File 2 朝夫と精霊達;魔術師学校での業務開始

Line 3 初出勤・初対面

望木もぎ 朝夫さん…ですね?」

初めて耳にした声の方へ振り返ると、そこには金髪碧眼の男性がいた。

東京の新宿にある“入口”を経て入って来た先は、学校の正面玄関及び受付のような場所である。そこには大きな樹があるが、装飾かざりか本物かは定かではない。

「あんたが、学校の事務職員さん?」

その姿を確認した僕は、相手に対して軽く会釈する。

「はじめまして、望木さん。僕は、マヌエル・パブロ・シューア。テイマー先生からは、諸々聞いています。ここから先、色々とご案内しますね」

「宜しくお願いします」

事務職員のマヌエルは、すぐに自己紹介をしてくれた。

 何だか、自分と雰囲気が似ているような気がする…

僕はこの時、彼への第一印象として、そんな事を考えていたのである。


「望木さんが講師を務めるここ・リーブロン魔術師学校は、先程のエントランスがある管理棟を中心に、5つの場所エリアがあります。生徒や教師が寝泊まりする寮がある宿泊棟、学生達が授業を受ける教室がある教室棟、貴重な書籍や学校の所有物が保管されている書物資料保管棟や、運動や鍛錬をするための訓練棟。生徒でない魔術師が研究等を行う実験棟…といった所でしょうか」

「…僕が、主に利用する事になるばしょは…?」

「はい、望木さんは主に教室棟・管理棟・宿泊棟を利用する事が多いと思いますよ」

エントランスから宿泊棟へと移動する間、マヌエルがこの学校の事を話してくれた。

 何でまた、“白百合”がつくんだろう…?

僕は、彼と歩きながらこの学校の名前の由来について考えていた。

マヌエル曰く、リーブロンは日本語だと“白百合”を意味し、語源はフランス語から来ているという。他にも、生徒達はセメスター=2学期制をとっているといった、学校の仕組みについて話してくれた。

「…地下なのに、窓から空が見えるのって…」

僕は、廊下の窓から見える青空を見つめながら呟く。

「…はい。これは魔術によるもので、別の場所の景色をそこに投影しています。地下だからこそ、こうして外の光景を投影する事で、昼型と夜型な方々の身体のバランスを調整しているんです」

「成程…」

彼から聞く説明は新鮮で、僕はひたすらに疑問と納得を繰り返していた。

その後、徒歩で数分程進んだ後――――――――――僕が寝泊まりできる個室にたどり着く。マヌエルから受け取ったICカードタイプの職員証が宿泊棟での鍵になるらしく、ドアノブ近くにかざすと施錠を解除し、中に入る事ができる仕組みだ。

入ると、木でできたベッドや机。棚が一つあるだけの、簡素な部屋が垣間見える。

「生徒に教えるにあたってのマニュアルは、机の引き出しの中に入っているので、この後に目を通しておいてくださいね」

「はい」

「僕はやる事があるので、一度管理棟へ戻ります。小一時間程したら迎えに来ますので、マニュアルに目を通しながら休憩でもしておいてください。…今の所で、何かわからない事はありますか?」

「今の所は、ない…。ないんだけど…」

僕は“今のところは”質問がないと答えるが、業務とは少し関係ない所で疑問に感じる事があった。

しかし、どう聞き出せばいいかわからず、僕は彼の左手―――――――――白衣の下から見える黒い手袋をはめ、わずかにぎこちない動きをする掌を見つめていた。

数秒の間だけ沈黙が続くが、マヌエルは僕が何を訊こうとしたのかを察したようで、フッと自嘲気味に嗤う。

「…やはり、お気づきでしたか。僕の左手及び左腕は、義手なんですよ」

マヌエルは、苦笑いを浮かべながら述べる。

「僕の場合は、魔術の実験をしていた時の事故…って所ですね。魔術師学校ここでは、そういった魔術が原因で負傷した者や、人の姿をしていない者が教師に何人かいます」

「今言った後者のって…所謂“転変者ムリアン”って奴っすか?」

「…そうですね。故に、初めて目にした際は驚くかもしれませんが、なるべく“そうなった理由”は、尋ねない方が懸命ですね」

「…わかった」

そう語るマヌエルのは、どこか遠くを見つめているようだった。

 

