二日目(5)

 気づいたら、ベル達は人に囲まれていた。別に今回の祭りの主役であるアスマを見に来たわけでも、シドラスやエルのファンが集まったわけでもない。


 どうやら、頑なに教えてくれない二日目の目玉が始まるようで、それを見るために大通りに人が集まってきたらしい。合図があったわけでもないのに、時間になったら全員が集まるくらい、これから行われることは人の目を引くようだ。

 それはずっと言われていることだが、この時になるまでベルは実感していなかった。何が起こるかも教えてくれないのに、実感が湧くはずがない。


「こんなに人が集まるんだな」


 ベルが驚きの言葉を漏らすと、隣でアスマがニンマリと笑った。その笑みがベルの癇に障る。


「何だよ、その笑みは」

「いーや、ただ楽しみなだけだよ」

「これから始まることが?」

「ううん。ベルがどんな反応をするのか」


 アスマの言葉にベルが眉を顰めたところで、ゆっくりと遠くの方から、小さな騒めきのようなものが届いた。

 思いの外、静かな立ち上がりだが、どうやら始まったようだ。まだ何が始まったかは分からないが、そのことだけは分かる。


「来ているね」


 騒めきの方角を見つめながら、エルが呟いた。エルに目を向けてみると、目の前に小さな毛様を作り出している。

 それが術式であることはベルも知っているのだが、この場所で魔術を使っている理由が分からない。


「何をしているんだ?」

「見ているんだよ」

「何を?」

「あれを」


 エルが騒めきの方角を指差した。騒めきは未だ遠く、ベルは何が起きているのか察することもできていないが、それを見ているのかと一瞬思ったところで、ベルは気がついた。


「まさか、この距離で見れるのか?それを使うと」

「うん」

「何か狡いな」

「狡いって言わないでよ。正当なる努力の結果だよ」

「お前が努力をしている姿が想像できない」

「まあ、してないけどね」

「やっぱり、狡いじゃないか」


 ベルとエルが話している間に、騒めきはすぐそこまでやってきたようだった。


「あ、来た!!」


 そう言って騒ぎ出したアスマの雰囲気から察するに、もう見えているらしい。


 しかし、ベルには問題が一つあった。

 圧倒的に身長が足りていないのだ。人混みの中では何があるのか見えず、騒ぐアスマと違って苛立ちしか覚えない。


「おい、アスマ。私を負ぶれ」

「大丈夫だよ。もう見えるから」

「いや、今すぐ…」


 そこまでベルが言いかけたところで、アスマ達が見ている物がベルの目にも入った。

 その瞬間、呼吸も忘れてベルは固まってしまう。


…?」

「模型だけどね」


 大通りの端から端まで届きそうなほどに広がった翼を持つ竜の模型が動いていた。その大きさは誰しもが同じくらいに見上げるほどで、正に竜そのものと思えるほどの迫力だ。


「凄い…」

「だよね。あの大きさを魔術で動かしているんだよ。テレンスさんが監修しているんだけど、かなり面倒な術式の組み立てをしないといけないはずなんだよね」

「いや、そういうことじゃなくて、竜の迫力というか」

「ああ、でも実際の竜より翼は小さいんだよ。もっと大きいんだけど、そうしたら大通りを通らなくなるから」

「いや、そういう話も聞きたいんじゃなくて…エルはあれだな。たまにダメになるな」

「アハハ…ベル婆、それは意外と傷つくよ…」


 大通りを突き進む竜の模型と一緒にベル達は移動し始めた。大通りを突き進むには人通りを分けていく必要があるので、ベル達は一度大通りから出て、竜の模型の進む先に先回りしておくことにする。


「ていうか、あれはどこに向かっているんだ?そもそも、どうして大通りを動く必要があるんだ?」

「あれは悪いものの象徴なんだよ」

「悪いもの?」

「そう。病気とか天災とか、そういった類のものだよ。その象徴であるあれを王城前で破壊することで、王国の更なる繁栄を祈願するんだよ」

「その象徴が竜だったのか」

「まあ、元々は悪魔の模型だったんだけどね。四、五年前だね、変わったのは。ベル婆も知っていると思うけど、この国は、竜と関わっているから、あの方が相応しいっていう話になったんだよ」

