星降る畑
夢咲香織(ユメサキカオリ)
第1話 水汲み
今年の夏は猛暑であったが、早朝はまだ幾分か涼しかった。とはいえ、昼間に比べたら涼しいのであって、体感としては既に十分暑かった。
「おい、ハナさん。俺は水汲みするんだからね。邪魔しないでくれ」
緑色の手押しポンプを押して、バケツ一杯に水を入れると、風呂場まで運んで湯船に開けた。ハナが湯船の縁に登って、じっと水面を見つめている。ゆらゆらと光の青白い網がハナの体に写り込んで、不思議な模様を作っていた。
「落ちても知らんぞ」
風呂が一杯になったら、次は台所の水瓶だ。涼太の腰まである陶器の瓶が冷たい井戸水で満たされていく。涼太は独り暮らしのため、一日の水はこれで事足りるのだった。
水汲みが終わると弁当をこしらえて、涼太は畑へと向かった。山間を開墾した畑には、トマトや茄子などが植えられている。この畑には、彼の祖父の話によれば、大昔に天女が降り立って御先祖に野菜の種を渡し、『村人を天へ送るため』に畑を作って野菜を育て、村人に分け与えるようにお願いした、という伝説があった。
「だからワシらは、畑を続けなけりゃならん」
これが祖父の
涼太には母が居なかった。涼太が幼いときに父の
父と母がいなくなってから涼太は祖父母と畑仕事をして暮らしていた。子供の頃、母のことを寅吉に訊ねたら、烈火のごとく怒り出したので、それ以来母の事は訊かなかった。涼太が中学生の時に祖母のサキが亡くなり、それから数年経って寅吉が亡くなった。以来涼太は独りだった。いや、ハナがいた。数年前に何処からともなく現れて、涼太の家に住み着いたのだった。ハナは時々涼太の畑へ様子を見にぶらりとやって来る。今日もハナは畑へやって来た。
「おう、ハナさん。また見に来たのかね?」
涼太が声をかけると、ハナはゴロリと地べたへ仰向けになった。まるでオセロの様に、黒い背中が白い腹に入れ代わる。
「よしよし、何だかお前さん、犬みたいだぞ」
涼太はハナの腹を撫でながら笑った。
「ハナも来たことだし、ここらで休憩するか」
巨大な楠の木陰へ腰を下ろし、涼太は黄色い包みをほどいて弁当を広げた。木の芳香に握り飯の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます