6章ー2:屋上への呼び出しと、決闘の交渉
すぐに動けるよう思考を単純化し、【ヴァルキリー】小隊を見据える舞子。
こういう時に限っていつも学校の教官は現れず、舞子は運に見放されているように感じていたが、よくよく考えてみれば、今の自分は学校の評判を落とした問題児という扱いであるため、傍を通っても教官が好意的に助けてくれるかどうか疑問であった。
【ヴァルキリー】小隊は、学校内では優等生を気取っており、魔法未修者を見下す点さえ除けば、非常に優秀である。
依頼所での実績も高く、対外的に学校の評判を高めることが多いため、教官の受けも良い。
仮に教官がこの状態を
本来であれば、舞子も魔法未修者という枷に負けず、学科主席にまで登りつめた優等生であるため、2日前までは教官達の信頼も厚く、こういう状態の時でも教官の援護が相応にアテにできていたが、学校に汚点を付けた生徒という評価を得た今は、教官達の多くが舞子のことを優等生の皮をかぶっていた問題児として見ている。
このために、問題児を叱る本当の優等生という構図ができ上がり、舞子の方に問題や責任があると思われてしまうのである。
舞子の方に原因があると疑われるくらいであれば、まだ生徒達だけの今の方が、余程都合が良かった。
いつでも魔力を発せられるよう、臨戦態勢を取りつつ、冗談めかしてそういうことを舞子が考えていると、【ヴァルキリー】小隊の隊長、眼鏡少女が不愉快極まる様子で口を開いた。
「ふん! 今の私は急いでいますの、皆さん、行きますわよ!」
「はい!」
「はい、お嬢様。歌咲舞子、今回は見逃す……それと、これを読め!」
亜人と日本人との間に生まれたのか、体格に恵まれて、額に2本の小さい
受け取った舞子が紙きれを広げてみると、昼休みに屋上で話がある、とだけ書いてある。
『そういうことです。すっぽかしたら許しませんからね』
【ヴァルキリー】小隊の後ろ姿を見送り、ポカンとする〔魔法楽士〕学科の魔法予修者達。
「ま、待ってください、恋火様!」
立ち去った【ヴァルキリー】小隊の後を追うように、魔法予修者達がワタワタと廊下を走って行った。
自分に敵意を持つ者達が一斉に視界から消えて、舞子もホッとしたようにため息をつく。
「危機一髪でした。私の魔力を察知して、いち早く逃げたという所でしょうか? いや、でも取り巻きからの敵意は随分と感じましたが、【ヴァルキリー】小隊からは、いつもの激しい敵意をあまり感じませんでしたね? 命彦さんの保険のお蔭でしょうか?」
手に残る紙きれを見て、舞子は考える。
(これ、私は行くべきでしょうか、命彦さん?)
舞子は教室に戻ると自分の席に着席して、静かに脳裏で命彦へ疑問を発し、悶々としていた。
その後はどうにか平穏に時間が過ぎ、昼休みを迎えた。
舞子が母の手作りであるお弁当を1人寂しく食べ終えた頃、あの角持ち少女が教室前に現れる。
教室にいる女生徒全員の視線を舞子は集めた。止むを得ず、席を立って教室を出る。
「……逃げる暇もありませんね」
「当然だ」
互いの距離を確かめつつ、少し離れて歩く角持ち少女の先導で、舞子は校舎の屋上まで連れて行かれた。
教室内の女生徒達は、気の毒そうに舞子を見送る者と、舞子を嘲り笑う者とに2分されていた。
校舎の屋上には小さい菜園があり、本来は生物部の女生徒達が水巻きをしているのだが、【ヴァルキリー】小隊に追い出されたのか、小隊以外の女生徒達の姿は皆無であった。
「来ましたわね?」
【ヴァルキリー】小隊の小隊長、魔法具の眼鏡を装備する少女が口を開く。
「ええ。逃げる理由もありませんから」
挑むように舞子が返すと、【ヴァルキリー】小隊の面々が苛立つ表情を浮かべた。