「確かに竜はあまりいいものではないな…」


 ベルが少し俯きながら呟いたことに、流石のエルも動揺したのか頭を掻きながら困惑した顔をしていた。


「ほ、他にもいろいろと変わっていて、ずっと昔は王国の繁栄じゃなくて、豊穣を祈願していたらしいよ。それに他にも…」


 そこでエルは何かを思い出したようで、困惑よりも濃い嫌悪感を表情に出した。少し俯いていたベルにもその変化は伝わり、どうしたのかと思ってエルの顔を見上げてしまう。


「他にもあれを破壊する役目とか変わっているんだよ。あれを王城前で破壊して邪を祓う役目を今、負っているのが……」


 そこまでエルが言い出した瞬間、大通りへと続く道を見つけたアスマがベルの腕を引っ張った。


「ちょっ…!?急に何だ!?」

「そこから、また見れるよ!!行こう!!」

「お前は何で、そんなにテンションが高いんだ!?毎年見ているんじゃないのか!?」

「毎年見ても凄いものは凄いの!!」


 アスマがベルの腕を引っ張って急に走り出したためか、それまで黙って周囲を警戒していたシドラスが急に怒り出した。


「ちょっと殿下!!無闇に動かないでください!!」


 しかし、そんな声は既にアスマに届いておらず、結局エルとシドラスも一緒に走ってくることになっていた。

 その途中、エルはシドラスの様子に苦言を呈していた。


「警戒するのもいいけど、少しは祭りを楽しみなよ。そういう態度は周りのテンションを下げさせるよ」

「下がってますか?」


 そう言いながら、シドラスがアスマを指差した。エルは何も言えずに黙りこくっている。


「……まあ、そういう例もあるってことだから。そんなに警戒しないでも、物騒なことはそうそう起きないよ」

「そう楽観的に考えること自体が危険です。今、こうしている間にも、何かが起きようとしている。もしくは起きているかもしれないんです」

「いや、流石に考え過ぎだと思うよ」


 エルが何を言ったところで、シドラスの一種の病気は治りそうになかった。

 そもそも、悪いものでもないので、取り敢えずは放置しておくことにする。


 そう決めたところで、エルとシドラスがベルとアスマの背中に追いついた。


「ほら、やっぱり凄いよね」

「お前の声が?」


 その会話が聞こえてきた瞬間、エルは不意を突かれた形になり、思わず笑ってしまっていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 アサゴが男を連れて大通りに出てからしばらく、騒めきと共に竜の模型が目の前に現れた。アサゴの隣で男は感嘆の声を漏らしている。竜はそれほどまでの迫力を有していることをアサゴは改めて実感する。

 竜に合わせて移動している人も多いようで、竜が目の前を通り過ぎると、アサゴ達は人混みに流され始めた。ゆっくりと歩幅を合わせながら歩いていると、男がアサゴに聞いてくる。


「用事は大丈夫なのですか?」


 そう聞かれたことでアサゴは時間を確認したくなったが、狭い人混みの中で時計を出すことは難しそうだった。

 このまま流されていても、最終的に王城前に辿りつくかもしれないが、できれば急ぎたい気持ちは強い。


「そろそろ行きたいので、できれば抜け出したいですね」

「それなら、こちらに」


 そう言って、男がアサゴの手を引っ張ってくれた。うまく人混みから抜け出せるように誘導してくれている。


「す、すみません」


 アサゴが謝罪の言葉を口にしたところで、アサゴは流れる人混みからの脱出に成功する。そこで改めて礼を告げようとしたが、それよりも先に男の視線に気づいた。男はまっすぐにアサゴを見ている。


「どうしたんですか?」

「いえ…失礼ですが、目的地はどちらで?」

「王城です」

「王城…」


 一瞬、男の視線が鋭くなったような気がした。それは本当に一瞬のことなので、もしかしたらアサゴの気のせいかもしれない。

 そう思っているところで、男の表情が綻んだ。


「すみませんが、そこまでご一緒しても?」

「王城まで?」

「ええ。ダメでしょうか?」


 アサゴとしては王城に用事があるだけで、途中まで男がついてくることに問題は何もない。急ぎたい気持ちはあるが、別に時間が決まっているわけではない。単純に仕事もあるので、急げるなら急ぎたいくらいの気持ちだ。

 そう考えると、アサゴは特に断る理由もないので、男の同行に首肯していた。


「いいですよ」

「ありがとうございます」


 アサゴは男と一緒に王城に向かって歩き出した。大通りは人が多く、真面に歩くこともできないので、主に路地裏を歩いていくことになる。

 その間、少しの隙間から大通りを歩く竜の模型を見ることができた。男は隙間から、それらを眺めて、再び感嘆の声を漏らしている。


「実際の竜もあれくらいに大きいんですかね?」

「どうなんですかね?実際に見た人なら分かるんでしょうけど、十七年前はこの国にいなかったんで分かりませんね」

「別の国から?」

「ああ、まあ、そんなところです」


 それはアサゴなりの精一杯の誤魔化しだったが、男の怪訝な目は消えそうになかった。

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