なつ

@yn31

なつ




 ぱかん


 ぱかん


 あちい。あちいよ。汗がじゃまや。

 マシンから放たれる球を打ち返す。な〜んかうまく当たらんなぁ。なんやろな、なにがいかんのやろ。


 ぱかーん


 僕のバットからは聞こえないような、気持ちいい音が聞こえてきた。

 音のなる方を見ると、僕より一回りおおきな背中のはるきくんがバッターボックスに立ってる。


 ぱかーーん



 すごいなあ。僕とひとつしか変わらんのに。

 西貴志ドリームズのかんとくの、はるきくんのお父さんに誘われて、初めて練習を見に行った時、何もわからん僕でも分かったんや。バッティングも、グラブさばきも、ひときわ目立ってた。あの人すごい。かっこいい。他の人よりかがやいてた。はるきくん。


 入団式の時、かんとくが

「ようこそ、プロ野球への入り口へ」

 って言うたのが忘れられん。わくわくした。ちょっと恥ずかしかったけど。


 ぱかーん


 はるきくん、またいい当たりや。

 きっとはるきくんはプロになるんやろな。

 でも、大変な思いして、しんどいしんどい思いして、やっとプロになれるんやろな。


 はるきくんが頑張って頑張ってやっとなれるプロ野球選手。


 、、、僕なんかプロ野球選手になれやんよ。


 今は野球を好き勝手楽しくやってるけど、この後ずーっと野球できるのかな。


 そんなこと考えてもしゃあないな、まずははるきくんみたいに打てるようにならなあかんな。集中や集中。

 追いつき追い越せ、や!


 ぱかん


 ぱかーん


 お、今のええんちゃう?


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「遥輝、晃大朗、コンビニ寄るか?晃大朗奢ったるで」


 バッセンまで車出ししてくれたかんとくが、運転しながら言った。

 おごり?やった!


「あざす!」


 はるきくんとは家が近いから、よくバッセンに行く。かんとくにも教えてもらえるし。

 父ちゃんにはだまっとこ。自分で払え!って言われるからな。もらえるもんはもらっとくんや。


「はるきくんなに買うん?」


 となりに座るはるきくんに聞いてみた。ちょっとねむそうやな。つかれとるんかな。


「なんにしよかぁ、、、暑いし、、、アイス買うわ」


「そやね!僕もそうする!」



 車のドアを開けたら、熱い風がぶわっときた。耳いっぱいにセミの声が聞こえてくる。デカいビルばっかの東京とかに行ったら、セミの声なんて聞こえなくなるんかな。どうなんやろ。まあいいや。


 ひんやりとした冷気がくるアイスのコーナーで、はるきくんは迷わずバニラの棒アイスを手に取った。僕はこういうのぱっと決められない。ほんとはちょっと高めのチョコでコーティングされたやつが食べたかったんやけど、そういや奢ってもらうんやった。ガリガリ君にしよ。


「ごちそうさまです!」

「父さんありがとう」


「お前ら絶対車汚すやろ、外で食べな」


 かんとくは車の中でコーヒー飲むみたい。


 そこまでこどもやないやろ。って思った。


 コンビニの中では聞こえなかったセミの声がまた、聞こえてきた。

 てきとうにふくろをやぶって、冷たいアイスを口にいれる。


 もう夏休みも半分くらい終わったけど、まだまだ暑い。マウンドって土が盛ってあるから、ちょっとだけ太陽に近いんよな。そんな変わらんけど。投げてる時は他の時よりも太陽がジリジリいじめてくる気がする。

 今日は特別暑いなあと思った。マウンドに立って投げてる時みたいな、太陽のジリジリ感がした。


 あちい、、、アイス溶ける。


 たらっとほっぺたに流れてきた汗を肩でぬぐった時、はるきくんが僕の目に入ってきた。



 あ、、、。


 おでこを汗でぬらしながら、赤いべろで真っ白のアイスをなめるはるきくん。


 なんか、心臓が、ぎゅっとした。

 なんやろ、これ。


 僕たちが着るユニフォームのような赤色と、さっきまで打っていたボールのような白色。


 赤いべろが、ぺろ、とまたアイスをなめとった。


 はるきくんのおでこの汗が、ツーっとあごまで流れる。

 汗を追って、顔のパーツひとつひとつがしっかりと見えた気がする。ととのった顔やなぁ。


 さっきまで耳いっぱいに聞こえていたセミの声も、太陽のジリジリ感も、全部、消えた。


 はるきくんの赤いべろの、少しいやらしい動きと、赤と白の色そのものに僕は見とれていた。


 、、、きれいや。



 その時、はるきくんとバチンと目が合った。


「晃大朗!アイス落っことしとるで!」


 え?

