File 8 朝夫、自分の存在意義の確認と肉親の奪還へ動く;校内&校外の何処か

Line 26 旧き精霊が語る真実

リーブロン魔術師学校への“入口”がある、東京都・新宿―――――――――――――幾度も見た事があるその光景の前に、僕は立っていた。スマートフォンや財布といった最低限の物を入れたボディバッグを斜め掛けしながら、新宿の街を歩く。


「望木朝夫様ですね?」

「…あぁ」

新宿駅の南口エリアにある百貨店の近くにて、黒いスーツを来た男性に声をかけられる。

その男の後ろには、黒い車体のハイヤーが停車していた。

モンさんより、話は伺っております。ただ、立場上名乗る事が出来ないのをお許しください」

「…どの道、片道いきしか同行しないだろうから、別に大丈夫だ」

男は少し申し訳なさそうな表情かおをしながら述べるが、今の僕にとっては些末な事であった。

この黒いスーツの男は、モン 佳庆ジャルチンが手配したハイヤーの運転手だ。タクシーのように客を目的地へ来るまで送り届けるのが仕事だが、タクシーと異なるのは完全に予約制だという事である。そして、中でもこの男は一般道以外の「特殊な道」も走行できるドライバーらしい。

僕は、この後に何が起きるのかという不安もそうだが、何より父親の安否が気になって仕方がないといった具合だ。そのため、表面上では冷静に見えても、内心ではかなり緊張していたのである。

「“行き先についても、モン 佳庆ジャルチンから聞いているんだろ?僕を、そこまで連れて行ってくれ」

「畏まりました。では、どうぞお乗りください」

低めの声音で述べると、黒スーツの男は軽く会釈した状態で答えた。

その後、僕はハイヤーの後部座席に乗り込むことになる。



僕がハイヤーに乗り込む1時間程前――――――――――――――――

『…さて、限定公開の動画を見てもらってわかると思うガ、君のお父さんが“奴ら”に拉致された事は理解できたと思ウ』

E-mailで送られた動画の一時停止を解除して数秒後、モン 佳庆ジャルチンによる台詞ことばが僕のパソコンのスピーカーから響いてくる。

『ナゼドウシテ…とかなり動揺していると思うガ、こちらも仕事なので話を続けるとするよ』

佳庆ジャルチンは、うっすらと笑みを浮かべながら話を進め始める。

僕は、あまりに衝撃的な事を知らされていた直後という事もあり、茫然としながらも聞き耳を立てていた。

『そうだ、先に言っておくけど、“何故、望木道雄氏を拉致したのか”とわたしには訊かない方がいい。いずれにしても、知らないから答えられない内容だけれどもね』

佳庆ジャルチンは、そう一言前置きをしてから話を進める。

彼の話によると、僕の父親は日本国内ではあるが、東京より少し離れた場所で監禁されているらしい。そして、その場所へたどり着くためにはある特殊な“道”を通行する必要がある。“仲介役”である以上、彼は僕を目的地まで送っていく所までが自分の仕事のようだ。

『ハイヤーのドライバーとは、新宿駅前にある百貨店付近で合流してください。黒いスーツを着た日本人ですが、“見たかんじ”ですぐにわたしが手配した人材だとわかると思うヨ』

佳庆ジャルチンが告げたこの後の行動についての説明が、一旦終わりとなる。

『最後に…動画に映っていた仮面の男…。彼が今回の“雇用主”にあたるんだけど、彼が告げていた“ホープリートの末裔”については、君の“お友達”に訊くのが一番早いと思うヨ。それでは、また』

