第22話

「さて、そろそろ、話題を変えよう」真昼は立ち上がって、軽く伸びをした。本当は、身体が固まっていたわけではないから、伸びをする必要はない。ジェスチャーによって、その行為に意味があると思わせようとしている、と考えられる。


「話題とは、何?」


「うん? だから、話の内容を、変えよう、という提案のつもりなんだけど」


「どうして、変える必要があるの?」


「行き詰まってきたからだよ」


「分かった」


「やっぱり、流れとか、そういうのは気にしないで、とにかく、行き詰まったら別のことを始める。これに限る、と僕は思うんだ。行き詰まったままだと、もう、どうしようもなくなるけど、内容を変えてしまえば、次のことに進めるからね」


「うん、そうかも」


「で、君は、何か、話したいこととか、ある?」


「君が決めていいよ」月夜は首を傾げた。


「うーん、そう言われてもね……。僕は、閃きとか、発想とか、そういうのに優れていないからなあ……」


「私も、特に優れてはいないと思う」


「あ、じゃあ、最も効率の良い睡眠の仕方、というテーマで話すのはどうかな?」


「早く布団に入って、早く起きるのが、最も効率の良い睡眠、だと思う」


「話し合う前から、答えを言わないでよ」


「ごめんね」


「でも、まあ、それは、そうかもしれないな」


「君は、眠るのは好き?」


「まあ、嫌いじゃないけど、どちらかというと、あまり積極的には眠りたくないね」


「どうして?」


「なんていうのか、ちょっと言い方が悪いけど、端的に言えば、人生を無駄にしている感じがするから、かな」


「睡眠は、生きるうえで必ずしなくてはならないから、人生を無駄にする原因には、なりえないと思う」


「そうだけど、それでも、やっぱり、そんなふうに考えてしまってさ。君も、そういうことって、ない?」


「そういうことって、どういうこと?」


「日常的な行いが、無駄に感じられてしまう、ということ」


「ない」


「あそう」


「私は、眠るのは、好きだよ」


「そうなの?」


「うん、そう。特に、君と眠るのが、好き」


「あ、それ、なかなか危ない発言だね」


「何が危ないの?」月夜は本気で首を傾げる。


「いや、別に危なくはないけど……」


「誰かと一緒に眠ると、その人の体温が伝わって、温かくなって、眠りやすくなるから、それは、私の利益になる。だから、嬉しく感じるし、安心もするから、生物的な欲求が満たされて、好き、という感情が生じる」


「あまり、そういう論理的な分析は、しない方がいいよ」


「そう?」


「うん……。分析とか、解析というものは、細かくしすぎると、もとの意味がなくなってしまうからね。形があるものは、そのままの状態で留めておかないと、正しく認識できなくなってしまう」


「そう……」


「あれ? 何か、落ち込んでいるの?」


「落ち込んではいないよ」


「じゃあ、どうしたの?」


「ん? 何が?」


「僕の見間違えかな」


「人間は、常に見間違えをしているよ」


「いやいや、そういうことじゃなくてさ」


「じゃあ、どういうこと?」


「眠るのが好き、と君は言うけど、じゃあ、食べるのは、どう?」


「あまり、好きじゃない」


「どうして?」


「美味しい、と感じるのが、一瞬だから」


「睡眠だって、気持ちが良い、と感じる時間は、あまり長くないじゃないか」


「比較的、長い。そして、眠っている間は、意識を失っているから、余計なことを考えなくて済む」


「まあ、結局は、個人的な好みだね」


「うん、そうだよ」


「僕は、どちらかというと、眠るよりも、食べる方が好きかな」


「どちらかというと、ということは、特別好きではない、ということ?」


「うん、まあね」


「そっか」


「あ、じゃあさ、残された、もう一つの欲求については、どう?」


「あまり、好きじゃない」


「うん、それは、僕も同じだよ」


「でも、それがなかったら、人間の文化は、ここまで発展しなかった、とは思う」


「たしかに、そうかもしれないね」


「生き物だから、仕方がない」


「仕方がない、という理由で、君は、それを許せる?」


「仕方のないことは、なんでも許せるよ」


「心が広いね」


「そう? 君は、許せないの?」


「僕は、あまり許せないかもしれない」


「あまり、というのは、どれくらい?」


「それ、言うだろうな、と思ったよ」


「思う、というのは、意識的?」


「準意識的、じゃないかな」


「君も、充分、心が広いと思うよ」


「君ほどじゃない、と思っているけど」


「うーん、それは、どうかな……」


 月夜は下を向き、真昼は上を向いた。目を合わせなくても、人の会話は成立する。そして、感情もきちんと伝わる。目で見えるものがすべてではない。月夜の場合、真昼の姿が見えなくても、彼がそこにいる、という事実が成立してさえいれば、それで良いと思っていた。だから、目を瞑っていても、彼がそこにいるのなら、それで満足だ。しかしながら、人間は、まず、目に見えたものを最重要の情報として処理するから、そもそも、そこにいる、ということを確認するためには、やはり目で見て把握するしかない。だから、彼女の考え方は少しおかしい。順序がきちんと整理されていない、ということだ。

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