第2話 五条の干瓢

僕と光る君の17歳の夏。


あれは五条の家の干瓢かんぴょうの花が開いていた頃でした。


「んもう、光る君がお見舞いに来て下すったお陰であたしったら病気が治るどころか若返っちゃうかも〜」


なーんて、光る君を前に調子のいい事を言っているおばさんは…僕の母です。


ここは平安京の五条にある僕の実家。


病気がちになって臥せっている僕の母の見舞いに源氏の大将こと光る君が来て下さったので、母をはじめ実家の家族たちはイケメンセレブの来訪にきゃーきゃー騒いでいます。


こういう光景は5年前に光る君の従者になってからはいつもある事なのでもう慣れっこです。  


この頃の光る君は僕から見てあまり幸せそうではありませんでした。


正妻の葵の上は左大臣家の娘でプライドが高く、「私は元々あなたのお兄さんの皇太子に嫁ぐ筈だったのに、4つも年下の源氏というただ人のあなたと結婚する破目になってしまった」

と会っても冷たくされるから左大臣家にあまり寄り付かなくなり、


人妻の空蝉さんと一夜を共にしたもののその後何度も手紙をシカトされて落ち込み、


才媛として名高い六条のマダムに手を出したけれどそれは若さゆえの背伸びで、


作法も教養も自分より上で付き合っても疲れる相手でしかなかった…と3、4度逢ってからは寄り付かなくなってしまったり、と、


それはそれは報われない女性遍歴を重ねておりました。


ここですでに3股しているじゃないか。と読者の皆さんはお思いになりますよね?


でも当時の価値観では光る君は同年代の貴族の男より遊んでいない方なんですよ。


義兄でライバルの頭の中将なんて光る君の10倍以上は遊びまくってたんですからねっ!


この五条の街はいわゆる中流階級の貴族の住宅地で高貴なお方があまり長く留まる場所ではありません。僕が帰りのお車の支度をしている時に、


「おや、あれは何という花だね?」


と光る君がお隣の邸の軒先に咲く干瓢の花に目を止められました。


「高貴なお方は初めて見る花かもしれませんね。あれは夕顔というのですよ」


「可愛らしい花だね、一つ貰って来てはくれないか?」


という主の言い付けですでに軒先に集まっていた隣家の家人の一人から、


「たよりない花ですのでこれに乗せてくださいな」と夕顔の花を乗せた扇を渡されました。


扇には上品な香が焚きしめられ、以下の歌が記されていました。


心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花 


さっきから光が反射して眩しいのだけれど、もしかしてあなたが…ウワサの光源氏?


この時代、女性の方から和歌を送ってアプローチする事は滅多にありません。


いわゆる逆ナンです。


僕と光る君は扇と和歌を見ただけでこの家の主は侘び住まいはしているけどもどうやら教養のある女性で…只者ではないな。


と思い至り、


後に


雨夜の品定め

と呼ばれる

こないだの夜勤での先輩達のお喋りで女性経験豊富な左馬頭ひだりのうまのかみが「やっぱり中流の女って面白いよね〜」って言ってた事を思い出し、光る君の好奇心に火が付いたのです!


「椎光、返歌だ」

「えっええー!?だって素性の知れない女ですよ」

「女の方からこのような積極的な歌を寄越されて黙ってられるか!」


と僕を使いにしてその家の女主人への返歌が…


寄りてこそ それかとも見め 黄昏れに ほのぼの見つる 花の夕顔 


だったらもっと近くに来て確かめて見る?カモーン!


という若く積極的な歌の遣り取りから後に


夕顔の君


と呼ばれる方と光る君の激しくも短い恋が始まったのです。


後半、椎光の苦労話「もみ消して、秋」に続く



































































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