二日目(7)
「くしゅんっ!!」
アスマが唐突にくしゃみをした。王城の前まで移動する竜の模型について、王城の前まで歩いている最中のことだ。
ベルが目を向けると、アスマは鼻を啜りながら、周囲に目を向けている。
「風邪か?馬鹿なのに」
「いや、多分誰か噂してるんだよ…馬鹿って言った?」
「気のせいだ。お前の噂か…」
「まあ、そういうお祭りだから、あり得るんじゃない?殿下の噂の一つくらいあるよ」
「もしくは、例の別の世界から来た女かもしれないぞ…?」
アスマを脅かしたい気持ち半分、実際にそう思った気持ち半分でベルはそう言ってみたのだが、それは釣り餌として十分過ぎたみたいだった。
ベルが釣ろうとしていたアスマよりも大物が釣れてしまう。
「どこかにいるのですか!?」
突然叫び出したのは、アスマ達の少し後ろから、全体を見回すように警戒していたシドラスだ。ベルの一言に反応する形で、周囲に対する警戒心を全開にしていた。
「ちょっとベル婆。可哀相だから、やめてあげてよ」
「いや、本当に申し訳ない。そんなつもりじゃなかった」
ベルが罪悪感に苛まれる頃、ベル達は王城の前に辿りつく。竜の模型は未だ大通りを突き進んでいる最中で、ベル達が辿りついた時はまだ遠くに小さく見える程度だったのだが、その時点で王城の前には埋め尽くさんばかりの人がいた。
「多いな…」
「まあ、ここが二日目の終着地点だからね。最後を見たい人達は先回りしているんだよ」
「そういえば、壊すって言ってなかったか?」
「ああ、うん。そうだよ」
「あんなに立派な物を壊すのか…」
「まあ、壊すって言っても、実際に破壊するわけじゃないよ。あれを構成するパーツに紐が結ばれていて、それを切ったら、壊したみたいに分解できるんだよ。落下の衝撃で壊れるパーツもあるけど、概ね翌年も使えるよ。大体、三年くらいは使っているんじゃないかな?」
「何だ…意外とせこいな」
「知恵だよ。大工の知恵。せこいって言わないで」
「ああ、うん。そういうことにしておこう」
「譲ったみたいな言い方が気になるなぁ」
ベルとエルが話している間にも、竜の模型は王城に近づき続け、ついには王城の前に達するに至っていた。エルの話では、ここであの竜の模型を壊すはずである。
そう思ったところで、ベルは誰が壊すのかという話をエルがしようとしていたことを思い出した。役目とかどうとか言っていた気がする。
確かその時はアスマが腕を引っ張ってしまって、誰がその役目を負ったのか聞けなかったのだ。
「なあ、エル。あれを壊すのは誰って言おうとしたんだ?」
そう聞いた瞬間、やはりエルの表情が悪くなる。嫌いな食べ物を前にした子供のようだ。
「さっき言ったよね?あれは元々、竜じゃなかったって」
「ああ、何だっけ?悪魔だっけ?」
「そう。元々、あれは悪魔の形をしてたんだけどね…」
エルがそう言い始めたところくらいから、王城の前が騒がしくなる。エルの話を聞きながら、ベルが王城の前に目を向けると、誰かが姿を現したようだ。
誰なのかと思い、ベルが目を凝らした瞬間、エルの言葉が聞こえてくる。
「今はその悪魔が壊す側なんだよ」
竜の模型に立ちはだかっていたのはブラゴだった。その姿にエルの表情の意味を理解したベルは堪え切れない笑みを浮かべる。
「ああ、そういうことか…」
「本当…何でこんな祭りの最中にあいつの顔を見なきゃいけないんだろうね…」
「そう思っているのはお前くらいだと思うけどな」
「そんなことないよ。他にもいるよ、きっと」
「ああ、アスマを狙っている例の女とか…」
「いるのですか!?」
再びシドラスが反応したことに、ベルとエルが苦笑いを浮かべる。二人の隣では、あのいつも騒がしいアスマが一言も発さずに、キラキラとした目で竜の模型を見ている。
そこで王城の前にブラゴの声が響き渡った。
「我が剣を以て王国に降りかかる邪を祓わん!!」
「うーわ…芝居がかっちゃって…」
「茶化す友達みたいだな」
「あんなやつは知り合いでもないよ」
剣を構えたブラゴはゆっくりと竜の模型に近づいていた。エルの話では竜の模型を構成するパーツに紐が結ばれていて、それを切ることで分解できるはずだ。
それがどのように見えるのか分からないが、本当に壊したように見えるのなら、ベルは少し興味があった。もしかしたら、これもブラゴの腕の見せ所なのかもしれないとも思う。
「あれって、紐の切り方で壊れ方とかも変わるのか?」
