Line 1 手負いの父が息子に語る内容

現在いまから、2週間前―――――――――――



「あの…預かって戴いていた機器を取りに来ました…!」

僕―――――――望木もぎ 朝夫あさおのいる部署の領域に来た女性社員が、少しおどおどした口調で声を出す。

この時現れた女性社員は、一見したところ入社1年目の新人だろうが、こういった風景は日常茶飯事である。

「…こちらになります」

僕は、女性社員のいる部署から預かっていたノートパソコンを片手で持ち、彼女に渡す。

必要事項を軽く話した後、その女性社員はうちの部署を去っていく。

大手通信企業の情報システム部―――――――――通称“情シス”が、僕の職場だ。この部署では、社内で使われる情報機器の管理や整備。社内アプリケーションの品質改善等を行う部署で、自分はその部署で働くシステムエンジニアのような存在ものだ。

しかし、この2週間の間で僕は、所謂“転職”をせざるを得ない状況となるのであった。



この日は確か、2019年の11月上旬頃だっただろう。ほんの少しの残業を終えて帰宅していた僕は、夕飯や入浴も終えて一息つこうとしていた矢先だった。

『朝夫!愛知の小父さんから、留守番電話が入っているわ』

「小父さんって…実家の近所に今も住んでいる、あの…?」

『そう!』

食卓テーブルに放り出していたスマートフォンより、甲高い声が響く。

その声は、学生の頃から毎日聴いているので、僕は違和感なく話していた。因みに、この甲高い声の正体は、ライブリーという名前の女。ただし、一人称が「私」や「あたし」と告げているから女と判断しているため、「大人の女性」か、はたまた「幼い少女」なのかは定かではない。そのため、年齢不詳と勝手に認識している。

まだ実際はどのような存在かはっきりと理解していないが、僕が中学か高校の頃から家のパソコンや携帯電話に潜んでいて、こういった情報を教えてくれる相棒みたいな存在だ。

いつからか、スマートフォンやMウォッチ等の携帯端末が普及するようになったため、最近はそれらの機器に宿っている事も多い。


ライブリーに促された後、僕はスマートフォンを手に取って録音された留守番電話を再生する。

「…まじで…!!?」

スマートフォンを耳に当てて聴いていた僕は、その衝撃的な内容を聞いた事で、驚きの余りに声を張り上げていた。

そして、留守番電話を全部聴いた後、すぐさま小父へ電話をかけなおしたのである。一人暮らしのアパートにあるデジタル時計は、22時を過ぎていた。誰かに電話するにはかなり遅い時間ではあったが――――――――幸いな事に、この日は小父さんが就寝せずに起きていたようで、電話はすぐに繋がった。

「うん…うん……わかった。それじゃあ、明日に有休取って向かうよ」

小父さんと電話で会話をする僕は、深刻な表情かおをしながら口を動かす。

そして、電話を終えた後の僕は、深い溜息をついた。

『近所の小父さんからの電話って、何だったの…?』

頃合いを見計らったかのように、ライブリーが僕に問いかける。

彼女が持つ“能力”を使えば本来、小父が僕に何を告げていたのかは手に取るようにわかるだろう。しかしそれは、“盗聴”という犯罪にもなり得る行為だ。

そのため、ライブリーにはやらないよう教えているため、僕が小父とどんな話をしていたのか具体的な内容を、彼女は知るはずもない。

しかし、この時の僕はそれどころではなかったのである。

「…父さんが、交通事故に遭って病院に搬送されたらしい」

『え…』

「ひとまず、今からでは夜行バスも厳しいだろうから、明日の早朝に出ている新幹線で愛知じもとの病院へ向かうよ」

僕の台詞ことばを聞いたライブリーは、声を失っていた。

彼女の反応をよそに、僕は実家へ向かう用意をし始める。現在が22時を過ぎている事に加え、夜行バスの乗り場も目と鼻の先にある訳ではないため、今から実家のある愛知へ向かう事は難しい。加えて、当然ながら父が入院している病院は、今日は既に患者との面会時間は終わっているはずだ。

 何でまた、父さんが…!?

「命に別状はない」と小父さんから告げられたものの、内心では飛んででもすぐに帰りたい気分になっていたのである。



そして、翌朝――――――

 思えば、体調不良以外の有給休暇ってかなり久しぶりだな…

僕は、名古屋駅のホームに降り立った際、ふとそんな事を思う。

朝早起きをした後、7時過ぎ頃に東京駅から新幹線に乗って名古屋駅へ向かう。早起きは得意ではないが、新幹線の中でぐっすり寝る事ができたため、思いのほか目が冴えていた。

「ライブリー、〇〇駅までの乗換案内を出してくれ」

『了解』

僕は、左手にはめたMウォッチに向けて一言告げる。

すると、目に見えない相棒はすぐに調べ上げて、スマートフォンに表示してくれた。それを頼りに、父親が入院している病院へと向かう事となる。

 ここが、駅中でよかったな…

僕は、周囲に行き交う人々に視線を向けながら、そのような事を思った。

何故かというと、大きな声ではないとはいえ、今のように自分の周囲に人がいないのに何か話していては、普通だったら怪しまれるだろう。しかし、今は平日の朝という時間帯のため、名古屋駅構内は多くの学生や社会人が行き交っている。そのため、たかが声を出した男一人の事など気にするはずもないからだ。この時、僕はそこまで考えていなかったが、一瞬フッと自嘲気味に笑った後、止めていた足を動かし始める。


「やぁ、久しいなぁ…!」

「父さん…大丈夫?」

病院へ到着後、僕は数か月ぶりに父――――――望木 道雄みちおと再会を果たす。

肩幅が広くて筋肉質という技術職とは思えないような体格の父は、ベッドで半身を起こして座っていた。そんな父の右手・人差し指に1か所、布団から見え隠れしている右足にと包帯が巻かれていた。指は捻挫し、足は骨折。加えて、肋骨にひびが少し入っているらしいが、命に別状はないというのも不思議なものだ。

「…この通り、ピンピンしているさ!まぁ、全治数か月はかかるらしいが…」

父は、苦笑いを浮かべながら僕の問いに答える。

 …あれ…?

