店の中へ

 私は、シュウさんの顔を見てこっくりと頷いた。真正面からシュウさんの顔を間近で見るのは、初めてだ。


 シュウさんは端正な顔立ちをしていた。年齢はおそらく26歳の私より、数歳上。私の表情を見て、彼の切れ長の目が細められた。


「なんだかんだで、初めてお目にかかる。シュウだ」

「サランです」

「急に呼び出してすまなかった。少し、急ぎの用があってな。用事があったなら、申し訳ない」


 シュウさんの声は、物静かだ。私はゆっくりと首を横に振る。


「いえ、特に用事などは。……あ、そうだ」


 私は店の方を振り返り、シュウさんに言う。


「もし込み入ったお話でないのなら、お店の奥に通していいと店主が申しておりました。いかがでしょう」

「それじゃあ……、お言葉に甘えて」


 シュウさんは、すんなり受け入れてくれた。そして私に向かって再び目を細める。どうやらこれが、シュウさんの笑った顔らしい。


「……それと、どうか気を使わないでほしい。こちらは性分でこんな言葉遣いだが、あくまでそちらとは、ビジネスの関係ではない。気兼ねなく接してくれて構わない」


 ああそうか。確かにシュウさんと私は、仕事関係で出会った取引相手とかではない。あくまで、この世界で出会った同じゲームで遊んでいる人にすぎないもんね。


「ああ、すみません。私、人との距離を測るのが苦手で……。基本的に、敬語で話す人の方が多いくらいなんです」


 お気に障らなければよいのですが、と付け足して私は笑う。そう、人との距離を測るのが苦手な私は上司にも部下にも基本的に敬語で話す。初対面の人もそう。知人レベルまで仲良くなれば敬語じゃなくなるけれど、そこまでの関係にいたるまでは、基本的に敬語が抜けることはない。


「そうか。そういった性質なら、そちらが思うような形で接してくれればいい。こちらもこちらで、適当にさせてもらう」


 シュウさんが柔らかな口調で言う。使っている言葉自体は冷たい印象のものだけど、口調でどういった感情で言った言葉なのかは判別できる。少なくともシュウさんは、私の言葉に悪い印象は受けなかったようだ。


 敬語で話し続ける私のような人間は、相手から敬遠されてしまう場合がある。相手にああ、この人は自分と仲良くなる気がないのだと思われてしまうから。そしてその考え方自体は、私自身も理解しているつもり。でも、敬語を手放す勇気がなかなか持てないのが、私だ。


 私が歩き始めると、シュウさんもゆっくりとした足取りで私の半歩ほど後ろをついてくる。すらっとした背をしたシュウさんは、近くで話すとなるときっと、身長の低い私からはかなり見上げるような形になるだろう。


 そんなことをぼんやり考えながら、店の奥へと入る。すると、カンナさんがテーブルに飲み物を用意して待っていてくれていた。シュウさんを見ると、カンナさんは腰に手を当てて豪快に笑った。


「ようこそ、いらっしゃい。狭いとこだけど、まぁゆっくりしていきな」

「突然お邪魔してしまい、すみません」


 シュウさんの言葉に、カンナさんはにっこり笑う。


「いやいや。サランちゃんにはいつも世話になってるからねぇ。サランちゃんの彼氏とくりゃあ、もてなさないわけにはいかないさぁ」

「か、彼氏!?」


 私が思わず叫ぶ。するとカンナさんがきょとんとした顔で私を見る。


「おや、違ったのかい。あたしゃてっきり、アンタが恋人との逢引にここを使うのかと思っていたよ」


 あわわ、カンナさんの思考回路が暴走してしまった。いきなり異性の人を連れてきてしまったのはまずかったか。


 そう思いながら、おそるおそるシュウさんを振り返る。いきなりそんなこと言われて、シュウさん戸惑っていないだろうか。


「いえ、彼女とは最近知り合ったばかりで。……お互いのことをまだ、十分に知らないのです」


 シュウさんが穏やかな口調でカンナさんに言ってくれる。ああ、よかった。軽蔑されてる感じじゃない。私は小さくほっと溜息をつく。


「おやそうなのかい。そりゃあ、残念。それじゃ、ごゆっくり」


 カンナさんは言うだけ言うと、そそくさと部屋を出て行った。あとにはシュウさんと私が残される。あ、どうしよう。何から話せばいいんだろう。


 私が途方に暮れていると、シュウさんが私の顔を覗き込んできて、一言。


「せっかく用意してもらったものだ、いただきながら話してもよいだろうか」

「あ、もちろんです」


 私はあわててそう言って、シュウさんをテーブルへと誘った。出鼻をくじかれた気分だけど、こんなことで気分を下げている場合じゃない。シュウさんの話を真面目に聞かなくちゃ。

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