ジョゼフ・オープンショー?

 おいおいホームズ、「五個のオレンジの種」のことを忘れたのか?

 あの事件の依頼人、ジョン・オープンショー青年の父親がジョゼフさ。

 ウォリックシャーのコヴェントリに小さな工場を持っていて、自転車の耐久タイヤを発明して、一財をなした人物だよ。



【ネタばらしコラム】


 !!!注意!!!


 この先、「五個のオレンジの種」の内容に触れます。未読のかたはご注意ください。



(この先、ネタばらし含む)


 シリーズ中にいくつかある名探偵の“失敗”を描いた物語。伯父、父と続くオープンショー一族の不審死をホームズは防ぐことができなかったのです。

 書く立場からすると、悲劇的な結末を迎えたほうがドラマチックだったからホームズは生みの親のドイルにより失敗させられたのではないか、と推測できます。

 ホームズものの基本ラインは謎解きと奇談のハイブリッド。今回は奇談の比率が大きく、推理の印象は薄いです。三通の脅迫状の消印の推理など、ホームズらしい推理はあるのですが、推理が光る場面はここくらい。犯人一味が完璧に偽装事故を演出し、うち二つは過去の事件、残る一つの事件現場にもホームズは乗り込まないので、お馴染みの「虫眼鏡片手に地面に這いつくばる」推理が封じられているのです。

 オープンショーの死を防げなかったことで、我らが名探偵は過激な手段に訴え出ることになります。犯人たちの「オレンジの種を送りつける」という脅迫の儀式をそっくりそのまま相手にやり返し、死の恐怖を与えるのです。

 第一短編集なので、作者や読者のなかでホームズという人物像がどれくらい定まっていたかは、現代の読者である私は資料にあたるか想像するかしかできません。もしかすると、ドイルはホームズには「目には目を歯に歯を」的な復讐をするほど暗い一面もあるのですよ、と示したかったのかもしれません。

 さて、ホームズの復讐はどうなるか。依頼人を救えなかったのに続き、またしてもホームズは失敗します。脅しの手紙が届く前に、犯人一味は事故で命を失うからです。結果としてホームズに復讐させなかったあたりに、作者ドイルの良心のようなものを感じます。

 いやいや、ホームズとワトソンは被害者に同情して、結果として復讐に加担することになった物語はあるじゃないか。そんな声も聞こえてきそうです。

 ネタばらしを防ぐためにぼかした表現になりますが、ホームズの復讐の加担は“犯罪行為を見逃す”や“犯罪者を積極的に助けないあるいは結果として助けられない”ことであり、犯人に自ら直接的な行動で復讐を果たそうとするのは、レアなケースだと感じるのです。

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