そうして最後に一言告げた後、E-mailで送られてきた動画は終了となる。


動画を見終えた後、僕は大きく深呼吸をしてから口を開く。

「ウィズレス…。お前は、“ホープリート”を知っているのか?」

僕は、パソコンの液晶画面内にいる黒ずくめの電子の精霊に尋ねる。

『さぁな。俺は関わった人間の事を忘れやすいから、仮に知っていたとしても覚えていねぇかんじだな』

ウィズレスは、首を横に振りながら答えた。

 飄々としていて、本音は相変わらず解りにくいが…。今の所、嘘はついていなそうだな…

僕は、ウィズレスのや表情を注視しながら、彼が嘘はついていないだろうという結論に達する。

『…ライブリー。もしかしたら、“爺さん”なら何か知っているような気がしないか?』

『あ…!』

すると、ずっと黙っていたイーズとライブリーが話し出す。

イーズに問いかけられたライブリーは、何かを思い出したような表情かおをしていた。

「“爺さん”…?」

イーズが口にした単語ことばに対し、僕は首を傾げる。

『人間でいう同名の存在のように、俺やライブリーより先に生まれた精霊の事さ。俺らは元々お互いに名前をつけたりしない習慣から、“爺さん”と呼んでいる』

「その“爺さん”ならば、ホープリートについて何か知っていると…?」

『…断言はできないわ。ただ、お爺さんは私達電子の精霊が初めて誕生した時代ときと同じ頃に生まれた精霊だから、今の私達よりは博識だと思うの』

イーズの説明に対して僕が質問をすると、今度はライブリーが答えてくれた。

『3分ほど、時間をくれないか?そうすれば、爺さんをここに呼び寄せられそうだ』

「うーん…」

イーズの提案を聞いた際、僕は少しだけ悩んだ。

 早く父さんを助けに行きたいけど…ホープリートの事も気になる…。何より、知っておかなくてはいけない気もするしなぁー…

僕は、腕を組みながら考え事をしていた。

『…例の仮面を被った奴も知っていそうだけど、自分の力で知っておくことも大事だろうしな?』

ウィズレスが、不気味な笑みを浮かべながら呟く。

 ウィズレスの考えに同意するのは、不本意だけど…。少しでも、知っておいた方がいいかもな…

そう思い立った僕は、閉じていた唇を開く。

「じゃあ、イーズ。その“爺さん”を呼びに、ネットワークの海に行ってもらえるか?」

『了解!じゃあ、3分ほど待っていてくれ!』

僕からの指示を聞いたイーズは、すぐに快諾し行動に移すことになる。

そうして当人の予告通り、3分きっかりでも戻ってくるのであった。


イーズが連れてきてくれた電子の精霊は、白髪等の高齢者を思わせる外見ではなかったが、動きがイーズやライブリーよりも少し遅く見えるため、ある程度長く生きている事が第一印象で判明する。

『Mamiriro ekunze emangwana imvura…』

『Kwete sekuru…!』

その第一声は割と滑舌の良い話し方ではあったものの、日本語ではないために何を話しているか全くわからなかった。

後でイーズより教えてもらう事になるのだが、この“爺ちゃん”は多くの国に住む人間と関わるので100か国語以上話せるらしい。ただし、前に関わった人間の国で使われていた言語が、次まで残りやすいという欠点を持つ。イーズは、この時彼が話していた言語・ショナ語がわかるようで、「そうじゃないよ!」と指摘していたようだ。