 バッと音や暑さが戻ってきた。

 そんで、一気にドッドッと身体中の血が勢い良く流れてきた。


「わ!あかん!」


 かんとくに言われた通りやないか。普通に落っことしたやんか。せっかくおごってもらったのに、何をしとるんやろ僕は。


「俺の残り、食べる?」


「ええよはるきくんが食べて」


「でも晃大朗全然食べられやんかったやろ、俺家にもアイスあるし、食べな」


 はるきくんが食べてるところを見たいんや。


 そんなこと言うたら変に思われるかな。

 ようわからんけど、気がつけばはるきくんのアイスに手がのびていた。


「ありがとお」


「おーう、なんかぼーっとしてたけど、大丈夫か?顔も赤いで」


「え?あ、いやなんもないで!」


 ほっぺたがほてってるのなんて、自分でも分かった。さっさと食べてしまお。



 はるきくんからもらったアイスは、甘かった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 なんや、僕の家にもアイスあるやん。

 ガララと冷凍庫を開けたら、普通に箱のアイスがあった。

 、、、父ちゃん夜勤やし、帰ってこんな。食べちゃえ!


 はるきくんに悪いことしちゃったなぁ。

 カエルのなき声とテレビから聞こえる笑い声がうるさい。


 はるきくんからもらったアイスの方がおいしいや。食べるけど。


「晃大朗!あんた珍しくおとなしいやんか!どうしたんぼーっとして」


 姉ちゃんだ。うるさいな、僕が聞きたいよそんなん。


「別になんもないよ」


「嘘やん、好きな子でもできたか?笑」


「ちゃうわ!もう姉ちゃんいい加減にしてや!」


「ノリわるぅ」


 もう、なんなんや。はるきくんがアイス食べてるの見てからなんか調子くるっとる。

 アイスとけないうちに食べなあかん。また落っことす。そんで姉ちゃんにばかにされる。



 、、、バット振ろ。振ったら、このもやもやも忘れられるかもしれん。



「かあちゃーーーん!!バット振ってくる!!」




 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 は〜〜〜〜〜暑い。なんなんや。西の方ってこんな暑かったっけな。夜のくせに、クソ暑いやんか。風もはや熱風やん。

 なるべくホテルに近いとこで飯食ったとはいえ、少しの距離でも歩いたら汗が吹き出してくる。


「晃大朗、コンビニ寄ってこうぜ」


「いいっすよ」



 甲子園の時、移動日の夜は結構荒木さんとご飯に行く。

 今、正直しんどい。

 体もバキバキやし、なんせ打てん。なんでこんな打てへんのやろ。おかしいなぁ。靴下履く順番も変えたのに打てん。こういう時はもう全く打てん。松元さんに頼ろうかな。もうちょい粘るか。


 あーーーコンビニ涼し、もう一生ここにいたい。

 荒木さんはアイスをぱっと取った。


「はよ選べ、奢ったるわ」


「ホンマですか、あざす」


 お言葉に甘えて、適当に手に取ったアイスを荒木さんに渡した。


 荒木さんがアイス食べるなんて珍しいもんやな。疲れとるんやろな。


「ここで食っちゃうか」


「うす」


 コンビニを出てすぐの所で、立ち止まって荒木さんは先に俺のアイスを袋から出した。


「あざす」


 ぼーっとしながらアイスを食べる。一気に半分くらいいった。

 色々考えてたから、荒木さんが何選んだかもちゃんと見とらんかったな。何のアイス食べとるんやろ。ふと荒木さんに目をやった。






 あ、、、、、、。



 心臓がぎゅっとした。

 荒木さんは、白いバニラの棒アイスを、どこが遠くを見ながら赤い舌で舐めていた。



 俺、これ知ってるわ。



 あの夏、遥輝さんにアイス貰った時、あん時と一緒や。いくつの時やったっけ。


 遥輝さん、小学生の頃からバリ色気あったよな。今もやけど。


 幼ながらも、遥輝さんの色気に気付いた昔の自分を思い出して、ぶわっと体温が上がった気がした。

 赤くなってるであろう耳を、コンビニで冷えた手で抑える。


 瞬間、アイスの棒を持ってる方の手が、急に軽くなった。



 、、、またアイス落としたやん。ガキの頃と変わらんな。



「アイス落っことすとか子供かよ笑」


 ほんまその通りですわ荒木さん。


「しゃあないですわ、こんな日もあります」


「もう一個買うか?」


「いや、いいっす、帰りましょ」


「帰るか」



 さっきまでクソ暑かったのが、自分の方が暑くなったのだろうか、風が少し冷たく感じた。




 遥輝さん、元気かな。

 きっとあの夏のことなんて、覚えとらんのやろな。


 プロ野球選手になった今もまだ、あの背中を追いかけている。

 というか、追いかけられてるのが凄いよな。

 夢みたいやな。

 でも、踏み出した右足の筋肉痛が夢やないって教えてくれた。

 早く遥輝さんと肩を並べたい。



 追い付き、追い越せ、や。




 なんか、打てる気がするな。

 早く帰って明日の試合に備えて寝よ。



 少し前を歩いていた荒木さんを、半歩大きく踏み出して、追い抜いてみた。








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