Line 8 機械いじりの妖精・グレムリン

「失礼するよ、ミシェル」

「あ、棚卸ですね!お疲れ様」

お昼休憩の後、僕と技術員の下松しもまつ 光三郎みつさぶろうは、現在稼働している機材の棚卸のため、教室棟にある救護室を訪れていた。

部屋に入ると、褐色の髪を持つ女性が薬品棚の前に立っているのが目に入る。

望木もぎ 朝夫あさおです」

「あぁ、ご丁寧にありがとうございます。私は、ミシェル・ヴァネル。この救護室を担当している職員です」

初対面の僕が自身の名を名乗ると、このミシェルという女性も自己紹介をしてくれた。

握手をした時、僕は思わず足元を見てしまう。というのも、フランス出身だというミシェルは普通の女性職員ではあるが、その下半身が馬のような四本足をしていたからだ。

「…転変者ムリアンは、初めて見かけましたか?」

「そうっすね……すみません」

僕の表情から何かを察した彼女は、少し哀しそうな笑みを浮かべていた。

ちなみに、転変者ムリアンは、魔術の酷使や失敗等によって、体の一部が人ならざる者や物質に変化してしまった魔術師を指す。

「ひとまず、救護室ここで扱っている物の棚卸をするから、奥の方も入らせてもらうよ」

「了解です、下松さん」

場の雰囲気を察したのか、下松が本題を切り出していた。

それは、少し微妙な雰囲気になっていたので、ある意味有難かったのである。

 

「じゃあ、ミシェルさんの方もお願いします」

「わかりました」

僕は、棚卸に使うスマートフォンをミシェルに渡す。

機材の棚卸は、基本は技術員が行う事になっているが、救護室のように担当職員が常駐する一部の場所では、そこの担当者も棚卸をしなくてはいけないという決まりがある。理由は簡単で、担当者でないと扱いがわからないからである。救護室以外で特定の職員が行うのは、多くの書籍が保管されている図書室が該当する。光三郎曰く、図書室にある書籍の量は相当多いため、担当する司書達は一日がかりで棚卸及び整理整頓を行うようだ。

 …器用に動くなぁ…

僕は何となく後ろへ振り返ると、そこには薬品棚の中にある物をスマートフォンでスキャンするミシェルの後姿があった。

彼女は、馬の蹄を適度に鳴らしながら、前後左右に動いている。

『手を動かさなくていいの?』

「わっ…!?」

考え事をしていた僕に対し、Mウォッチに宿るライブリーが声をかけてくる。

それが唐突だったため、僕は目を丸くして驚いていた。

『もしかして、あの姉ちゃんが気になるのか?朝夫!』

すると、今度は僕のスマートフォンに宿るイーズの声が響く。

「…な訳ないだろ」

僕は、溜息交じりで答える。

この時、イーズもライブリーも具現化していないので彼らの表情はわからないが、イーズがニヤニヤしているような気が何となくしていたのである。

「そういえば、こういった古いスマートフォンに宿る事って、二人はできるのか?」

その後、僕は手を動かしながらライブリーとイーズに話しかける。

『そのスマートフォンは…無理そうね。機内モードになっているかもしれないけど、ネットワークへ全く接続されていないもの』

「じゃあ、Wi-Fi及び他の回線も繋がれていない機器に移動するのは、不可能なんだな?」

『まぁ、端末をACアダプタに接続して充電でもすりゃあ可能だろ。ただ、俺らは先祖グレムリンとは違って、端末を壊す趣味はないし、あまりやらないだろうよ』

「グレムリンか…」

ライブリーやイーズの話を聞きながら、僕は不意に呟く。

 電子の精霊が生まれるきっかけになった妖精・グレムリン…。どんな妖精やつなんだろうなぁ…

内心では、どんな存在だろうと考えていたのであった。


「おわっ!!?」

棚卸を開始してから、数十分後―――――――――光三郎の声が、救護室の奥から響いてくる。

僕は、自分がタグのスキャンをし終えた場所を目で記憶し、声が聞こえてきた方へ小走りした。同時に、ミシェルも向き直して歩き出していたのである。

「下松さん、どうかしたっすか?」

救護室の奥にある個室へ向かうと、そこにはしりもちをついた下松さんが地面に座っていた。

「この機械の隣にある棚の中身をスキャンしようとしたんだが…」

僕の存在に気付いた彼は、そう告げながら機械とは別方向を指さす。

「妖精…?」

指さした先を見つめると、個室の壁際に変な恰好の存在がいた。

その存在は、毛のまばらなジャックウサギに似た風貌を持ち、赤い上着に緑のズボンを履いている。そして、頭から角を生やし皮の飛行ジャケットとブーツを身に着けている存在ものだった。

