その3 黒騎士の誓いの剣(前編)
私の前に立っていたのは、赤いスカーフを巻いた男の人。髪も、薄い赤色。赤が好きなのかな。銀色の胸当てや足装備を見ると、今までの私のゲーム知識が、騎士系のジョブだと告げている。
私は呆気に取られてその男の人の顔を凝視してしまう。整った顔立ち。おお、眼福。ありがとう、神様。
いけない。こんなことをしていたら、初めてのお客さんかもしれない人に逃げられちゃう。私は慌てて、自分の首を左右に振ると、にっこり笑ってそのお兄さんに話しかける。
「何かお探しですか、お客様」
「いや、それが……。ちょっと頼み事がありまして」
困ったような表情を浮かべるお兄さん。
「実は僕、今日冒険者を始めたばかりの新参者なんですが。よく分からないうちに、騎士になってしまいまして」
「騎士に?」
私が首をかしげると、お兄さんはこくんと頷く。
「ええ。黒騎士というジョブなんですが」
黒騎士。そのワードは、ゲームでよく耳にするジョブの名前だ。
「それって、敵キャラとかによくある、あのジョブですよね」
私の問いに、お兄さんは満足げに微笑む。
「ええ。この世界における黒騎士はあくまで、まだ仕えるべき主が見つかっていない騎士のことを指すようですが」
その黒騎士のお兄さんが一体何の用だろう。私は、首を捻る。すると、お兄さんは一本の剣を取り出した。素人目から見ても分かる。これ、すごく高価なものだ。
鞘にはいくつも宝石みたいなキラキラした石がはめこまれていて、柄の部分もピカピカの黒色に光っている。そしてそこにもたくさんの石の粒が収まっていた。
「これ、自分が仕えたい主が見つかった際に使うという『黒騎士の誓いの剣』というアイテムらしいのですが、黒騎士にとっては重要なアイテムらしく」
あ、なんとなく言いたいことが分かった気がする。
「間違って売ったりすることがないよう、安全に保管してもらえる場所を探しているのです」
お兄さんの言葉に、私はうーんと、小さく唸る。お預かりするっていうのは簡単だけど、ここはレンタルロッカーでも、レンタルスペースでもないしなぁ。1人のお客さんにそういうことを認めてしまったら、次々それ目当てのお客さんが来るかもしれない。まあ、そういう商売も需要はありそうだけど、道具屋の仕事じゃないよね。
私が迷っていると、お兄さんが言葉を付け足した。
「一番懸念しているのは、僕のあずかり知らぬところで、アイテムを失うことです。何か良い策はないでしょうか」
それを聞いて私、一つひらめいた。間違ってアイテムとして使用したり売らないようにすればいいんだよね。
「それなら、アイテムにロックをかけるなどすればよいのではないでしょうか」
よくゲームにあるじゃない。お気に入り登録とか、ロックとかゲームによって言い方は違うけれど。間違って売ったり捨てたりできないように、あらかじめ設定する機能。だいたい、そんなに大事なキーアイテム、売ったり捨てたりできないようになってたり、万が一事故が起きても再入手できるようになってるものじゃないかな。
すると、お兄さんは首を横に振る。
「……正直に話しますと。実は、黒騎士になることのできるクエストは、シークレットクエストと呼ばれるものだったらしく。現時点ではそのクエストを達成しなければ、黒騎士になることができないようなのです」
おお、出たよシークレットクエスト。私が最初に遭遇したクエストも、シークレットクエストだったね。そっか、私が達成したクエストのように報酬が豪華なだけのクエストもあるけど、ジョブが得られるクエストもあるんだ。
「そして黒騎士にはこのアイテムが必須。このアイテムを失った時点でどうやら、持ち主は黒騎士のジョブを失うようなのです」
黒騎士になることのできるジョブが現状そのシークレットクエストしかなくて、そのクエストを受けられるチャンスが一度しかなかったとしたら。そしてそのチャンスが、私の時のように突発的に現れるものだったとしたら。
黒騎士になりたくてもなれない人が続出する。そして黒騎士の人から、このアイテムを盗もうと考える人が出てくるかもしれない。それは、危険だ。
この人のことは、まだよく知らないけれど。困っている人を放っておくわけにもいかない。なんとか、助けてあげる方法を考えよう。私はそう決めた。
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