Line 29 怨憎会苦

「朝夫君は、本当に可愛いねぇ…」

この台詞ことばは、幼少期の頃に大人達から自分に対して言われた台詞ものである。

死んだ母親に似た女性っぽい中性的な顔を持った僕に対し、周囲はそう言って可愛がってくれた。しかし、小学生の頃――――――――――――他の生徒達が帰った放課後に、思い出したくもない事が起きた。人気の少ない階段の踊り場で、僕のクラスを受け持っていた教師・佐古田は、同じ台詞ことばを口にする。しかしそれは、これまでの所謂「褒め言葉」とは似ているようで違う意味がこもっていたのである。

“口にする”では生ぬるいような気職悪い声で、男性教師は僕の耳元で囁く。その後、彼の唇がどこに触れたかはもう覚えていない。

結果として佐古田が僕に対してした行為は表沙汰となり、僕の通っていた小学校からその男は辞めていったのである。時間と共にその男性教師の事を考えなくなったが、大人になった今でも精神的外傷トラウマが癒える事はなかった。



大人いまの僕と大して変わらない背丈を持ち、髪の毛は白髪が増えている中年男性。年月の経過によって老いてはいるものの、その顔は当時と変わらない顔形ものだった。

「改めまして、僕はハオス。息子君の反応を見る限り、“彼”とは良い思い出がある雰囲気ではなさそうだね」

仮面を被っていた男・ハオスは、無邪気な子供のような口調で話す。

銀髪を持つ男は外見からすると、テイマーくらいの年代の男だろうか。しかし、父を拉致した張本人の素顔よりも、隣にいる覆面を被っていた男の事が僕は気になってしょうがない状態になっていた。

「…あ…ラリルはぼべ…プぴ…」

「…!!?」

すると、男が言葉になっていない台詞なにかを口にする。

その話が通じないような雰囲気を目の当たりにした僕は、目を丸くして驚く。

「外見は息子君の知り合いのようだけど…残念。なかみは、既に廃人と化した麻薬中毒者なんだよ」

ハオスは、佐古田が言葉を口にした後にそう述べた。

「最初は小動物といった獣からやり始めて、現在いまはようやく人間の魂を移し替える事に成功したかんじだよ。…最も、正常な人間はまだ難しいから、廃人のように“おかしくなった人間の精神”の方が今の所やりやすいという見解だけどね」

ハオスは、自身の能力について語る。

しかし、無邪気な口調とは裏腹に、その碧いは狂気に満ちていた。

 …嫌な事を思い出してしまうのはものすごく不快だが、中身が佐古田やつではないというのは、不幸中の幸いか…

僕は、少しでも自身の気を紛らわせるために、ハオスの襟元付近に視線を向けながら考えていた。同時に、少しでも精神面なかみを整えようと深呼吸をする。

『朝夫…』

その様子を、ライブリーがMウォッチから見守っていた。


「…もし、あんたの要求を呑まなかったら…やはり、ただではすまなそうだな」

精神こころを少しでも落ち着かせた僕は、本題について述べる。

わかりきった事ではあるが、やはり確認したい事でもあった。僕が要求を呑まなかったらと口にした段階で、ハオスの後ろに控えている部下達から一斉に何かを構える音が響く。

「吞み込みが早くて、助かるよ。君達は大事な“鍵”だから殺しはしないものの、足の一本や二本くらいならなくても問題ないと思っているからね」

飄々とした態度で語るハオスの後ろでは、部下達が一斉に拳銃を構えていた。

同時に、ベッドに座っている父・道雄にも銃口が向けられている。

「あと、魔術を使用した場合も同等のペナルティーかな。といっても、君達ホープリート一族の末裔の場合…攻撃魔術はあまり得意ではないから、使えたとしても僕に歯が立たないだろうけどね」

ハオスが得意げに述べると、その近くにいた父が唇をギュッと噛みしめていた。


「…さて、僕の自己紹介を終えた事だし、二人には準備をお願いするよ」

ハオスがそう口にすると、僕の背後で拳銃の銃口らしき感触を覚える。

僕の背後と父の隣にはハオスの部下が存在し、その片手には拳銃が握られていた。僕はゆっくりとデスクトップパソコンが置かれている机と椅子の方へ向かい、リハビリ中の父は松葉杖を使って同じ場所へと向かう。

僕が椅子に座った直後くらいのタイミングで、隣の椅子に父が座った。

「本来なら、リーブロン魔術師学校で共同作業を行いたかったが…まさか、こんな場所に来てやらされる羽目になるとはな」

隣に座る父は、皮肉めいた台詞ことばを述べる。

「…確かにな」

父の台詞ことばに対し、僕はため息交じりで答えた。

その後、僕と父は互いに自身が持つスマートフォンを取り出して“準備”を始める。父が開発したお馴染の、“電子の精霊を具現化するアプリケーション”だ。

悪戦苦闘あくせんくとう

怨憎会苦おんぞうえく

父と僕は、それぞれアプリケーションで発するパスワードとなる四字熟語を口にしていた。

パスワードを述べた直後——————————父のスマートフォンからはイーズが、僕のスマートフォンからはライブリーが具現化される。その光景を、ハオスを含めたその場にいる全員が驚きの声を洩らしていた。