「余計な詮索はされたくない」という気持ちは、僕にもよく解るしな…

マヌエルと別れた後、僕は上着をハンガーにかけながら考え事をしていた。

因みに、彼の左腕が本来のものではないと気付いたのは、勿論理由がある。それは、職業柄、他人ひとがパソコン等を触る時に手元を見る事が多く、“色々な人間の手の動き”を嫌になるくらい見てきたからである。マヌエルはおそらく、使い勝手の良い義手を使用しているだろうが、やはり本来の手の動きと比べると、ほんのわずかだが不自然さがあるのを僕は見抜いたという事になる。

大きく溜息をついた後、僕は机の引き出しに入っている紙のマニュアルを取り出す。

『施錠は近代的と思ったけど、こういう所はアナログなのね』

すると、頃合いを見計らったのか、僕のMウォッチにいるライブリーの声が聞こえる。

「…確かに。こんなに分厚いマニュアルは、学生時代以来かもな」

僕は、そう答えながらスマートフォンを取り出し、ライブリーを具現化した。

『ところで、朝夫。魔術師学校ここでのネットワーク環境について、誰かから聞いた?』

「うん?」

僕が紙のマニュアルに目を通していると、ライブリーが声をかけてくる。

「多分この後、マヌエル辺りが教えてくれるんじゃないか?テイマーから少し聞いた限りだと、生徒も教職員も、校内では指定されたパソコンを使用し、Wi-Fiも完備しているくらいは言っていたけど…」

『成程…』

僕からの返しを聞いた電子の精霊は、腕を組みながら首を縦に頷いていた。

 あの雰囲気かんじだと、楽しみにしているようだな…

僕は、横目でライブリーを一瞥した後、再びマニュアルに視線を戻す。

それから1時間程が経過した後、宣言通りにマヌエルが迎えに来て、僕は一度部屋を後にするのであった。



「今日から赴任してきた、望木 朝夫です。魔術師学校ここでは、主に情報リテラシーを担当するので、よろしく」

その後、ぶっつけ本番ではあるが、パソコンが多くある教室のホワイトボードの前に僕は立っていた。

自身の手元には、学生達が使用しているのと同じ、情報リテラシーの教科書と筆記用具。スマートフォンは勿論だが、他に黒いICレコーダーによく似た機械がある。リーブロン魔術師学校に通う生徒は、出身国がアジア・ヨーロッパ・アメリカ・東南アジアと幅広いため、公用語は英語が使われている。ただし、英語が不得手な生徒もそうだが、何より教壇に立つ教職員の中には僕のように英語ができない人間も多いため、自動翻訳機を使用している。そのため、生徒達も翻訳機の端末と翻訳された会話を聞くためのイヤホンを持参しているというのが、授業ではお馴染の風景らしい。

 おかげで、日本語のまま授業ができるから、そこは有難いな…

マヌエルから受けた翻訳機の説明について考えながら、僕は周囲を見渡す。

この初回で受け持ったクラスは、学校の4年生。7年制をとっている魔術師学校このがっこうは、入学時の1年生で11歳となる。4年生は14歳という事になるが、席についている生徒の半分以上が、日本でいう高校生のような外見をしていた。

 そこは、人種の差か…

この時僕は、日本人が白色人種や黒色人種らと比べると幼く見えるというのを痛感したのだった。これだとおそらく、僕自身も実年齢より若く見られている事だろう。

因みに、情報リテラシーが必修になるのは、この4年生からというのが、紙のマニュアルに書かれていた内容の一つであった。

「近年では携帯端末が発達しているから、君達自身もパソコンを触る機会は多いだろう。ただし、僕が教えるのは普通の情報リテラシーもあるが、割と“彼ら”との付き合い方を学ぶと思ってもらえるとありがたい」