『イーズ!もしかして、あれ…』

『まさか、こんな所でお目見えするとはな…!』

「えっ!?」

すると、先程まで黙っていたライブリーとイーズの声が響く。

「って、おい!?」

ウサギの妖精は、僕や光三郎を一瞥した後に物凄い速さで駆け出す。

ほんの一瞬だったので目で追いきれなかったが、その妖精はあっという間に個室から逃げ出した――――――――――はずだった。

「………すげぇ…」

その光景を目の当たりにした僕は、思わず今の台詞ことばを呟く。

妖精が走り出した直後、何かが壁に打ち付けられたような音が個室に響いた。すると、妖精の首根っこを掴んで壁にへばりつかせた音だったらしく、一瞬でそれを成し遂げたのがミシェルだったのだ。

「…グレムリンちゃん。私の領域テリトリーである救護室ここの機械をいじるとは、どういった了見かしら?」

壊し屋妖精のグレムリンに対し、ミシェルが笑みを浮かべながら問いかける。

しかし、表情はほほえんでいても、目は笑っていなかった。この時、一瞬でも恐怖を感じたのは、このグレムリンだけではないだろう。僕と光三郎も、その場で固まっていたのであった。


「…グレムリンがいじっていた機械、どういった機械ものなんすか?」

ミシェルがグレムリンに機械を直させた後、僕は彼女に問いかける。

因みに、ミシェルに怒られたグレムリンは、いじった機械を元に戻した後、疲れた表情を浮かべながら救護室から退散していった。

「…望木先生は、救護室を訪れたのは今日が初めてでしたもんね。では、一応説明しておきます」

僕の問いかけに気が付いた彼女は、機械の側に来て口を開く。

その機械は、一見すると複合機プリンタのように見えるが、その場合は患者用ベッドの隣に置く物ではないだろう。

「簡単に言うと…魔力が枯渇した魔術師ものに対して、救命措置をとる機械という所かしら」

「魔力の枯渇…」

普段聞き慣れない単語ことばに対し、僕はその場で口にしていた。

「元々、救護室内にあるこの個室は、緊急の事態に陥った患者向けの部屋であり、置いてある機材はどれも高価な代物です。なので、棚卸の対象外にもなっているし、私といった限られた職員以外は使用が禁止されているの」

『じゃあ、もしかして…。私達・電子の精霊みたいな存在も、侵入できないように造られている?』

ミシェルが説明する中、ライブリーが会話に割って入ってくる。

僕のMウォッチから声が響いてきた事に対してミシェルは驚いていたが、僕が何の講師か把握していたようで、すぐに納得したような表情を浮かべた。

「内部構造に関しては…そうですね。何かしら含まれていると思いますが、さっきグレムリンがいじっていたのを見ると…。また、メンテナンスが必要になりそうですね」

ミシェルは、僕やライブリーが宿るMウォッチの方を見つめながら、疑問に答えてくれた。

同時に、頭が痛そうな表情と仕草をしていたのである。

 魔術関係の機材は、どういった仕組みか解らないが…。コンピュータや普通の機械みたいにメンテナンスは必要になるんだな…

僕は、先程グレムリンがいじっていた機械を見下ろしながら、そんな事を考えていたのである。



「お疲れ様」

「あ…どうも…」

救護室の棚卸を終えた後、僕と光三郎は数分間の休憩をしていた。

彼は、自動販売機で購入した缶ジュースを僕に手渡す。

「まさか、グレムリンに遭遇するとは思わなかったな」

「ですね」

自動販売機の近くにあるベンチに座った僕らは、購入した炭酸ジュースを飲み始める。

「因みに、この学校で導入されている自動販売機は、日本製らしいよ」

「そうなんすね。何か、理由でもあるんですか?」

「僕もあまり詳しくは知らないが…。きっと、日本製の方が高性能なのかもね」

缶ジュースの缶を見下ろしながら、光三郎は僕の問いに答える。

後になって自分で調べて知ったのは、日本以外――――――――例えばアメリカの自動販売機は、お金を入れてボタンを押しても商品が出てこないという事が実際にあるという事だ。その理由については、「造りが雑だからではないか」という見解があるらしい。

「…グレムリンに狙われない事を祈るばかりっすね」

「そうだね。救護室ではミシェルが止めてくれたけど…。このエリアは誰でも利用できる場所だしね…」

僕と光三郎は、後ろに鎮座する自販機の方を振り返りながら、缶ジュースの中身を飲み干す。


「さて。最後の棚卸場所へ向かうとしようか!」

光三郎が告げたこの台詞ことばを機に、小休憩は幕を閉じる。

「最後の場所…。そこは、どこですか?」

「最後は、修練室だね。射撃訓練をするための…」

「射撃!!?」

僕は、思わぬ単語ことばを耳にしたため、目を丸くして驚く。

光三郎は、そんな僕に圧倒されながら再び口を開く。

「“何故、魔術師学校にそんな場所があるのか?”と思ったかな?」

「はぁ…。まぁ、そんなところですね…」

その後、光三郎が自分の心の内を読んだような台詞ことばに対し、僕は挙動不審になっていた。

「その理由については、移動しながら説明するよ。ひとまず、行こうか」

「…了解っす」

光三郎はそう告げた後、飲み終えた空き缶をゴミ箱に捨てる。

僕も同じようにゴミ箱に捨てた後、彼の後について歩き出すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る