【そして、夏】

「立川さんのこと、詳しく教えて」

「今更?」

 夏休みももうすぐ終わり。部室にも活気が戻ってきた。活気に押し出されるようにして、蓮真と鍵山は外のベンチに座っていた。

「聞いたことなかったから」

「大会前に聞けばよかったのに」

「卑怯みたいだし」

「そうかなあ」

 鍵山は、目をつぶった。大会の時のことを、思い出す。

 負けたこと以上にショックだったのが、立川が灘山に完勝したことだった。何もさせなかった。

「前よりもっと強くなってた。腹が立った」

「腹立つんだ。まあ、そっか」

 蓮真は、松原のことを思い出していた。たしかに、腹が立つような気もした。

「佐谷は、怒ったでしょ」

「もちろん。いや、今でもムカついてる。けど」

「けど?」

「こっちが悪かったわけじゃないから。あいつらが味わえなかったもの、味わい尽くしてやるよ」

 蓮真は、口角を上げた。

「あと、俺は乃子に勝ち越してる。次も、負けない」

「どうやったら、私も勝てる?」

「……練習」

「つまんない。佐谷、そういうとこある」

 二人が話している頃、部室のなかでは皆の対局が止まっていた。

「な、なんかドキドキする……」

 福原は、両頬に手を当てている。

「そういうこととは無縁の二人に思えるけど、そういう二人だからこそ、というのが物語の定番かもしれないね」

 安藤は分析している。

「ちょっと、別に大したことじゃないよきっと」

「そういう部長も気になってるじゃないっすか!」

「まあねえ」

 部室内のことなど知らないまま、蓮真と鍵山は「ライバルに勝つための話」を続けるのだった。

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