僕は、遠まわしに電子の精霊の事を触れる。

そして、僕の台詞ことばを聞いた生徒達は、予想した通りざわめき始めていた。

「“彼ら”とは、電子の精霊の事だ。これについては、教科書の10ページに記載がある。読みたい人は、いるかな?」

「はい!」

すると、一人の男子生徒が挙手をしてくれたため、その人物を指さす。

「世界では、1960年頃にコンピューターネットワークの元となるパケット通信の研究が始まり、電子の精霊が生まれたのもこの頃だと推測される。彼らは、機械に潜んで悪戯をする妖精・グレムリンと奇跡的な融合を果たして生まれた存在で、基本は液晶画面を有する電子機器の内部に存在する事が多い」

「…ありがとう。そして、機械の中にいる関係で目にする機会は滅多にない彼らだが、旧き時代ときから存在する妖精や精霊と異なり新しい存在である彼らは、割と人間に対しては友好な精霊ものなんだ」

生徒が教科書の一文を読み終えた後、僕による話が続く。

また、読んでくれている間に、僕はすぐ近くにある教師用のパソコンで同時作業を行っていた。

「まずは、指定のネットワークフォルダに、“彼ら”を視覚化するアプリケーションの圧縮ファイルを収納したので、そこから自身のパソコンにインストールをしてくれ。解らない事があれば、挙手するように」

その後、父が開発し、僕が手を加えたアプリケーションを生徒達に配布する。

中にはやはりパソコンの扱いに慣れていない生徒もいたため、挙手してきた生徒に対してはデスクトップパソコンのある席まで赴いて教えていた。

 情報リテラシーの場合、実技を伴うから…基礎科目のように話し続ける必要がないから、少し楽だな…

僕は、生徒達が黙々と作業をする姿を見ながら、そんな事を考えていた。


『わお、人間の子供がたくさんいる…!』

「…!!」

作業が進んで行くと、僕はスマートフォンを使ってライブリーを具現化する。

彼女は楽しそうに周囲を見渡していたが、一方で生徒達は驚いて言葉を失っていただろう。『ライブリー!生徒達は日本人だけではないから、この翻訳機の前で話した方が良いかもしれない』

『成程!…じゃあ、朝夫に持ち上げてもらおうか』

「…了解」

一方、ほぼ同時に具現化したイーズと二人だけの会話になっていたため、僕は少しげんなりした表情で彼らの要望に応えていた。

『皆さん、はじめまして。私は、ライブリー。ノルウェー語で“活発”の意味を持つLivelyが、名前の由来みたいで、彼が適当につけた名前のよう!よろしくね!』

ライブリーが、翻訳機越しに自己紹介をすると、生徒達の頬が少し緩んだ。

 相変わらず、人間の懐に入り込むのが上手いなぁ…

僕は、元気に自己紹介をするライブリーに対して、感心していた。

『俺は、イーズ。名前の由来は、「おおらか」を意味する英単語・Easyから来ている。俺の場合は、こいつ以外の人間に名付けられたんだ』

「という事は、本来は精霊って固有の名前はないって事ですか?」

すると、挙手をしながら一人の女子生徒が、イーズらに対して質問を投げかけて来る。

『えぇ、そう。これから皆さんには、私達の同胞と交流をしてもらいますが、一つ注意があります』

ライブリーの台詞ことばを聞いた生徒達は、唾をゴクリと呑み込みながら話に聞き入っていた。

『彼が先程、私達・電子の精霊は人間に対して友好的…と話してくれました。これはもちろん、間違いではないですが…』

ライブリーは、話をしながら一度瞳を閉じる。

その後、重たくなった眼を開いてからまた話し始める。

『魔術師の卵である皆さんは、使い魔をよく知っていると思います。あれは、人間側が妖精等の人外を従属させる仕組みですね』

『要は、俺達電子の精霊は、友好的とはいえそれぞれ“意思”を持っている。故に、関わり方を間違えると、予想もできないような危険な目に遭うかもしれない事を、肝に銘じてほしい』

隣で語ったイーズの表情は、かなり真剣だった。

その表情を見た生徒達は、その場で凍りついた表情をほとんどが浮かべている。

「…では、当人らからの注意事項の説明も終えた事だし、今日の本題へ入るとしよう」

状況を見かねた僕は、頃合いを見計らって次の話へと移る事を口にする。

それによって生徒達は我に返り、僕が教える最初の授業が本題を迎える事になる。

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