をつけるだけだったんスよ」

「……えーと……だった?」

「……試しに、こう、ちょっと折ってみたんデス」

「……まぁ、何度でも折れるレス・ポールがコンセプトですもんね」

「折れちゃイケナイところから折れちゃって」


 その瞬間が目に浮かぶようだった。


「一発目はいい具合に、パッコーンって折れたッスよ! マグネットでばっちり戻って――」

「二度目?」

「違いマス! 思いのほか気持ちよくってポコポコやってたら、ベキィッ! って!」

「ベキィッ! じゃないでしょーよ……」

 

 昨日ほとんど丸一日くらいかけて作っていたように見えたのに、それでいいのだろうか。

 おれが首を振っていると、ミサキさんは満足げに頷いてみせた。


「小遣い貯めて買ったギターは、買ったその日に喧嘩で折った。それがロックッスよ!」

「……あー……なんだっけそれー……なんかあったなぁ」

「まぁ、ちょっぴり凹んだんデスけどね」

「じゃあダメじゃないですか」

「でもないッス」

「というと?」


 ふっふーん、と某有名アダルトサイトのロゴめいたデザインの胸を張り、ミサキさんは手元のパッドを叩いてジャーンと鳴らした。


「次はコイツ! ピコピコ・ギブソン――略してピコソン!」


 そう言ってカメラに突き出したのは、昨日も作っていたギターモドキのミニチュア版だ。だいたい八分の一か、十分の一くらいといったところか。


「今度のはネックを木にして、ボディはウレタンッス!」

「つまり……ギターのぬいぐるみ? みたいな?」

「デスデス。で、ボディのところにピコピコハンマーの頭を仕込もうかと」

「……なんのために?」

「……だから、小道具ッスよ。配信の」


 言ってミサキさんはピコピコ・ギブソンことピコソンを振り下ろした。まだピコピコ部分は内蔵されていないので、当然べふっとくぐもった音がしただけだった。


「……すいません。どういう配信を考えてるのかまったく想像つかないんですけど……?」

「まだ具体的にはなにも決めてないッス」

「えぇ……?」

「ってか、せっかくデスし、相談に乗ってくれません?」

「相談」

「デスデス」


 ミサキさんはニヒルな笑みが描かれたダンボール箱を引っ張り出して、


「えっと……猫耳、ですか?」

「だけじゃないッスよ! キツネとか、ロップイヤーとか、あ、ほらバニーさん」


 次から次へと、あらゆる獣耳ヘッドバンドが出てきた。


「……そういえばヘッドホンも熊耳ヘッドホンですもんね」

「ですねー。可愛い」

「まあ可愛いですけど……」

「けど、なんデス?」


 片耳の折れた黒いウサ耳をつけ、ミサキさんが小首を傾げた。くしゃくしゃショートの黒縁眼鏡バニー。くそカワ。

 おれは咄嗟に目線を切った。


「いくら可愛くても、あざとすぎるとアレじゃないですか?」

「えー? あざといッスかねぇ?」

「ミサキさんは素でやってるかもしれませんけど、あざといって思う人はいるかと」

「じゃー……どの耳ならあざとくないッスかね?」

 

 にっこり笑って、ミサキさんがケモ耳をつまみ上げた。種族はバラバラ、色も形もマチマチなケモ耳たち。よくよく見るとデキの良し悪しにも差がありそうだが――、

 あれもこれも試して見せてくれる姿に、おれは思った。

 たいがい、なんでも似合いやがる。

 

「あの、物理じゃなくて、フィルターでなんとかするってのはどうでしょうか」

「えー? やー……フィルターのがあざとくないッスか? 顔も隠せちゃいますし」

「えっ!? 顔、隠さない気なんですか!?」

「えっちなのじゃなければ、いっかなって」

「ダメ。却下。却下です」

「えー?」

  

 ミサキさんは優しげなジト目になって、猫のようにニマっと笑った。


「カレシでもないのにー?」

「ぬぐぁ」


 おっしゃるとおり。おれは痛む目頭を揉んだ。

 昨日、好きだって言ったじゃん。でも付き合ってとは言ってないじゃん。それは言わなくても分かるじゃん。言ってくれなきゃ分からないじゃん?

 ビーグル犬みたいな垂れ耳のカチューシャをつけて、ミサキさんは楽しげに笑っていた。


「その可愛さはおれだけのものにしたいから、とかダメ?」

「んー……独占欲が強いッスねぇ……でも独占したいなら、まず、モノにしないとでは?」

「なんか、いつになく強気できますね」

「自分、追い込まれてから本気を出すタイプッス」


 突きつけられるピコピコ・ギブソン略してピコソン。

 おれはおれ史上、最も高速で思考を巡らせて回答を導く。


「……あの、ケモ耳じゃなくって、ウィッグにするとかどうです?」

「あ、また逃げた」

「逃げたでなく」

「……えー……?」


 つーんと唇を尖らせ、ミサキさんはピコソンでテーブルを叩いた。べふべふと音を立てながら変形し、やがてゆっくりと元の形を取り戻す。

 おれも同じくらいに打たれ強ければいいのに。


「あるいは……配信のときはコンタクトにするとか」

「……前から思ってたッスけど、すごい眼鏡にこだわりマスよね?」

「だって、おれとしてはそのほうが可愛いと思うし」

「……そーいうのは真顔で言えるのに」

「……えっと、もうちょっとだけ、待ってもらません?」

「ま、今日のところは見逃してあげるッス」


 ぽーん、とピコソンを背後のベッドにほっぽり、ミサキさんは腕を下に突っ張った。


「で、ウィッグつけるとしたら、どんなんがよさそうッスか?」

「えーっとね……」


 自分の好みを言うべきなのか、ミサキさんの好みを言うべきなのか。

 はたまた、できれば人気がでてしまわなそうな――ではダメか?

 これはこれで、凄まじい難問の予感がした。

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