どこの世界でも、いる


 私は人一倍、人の感情に敏感な方だと思っている。誰かが怒っているのを聞くだけで、自分が怒られているような気がする。そして自分が怒られた時は、何日もその言葉が繰り返し、蘇る。


 怒りの感情が近くにあるだけで、心臓が縮みあがる感覚がやってくる。そして一番出会いたくないその感情が、目の前にある。


 これは、出直すべきだろうか。そんなことを考えながら私はその場に立ち尽くす。いやしかし、ゲームの世界でまで、こんな人に出会ってしまうなんて。


 やっぱりどこの世界にでもいるんだなぁ、クレーマーって。そう思いつつ、先ほどの男の言葉を思い出して、私は男を凝視する。


 そういえばさっきあの人、特別スキルを持ってるって言ってなかった?


「お客様、特別スキルの所持の有無はジョブには関係ありませんのでっ」


 受付嬢さん、困ってる。そりゃそうだよね。特別スキルとジョブは全く別物だもんね。それとこれを一緒にされてもって感じになる。


 だけど。本当かどうかは分からないけど、特別スキル持ちの可能性のある人だ。IDをメモして、シュウさんに報告しておこう。


 あわてて、トランクから前に手帳を取り出す。だいぶ前に、スキルを使って改造したアイテム。あと、羽根ペン。そして、じっと男の人の方を見つめる。IDと名前を確認してメモ。


 ああ、せっかくこの世界に来れば現実逃避ができるって思ったんだけどな。上司みたいな相手がいないと思ってたんだけどな。


 心の中でそう思って、でもせっかくなら相手の情報を得たいと思って。あえて、みんなが男性と距離をとっているなか、私は男性の隣のカウンターに立つ。


「お伺いします」


 わざわざクレーマーの隣に来なくても、という表情の男性が声をかけてくる。


「すみません。私、ここに来るの初めてで。現状自分がどんなジョブにつけるかもわかってないんですけれど……」


 私が言うと、受付の男性は頷いた。


「なるほど。それでしたら、こちらにIDと名前を記載頂ければお調べいたします」


 IDはゲームを開始した時点でヘッドギアごとに設定されるランダムの英数字で設定されたもの。名前は、自分で決めた名前。


 差し出された用紙に、IDと名前を記載して渡すと、受付の男性は奥へと引っ込んでいった。私は待つフリをしながら、客の男性と受付嬢のやりとりをそれとなく聞く。


「だから、オレは特別スキル持ってんだっ! それなのに、なんで補助系のジョブしかねーんだよ! オレは前線に出て戦いてーんだよ!」

「そうは言われましても、お客様。現状お客様にお選び頂けるジョブは記載されているジョブ以外はないんです」


 ふむふむ。なんだかよく分からないけど、とにかくこの人が欲しいと思っているジョブがなかったってことだね。



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