第5話 出張

 連絡を取ろうとしていた太田から今度は健一に連絡が入る。

「明日、東京駅までお越し頂く事は出来ますか?」

「日帰り出張ですか?」

「そのようなものです」

「了解です」

早々東京駅に向かう。

由美達には例によってネットオークションの運営会社からの急な要請と言ってある。

東京駅ほどの人混みの中でも、太田の存在はすぐに判る。

同じ組織や同業者の中でも独特の気配というか、気配が異常に薄いというか、長年の付き合い?だからこそ判る。

他の者には決して気配を感じる事など出来ないだろう。

「お待たせ」

「ふう。今回は感知範囲を広げたつもりですが、あなたは予想以上近づいた」

「あんたは独特のかんじがあるから、俺には見つけやすいぜ」

「私もまだまだと言う事ですね」

「いや、現場を長い事離れなまったというか、本来の感が戻っていない感じだな」

「今回の事が良い場となりそうですね。あ、これ、乗車券です」

名古屋行きの特急、それもグリーン車だ。

「移動しながらの状況報告か」

「現状ではこの方法がベターかと」

15分ほど待ったが、目的の列車が来た。

席に着くと、車両を貸し切った様に誰もいない。

「名古屋までノンストップです。それまで乗客はいません」

「ちょっと待っててくれ」

車両内を一通りチエックする。

その間に列車は発車する。

「大丈夫そうだ」

「もう少し様子を見ましょう」

5分ほど経過しても二人にいる車両には誰も来ない。

「そろそろ良いでしょう。先日のお尋ねの件ですが」

「組織の事か?」

「はい。あなたも一応幹部となりますからお話ししておきます。・‥。今、私どもの組織は過渡期に入っています。そのため、組織を存続させようとおかしな動きをする者たちが出てきましてね、お互い牽制し合っているところなのです」

「平たく言えば上層部のごたつきか」

「そんな所です」

「川原秀一。この名前に心当たりは?」

「・‥。今回の件と関連がありますか?まあ、お答えしましょう。ありません」

「・‥。まあいい。俺はこの組織がどういうものか、大体だが判ってきたように思う。私的見解として言わせて貰うなら、設立した目的を忘れない事、だと思う」

「それはそこから逸脱したものは排除すべきと?」

「そうしろとは言わないが、取るべき行動を取れば、なるべき姿に戻るさ、自然とね」

「あなたには取るべき行動が判っていると?」

「全く判っていない。でも、より良い方の流れに乗る事は出来る」

「そういうことをおっしゃるのは、私が間違った方へは行かないと」

「あんたがあんたの仲間と作った組織だ。その志は尊重すると言う事さ」

「・‥。名古屋に着いたら、私は行くところがあります。あなたはすぐにお戻りなさい」

「ああ、少しやる事が出来たみたいだから、それを済ませて土産を買ったらな」

にっ、と太田が笑う。


「ただいま。由美、これ名古屋出張のお土産」

「何?」

「手羽先」

「うれしい、一度食べてみたかったの」

「百合子さんの分もある。皆で食べよう」

「フフ、ビールも冷やしてあるわよ」

「え、なんでビールが飲みたいって判ったの?」

「夫婦ですもの」

(この幸福感。生きてて良かった。やっぱ由美さん、大好きだ。いや、愛してます!)

「また締まりの無い顔して。健太に笑われますよ」

「あ、百合子さん。た、ただいま戻りました。ところで健太は」

美幸を抱っこしているが、健太が見当たらない。

「あら、ロビーにいなかった?」

「あれ、気がつかなかったな。ちょっと行って見てくる」

ロビーに行くと健太が気配を隠す様に隅でしゃがみ込んでいた。

「健太」

呼ぶと健太が駆け寄って抱きついてくる。

「父、今はいつもの父の匂いだ。でもさっきは違った」

「違った」

「どうだった?」

「何も匂わなかった」

「・‥。そうか、ごめんな」

「俺はいつもの父の匂いがいい」

「判った、ごめんな。もう大丈夫だ」

「それと、あの匂いのしない人達がいなくなった」

「そうか。じゃあ健太も安心だな」

「おお、俺の作った正義の味方が追っ払ったんだ」

見ると玄関の両脇に、狛犬のように向き合った珍獣か何かが置いてある。

「あれが健太の作った正義の味方か」

「おお、今日のお昼に百合子さんと一緒に持ってきた」

「それで匂いのしない人達がいなくなったんだ。すごいな」

「おお」

どや顔で健一を見上げる健太。

「家に戻ろうな。・‥お土産買ってきたぞ」

「おみやげ?何」

「食べ物だよ」

「今日は俺、頑張ったからな。おなか空いた。早く家に戻ろう」

スキップするように早足でエレベーターに向かう健太。

(由美そっくりな歩き方だな)

健太の後ろ姿を見ながら微笑む健一だった。

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