「ああ、うん。だから気をつけないと、周りで見ている人のところに行くからね。多分、それで悪魔がやっている部分もあると思うよ」
「それだけじゃないのか?」
「一番の理由は王国最強の騎士だからね。王国を守る騎士の中でも、一番強い騎士っていうのは、こういうところで見栄えがいいものだから」
「そういうことか…」
竜の模型の前で一度立ち止まったブラゴが剣を構えた。これから、飛びかかろうとしていることがその構えから分かる。ベルはあまり鋭い方ではないので分からないが、見る人によっては殺気まで感じるのかもしれない。
いつのまにか、周囲の騒がしさは消えていた。竜の模型に飛びかかったブラゴの勇姿を一瞬も見逃さないように、誰しもが息を止めて、目を凝らしているようだ。ベルもその空気に飲み込まれて、つい息を止めて見入ってしまう。ブラゴはただ止まっているだけなのに、それくらいの力があった。
ついにブラゴが動き出そうとした。踏ん張った足に力が入る様子や、構えた剣が微かに動く様子が見て取れて、そのことが分かる。
しかし、それよりも先に動き出したものがあった。
それがブラゴの前にある竜の模型である。竜の模型の各部が微かに動き始め、飛びかかろうとしていたブラゴは一度動きを止めた。
「おかしいね…」
隣からエルの声が聞こえてきた。ベルがエルに目を向けると、不可解そうに竜の模型に目を向けている。
「もうあれが動くことはないはずなんだけど…」
「どういうことだ?」
「大通りを一周して、王城に戻ってくるくらいの魔力しか入っていないはずなんだよ。それ以上、動けるはずがないんだ」
「じゃあ、何で動き出したんだ…?」
「さあ?何でだろうね…?」
エルが首を傾げている間にも、竜の模型の各部の動きは大きくなっていた。ブラゴが竜から少し距離を取り、その動きが最終的にどうなるのか見定めようとしている。
「奇妙ですね…」
周囲を警戒しているばかりだったシドラスまで、王城前の様子に異変を感じたようで、怪訝げに目を向けていた。
ようやくベルも異常さに勘づき始めたところで、竜の動きが一瞬止まった。そのことに人々が身を乗り出す勢いで目を凝らした瞬間、それら竜の各部が崩壊した。
壊れた隙間から、石のような何かが姿を見せている。それが何であるのか見ようとするよりも先に、その石のような何かが動き出し、長い姿を見せてくる。
「石の…あれは腕か…?」
「あれ?おかしいな…?」
「どうしたんだ…?」
「いや、あれはね。ゴーレムだよ。魔物の」
エルの言うところのゴーレムや魔物をベルは知らなかったが、少なくとも普段の祭りにそれらが関わっていないことだけは分かった。周囲で同じように見ている王都の人々がベルと同じ表情をして、ゴーレムを見ているところからもそれは正しいようだ。
「シドラス君…」
「はい。分かっています」
エルが小さくシドラスに声をかけると、シドラスが近くにいるアスマを軽く引っ張った。ベルもエルに引っ張られ、耳元で囁かれる。
「俺やシドラス君から離れないように…」
「え…?」
ベルがそう聞いた瞬間、竜の模型から飛び出したゴーレムの腕が周囲に集まった人々の前まで迫った。ゴーレムの腕が地面を抉る様子に、普段とは違う状況も相俟ってか、人々の恐怖は高まっているようだった。
「来るね…」
エルが小さく呟いた瞬間、どこかで誰かが叫んだ。そのたった一つの叫び声が連鎖して、人々の間を瞬く間に恐怖が広がっていく。
それは大きな混乱を生み、いつのまにか激流のようなパニックが起きていた。ベルは自分を掴んだエルに近づき、この激流の中で逸れないようにする。アスマもシドラスに必死に掴まれて、何とか逸れずにいるようだ。
「ちょっと危ないね…くれぐれも、ベル婆……」
「ああ、お前のことだから、そうだろうな。分かっている」
「ありがとう…」
「エル様。ゆっくり移動しましょう。この混乱の中なら、うまく隠れられるはずです」
「いや、それはどうだろうね」
そう言ってエルが前方を指差した。竜の模型から飛び出たゴーレムは四体いたみたいなのだが、その中の一体がこちらに歩いてきている。
「狙いは俺達みたいだよ」
「これも例の女の仕業なのか…?」
「かもしれないね…」
エルが諦めたように呟き、シドラスが剣の柄に手を伸ばす。周囲にいた人々は大通りから姿を消し、残されたのはベル達四人だけのようだった。
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