「これが、アカシックレコードへ僕を導いてくれる“電子の精霊”…!」

中でもハオスは、まるで自身が崇拝する神がその場に降臨したかのような興奮と狂気が入り混じったような表情かおで喜んでいたのである。

それに対して、これまでの会話を携帯端末の中で聞いていたライブリーとイーズはハオスに対して嫌そうな表情を浮かべる。

『…あんたが、アカシックレコードへ行きたいとか言う変わり者の事かしら?』

「変わり者とは、心外だな。君達精霊の事やアカシックレコードを知る者ならば、誰でも行って膨大な力を得たいと思うだろう」

ライブリーが嫌味っぽい口調でハオスに対して述べると、そこにはほとんど動じていない男の姿があった。

その反応を見たライブリーは、父の近くにいるイーズにアイコンタクトをとる。それを見たイーズは、黙ったまま首を縦に頷く。

『…それで、“扉”へ向かう手筈は整っているんだろうな?』

「扉…?」

イーズがハオスに問いかけると、その言葉に父が反応していた。

『…あぁ。同胞から聞いた話だと、電子の精霊とそれを行使する人間が揃っただけでは容易にアカシックレコードへ行ける訳ではない。そこへ繋がる“扉”へ行って初めて、お互いの真価を発揮するらしいからな!』

イーズは、父の方に視線を向けながら“扉”について語った。

「無論、整えてあるよ」

そう答えたハオスは部下の一人にアイコンタクトを取り、一人の男が1冊の本を取り出す。

「それって、もしや…?」

「…おや?この本を知っているのかな?」

部下から本を受け取った時に僕が声を出すと、ハオスは反応を示す。

 モン 佳庆ジャルチンが依頼してきた魔術書の原本かと思ったが…。そうとも限らない…かもな

僕は、本の表題タイトルにある文字にデジャヴを感じたが違う可能性もあると考え、首を横に振った。

「…いや、見間違いのようだ」

「ふーん…?」

僕は動揺を悟られないように答えたつもりだったが、もしかしたらバレていた可能性もあるだろう。

しかし、ハオスはこれ以上の追求はしてこなかった。


ハオスが部下の一人に持ってこさせた本は、魔術書でも何でもない普通の小説だった。彼が言うには、この普通の本にアカシックレコードへ繋がる扉へのヒントが隠されている。最初は「そんなはずはない」と考えていたが、その小説の筆者がペドロ・ホープリートだと知らされる事で、信憑性が増す事となる。

「それを解明するのに、結構な時間がかかっちゃってね。でも、君達ホープリート一族を見つけた頃に“その作業”もちょうど終わったというかんじだね」

本のページをゆっくりとめくりながら、ハオスは語る。

『朝夫…下…!!』

「ライブリー!?」

それまで黙っていたライブリーが、僕に地面を見るよう促す。

気が付くと、デスクトップパソコンがあるデスクや僕と父が座る椅子の周囲が黄色い光に包まれていた。地面をよく見ると、魔法陣と思われる文字の羅列や線が光を帯びているようだ。

「君の父親を招く前に、地面に描いておいたんだ。ただし、この状態では無論すぐには発動しない」

「発動前…って事か。という事は、その本は…!」

ハオスは、こちらへゆっくりと足を進めながら説明していく。

彼が何をしようとしているのかに気付いたのか、父が深刻そうな表情かおでハオスを見上げていた。

 本文が、黄色い線で結ばれている…?

ハオスが僕の横を通った際、彼が持つ本のページを一瞬だけ目撃する。

そこには、どういった法則で描いたかは不明だが、黄色い蛍光ペンで文字と文字を繋げて線が描かれていたのだ。

「…察しが良くて、助かるよ。そう、この本は魔法陣を完成させるための“肝”となる部分になるという訳さ。よって、本を魔法陣のこの辺りに置けば…!」

ハオスが本を魔法陣の真ん中辺りに置くと、今度は本自体が黄色い光を放つ。

そして、蛍光ペンで描かれた線に沿って黄色い光が迸ると、僕らのいる周囲一帯が眩しい光を放ったのである。

「眩っ…!!?」

あまりの眩しさに、僕やライブリー達は目を一瞬瞑る。

光を放つことによって魔法陣による魔術が行使され、僕達はアカシックレコードへ繋がる“扉”へと導かれる事になるのであった。

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