その返答を耳にした直後、僕は違和感を覚える。

父のいる個室に入ってすぐは気付かなかったが、窓際にうっすらと人影が見えるのだ。瞬きを数回してから目を凝らすと、それは人間の男性の姿に見える。

「…父さん。僕以外に、面会に来ている人がいたのなら、そう言ってくれればいいのに…」

僕は、ため息交じりでそう述べた。

この時、僕の視線は父に向いていたので解らなかったが、窓際にいた人物はフッと嗤っていたのである。

「すまんな、朝夫。彼は、プライベートでの友人で、今日はお見舞いに来てくれたんだ」

「はじめまして、朝夫君。俺は、テイマー・K・ラスボーン」

「…どうも…」

父は、穏やかな表情を浮かべながら、窓際にいた人物を紹介する。

すると、テイマーと名乗る男は自身の名を名乗った。

 …父さんよりも、かなり年下…。むしろ、僕の年齢に近いように見える。職場の後輩とかなら逆に納得するが、プライベートの友人っていうのも変なかんじが…

僕は、相手の自己紹介に聞き耳を立てながら、そのような事を考えていた。

少し暗めの茶髪に碧眼を持つテイマーという男性やつは、流暢な日本語を話すので気付かなかったが、外見からするとヨーロッパ系の白色人種だろう。後になって、彼の生まれはイギリスだと知る事になるのであった。


「…さて、道雄。彼に、本題を話しても…?」

自己紹介を終えたテイマーは、父に伺いをたてるように尋ねる。

「…そうだね。わたしがこの状態だから、致し方ないか…」

テイマーの台詞ことばを聞いた父は、ため息交じりで答える。

返答を確認した碧眼の男は、一呼吸置いてから口を開く。

「まず、結論から先に言うと…望木 朝夫君。君には、お父さんに代わって、とある学校の講師をお願いしたい」

「……は…!?」

突然の申し出に対し、僕は目を丸くして驚く。

当然、二人は僕の反応は当然の反応ものだと感じているだろう。驚いている僕を見かねた父は、閉じていた口をゆっくりと開く。

「朝夫。今は“どうして自分が”と思っているだろうから、そこはわたしから説明しよう。そのためにはまず、ライブリーを“呼び出して”くれ」

「ライブリーを…?」

父親からの指示に対し、僕は首を傾げる。

しかし今は、事態を把握するためにも従った方が良いと思い、僕は自身のスマートフォンを取り出す。指紋認証でロックを解除した後、父が昔作ってくれたアプリケーションを立ち上げる。指で器用に操作している様を、テイマーは黙って見守っていた。

「…“四面楚歌”」

アプリを操作する中、音声入力が必要な場面があったため、僕は指定された四字熟語を読み上げる。

すると、左腕にはめているMウォッチから白い光が現れ、何もない場所から“人”が現れる。淡いピンク色のロングヘア―を持ち、チェックの入ったシャツワンピースを身に着けた少女――――――ライブリーだった。

「おぉ、これが“電子の精霊”…!!具現化した姿は初めて見たよ…!」

ライブリーの姿を見たテイマーが、拍手をしながら嬉しそうな笑みを浮かべる。

『あら、道雄。久しぶりね!』

「あぁ、ライブリー。久しぶりだな」

父の姿を確認したライブリーは、旧知の仲であるように父と話す。

「さて、朝夫。話の続きだが…。お前が学生の頃から一緒だった、ライブリー。彼女らは総称して、電子の精霊であると教えたのは覚えているかな?」

「……そうだっけか?…」

父からの問いかけに対し、僕は首を傾げる。

その表情かおを見た父は、苦笑いを浮かべる。どうやら、僕が忘れているだけで、かつて父はライブリーらについて説明しているのだろう。

「まぁ、パソコンやスマートフォン。あとは、今使っているMウォッチ等の操作する手助けをしてくれるから…“電子の精霊”なんて言われれば、納得するだろうけど…」

僕は、まるで独り言のように小声で呟く。

「…わたしが一から開発し、与えたそのアプリケーション。朝夫おまえの声が鍵になるよう設定してはいるが、わたしやお前のように電子の精霊を具現化し使役できる魔術師というのは、かなり希少な存在なんだ。そして、ライブリー達はその特性上、情報機器の扱いやネットワーク上での情報収集が得意だ。だから…」

「…って、ちょっと待った父さん!!」

父が説明する中、思いもよらない単語ことばが出てきた事によって、僕は途中で話を遮ってしまう。

「今、何気なく“魔術師”って単語が出てきたけど…本気で言っているの??」

僕は、言っている側から自分の頭が少し混乱してきているのを実感していた。

「この空気の中で冗談は言わないよ、朝夫。信じられないかもしれないが、お前もわたしも…そして、そこにいるテイマーも、れっきとした魔術師だよ。旧き時代よりはかなり減っているが…」

「なっ…!!」

父は、真剣な眼差しで僕を見つめながら述べる。

その表情かおから察するに冗談ではないのは一目瞭然だったが、この時の僕はまだ自分が数少ない存在である実感が全く湧かなかったのであった。

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