その結末に至る所以

きりえ/霧江

ハッピーエンドとハッピーエンド

英雄の物語

地に生きる全ての人が、彼が巨悪の恐怖から世界を救う英雄であるとし、未来を託した。

彼自身、皆が望む世界を手にする為、正義に生きることが己の道であると信じていた。

巨悪との対峙の中で、多くのものを失った。

だからこそより強く、皆が望む正義の道を全うし、巨悪をこの手で消滅させると誓った。

その時は来たりて、巨悪の心の臓に剣を突き刺し、永き眠りに落とした。


夜の底から去ろうとした時、ひとつの人影が、眠る巨悪に歩み寄った。

女だった。

伝承にある、巨悪に攫われた女だと察した。


「貴女が、ここに留まる理由はもう無い。共に帰ろう。」


伝承は古いものだった。

女は巨悪の支配で、夜の底に縛られているのだと思った。


「ありがとう。でも、私は、此処に残るわ。」


女は、微笑みながら言った。

英雄にとり、その言葉は理解できないものだった。


「何故? 貴女はもう自由だ。陽の光の下へ帰れるのだ。」

「人に人として扱われず、生も死も手放した私を救ってくれたのが、彼だった。」


初めて、ひとつの命として見てくれた。

彼にその気はなかったのかもしれない。

でも、私は確かに救われた。

私は、ここに居たい。

彼と生きたこの場所で、彼に寄り添っていたい。


「そんな顔しないで。」


英雄は、全ての人々を救ったのだと信じていた。

けれど、それは己にとっての“全て”に過ぎないことを知った。

己が貫いた正義の結末が故に、とてつもない孤独に陥った人が居る。


「世界にとって、貴方は正しい。」


遥か昔、巨悪の花嫁となり、今も若く美しい姿でそこに居る彼女に

死があるかは定かでななく、寄り添う孤独はとこしえのものなのかもしれない。


「私が、世界にとって正しくない方を、愛しただけ。」


己が貫いてきた道に、信念に、亀裂が走る。


「それだけのことよ。」


死を以てしても手に入れたかった世界がそこにある。

望みは成った。

陽の光の下、全ての人々が笑い生きる世界で、

英雄だけが、その面に笑顔を浮かべることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る