『さて、これで良いかね…』

『あぁ、それで大丈夫だよ、爺ちゃん』

数秒後、ようやく日本語に切り替えられたようで、イーズが少し溜息交じりで首を縦に頷く。

「本題へ入る前に…便宜上、あんたの事は“爺ちゃん”から取って“おきな”と呼ばせてもらうがいいか?」

『おぉ、構わんよ。好きに呼んでおくれ』

僕の提案を聞いた翁は、ゆっくりと首を縦に頷いた。

相手からの返答を聞いた僕は、一呼吸置いてから口を開く。

「ホープリートの一族について…翁は、何か知っているのか?」

僕は、真剣な眼差しで翁を見ながら本題を切り出す。

僕の台詞ことばを聞いた翁は、顎に手を当ててその場で考え込むが、すぐに何か思い出したような表情かおを浮かべる。

『ほんの少しではあるが、知っておるぞい。確か、書き物をした奴じゃったかな?その者の兄と行動を共にした事がある』

「書き物って…もしかして、ペドロ・ホープリートの事か?」

『おそらくはな。…そうじゃ、お主の名前を一応訊いてもよいかな?』

「望木 朝夫だ」

翁が関わった事のある人間が、どうやら以前に外部依頼で借りていた魔術書の著者であるペドロ・ホープリートの身内である事が判明する。

そして、思い出したかのように名前を聞かれたため、僕はすぐに答えた。

『“望木”………成程、そういう事か』

『お爺さん…?』

僕の名前を聞いた翁は、納得したような表情かおをする。

それをMウォッチから会話を見守っていたライブリーが、首を傾げながら呟いていた。


その後、翁はその場にいる全員が知らなかった事を色々と話してくれたのである。まず、ホープリートの一族は現代でいう“魔術師”よりは割と“魔法使い”に近い一族であり、妖精や精霊との相性が他の魔法使いよりも良い一族だったという事。ただし、外見上の特徴は特に目立った部分ところはないため、普通の人間社会の中で暮らしていた。その後、

ペドロ・ホープリートやその兄らの子供の世代で、ホープリートの一族は母国であるイギリスを出て、東洋へ渡ったという。ただし、東洋では白色人種である自分達は外見上目立ってしまう事や、当時は諸事情によってあまり表だって動けない立場だったらしく、東洋へ渡ったのと同時に“ホープリート”の姓を捨てて、現地の日本人と結ばれる事で新たな姓を名乗るようになったという。

「もしかして、望木という苗字って…」

『ホープリートの語源でもある、英語のHope《望み》とTree《木》からきたのだろう。おそらく、お主の家が一番ホープリート一族の血を受け継いでいるのじゃろうな』

話を聞いた中で僕は、その場で自分の苗字を口にすると、翁はすぐに答えを出してくれた。

「成程…。翁、先程口にしていた“諸事情”というのは…?」

僕は更に問いかけると、翁は首をゆっくりと横に振った。

『すまんの…“諸事情”については、詳しくは解らないのじゃ。今話した内容の半分以上は、同胞や電子の精霊の情報網を以って解った情報ことなのでな』

「…そうか…」

翁からの返答を聞いた僕は、その場で少しだけ視線を下に向けて俯く。

 もしかしたら、その“諸事情”ならば、逆に父さんを拉致した連中の方が知っているのかもな…

僕は、内心ではそんな事を考えていた。

『爺ちゃん、あと一つだけいいか?』

すると、黙って話を聞いていたイーズが、会話に入ってくる。

『なんじゃ?』

『…俺、以前にどこかで“電子の精霊とある人間が揃わないと、アカシックレコードへの道は開かれない”って聞いた事あるんだけど…それって、本当なのか?』

『…っ…!?』

イーズの台詞ことばを聞いた翁は、今まで落ち着いていた表情が一気に変わり、少し青ざめて始める。

『お主…それは一体、どこで知ったのだ!!?』

『え…?あ、いやえっと…』

いきなり翁が食い気味に訊いてきたため、イーズは挙動不審になっていた。

周りの視線が自分へ注がれている事に気が付いた翁は、1回だけ咳払いをしてから再び口を開く。

『…理屈がどうなっているかわからんが、それは誠の話じゃ』

『それって、もしかして…!!』

翁の返答を聞いた事で、ライブリーはイーズが何を考えていたのかを察したようだ。

同時に、僕の中でも一つの仮説が生まれる。

 まだ“親子が揃う”の意味は解らないけど、今の所…父さんを拉致した連中の狙いはアカシックレコードに関係している可能性が高そう…だな…!

僕は内心で敵の狙いを考えながら、精霊達の話に聞き耳を立てる事になる。



こうして疑問に思っていた事を解消させた後、東京の新宿へ向かってモン 佳庆ジャルチンが手配したハイヤーに乗り、敵の拠点へと向かう事になるのであった。

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