そして、小隊を代表するように眼鏡少女が言う。
「……今すぐその減らず口を塞いであげたいところですが、今回は許しましょう。少々聞きたいことがあるのですよ」
「聞きたいことですか、私に?」
「ええ。あの男、【魔狼】小隊の小隊長が私達に仕込んだ呪詛についてです」
眼鏡少女の言葉を聞き、舞子はハッとした。命彦から送られた電子郵便の内容を思い出す。
「命彦さんから呪詛を受けた日以降、迷宮に潜って魔獣と戦ったんですか?」
「っ! 知っているのですね、この呪詛の力を!」
喰い付いた【ヴァルキリー】小隊の面々に舞子は驚いた。
「い、いえ、呪詛のことについては知りませんよ。貴方達から接触があるかもと連絡を受けて、こう答えろという風に指示を受けていただけです」
「その指示とは?」
「お前達が感じるモノは全て、〈悦従の呪い蟲〉による加護だ、と……」
角持ち少女が威圧的に問うので、精一杯の虚勢で負けじと舞子が言い返した。
すると、眼鏡少女が確認するように問い返す。
「加護……あの男は本当にそう言ったのですね?」
「え、ええ。ポマコンにそう文面で着信がありますから。見せましょうか?」
舞子がそう言うと、眼鏡少女は横に首を振った。
「いいえ、結構です。しかし、加護とは……」
「ややこしい真似をする」
「ホント嫌らしい性格をしていますわ」
「場合によっては加護ともとれる効力、忌々しい」
【ヴァルキリー】小隊の面々が話し合うのを見て、舞子が問いかける。
「……あの、加護とはどういうことですか?」
「自分の小隊長に聞けばよいでしょう? 聞きたいことは聞きました。行きますわよ!」
「え、や、しかしお嬢様! 呪詛は外すべきだとさっきまで……」
「呪詛は外すべきです。しかし加護は別。もう一度考える必要が出て来ました」
「お嬢様に呪詛は相応しくありません! すぐにでも外すべきです!」
「この呪詛の効力をもっと知った上で、その判断を下すと言っているのです」
「あ、お嬢様! お待ちください!」
慌ただしく去って行った【ヴァルキリー】小隊の4人の少女達。
ポツンと屋上に残された舞子は、怪我せず無事に話が終わったことにホッとしつつ、命彦の使った魔法具による呪詛、〈悦従の呪い蟲〉について考えた。
「どうも話を聞いた限りだと、〈悦従の呪い蟲〉には呪詛以外の力があるみたいですね? 命彦さんに確かめましょう」
舞子はそう独り言を言うと、屋上を後にした。
人工知能の講師による一般教養課程の授業が全て終わって、舞子は教室で帰る用意をしていた。
昼休み、無事に舞子が帰って来て、心底がっかりしている様子の魔法予修者の集団も、今はさっさと帰ってしまい、他の子達も【ヴァルキリー】小隊に目を付けられている舞子との関わりを避けるように、そそくさと教室を出て行ったため、舞子は1人残った教室で、ようやく平穏の時間を過ごしていた。
しかし、その舞子の平穏を邪魔するように、【ヴァルキリー】小隊の少女、角持ち少女が、教室の扉を乱暴に開き、姿を現す。
「歌咲舞子、話がある!」
「は、はい?」
突然のことで驚く舞子であったが、校門前で命彦達と待ち合わせをしていることを思い出し、すぐに勇気付けられて言葉を返した。
「……命彦さん達が校門に迎えに来てくれていますので、お話は後日にしてもらいたいのですが?」
舞子の言葉を聞いた角持ち少女は、目を見開いた。
「ほう、あの男が校門前に来ているのか? それはちょうど良かった!」
そう言うと、少女はダッと駆け出して教室を出て行く。
胸騒ぎを覚えた舞子は、〈余次元の鞄〉に荷物を急いで詰め込み、すぐに教室を出ると、校門の前まで走った。
するとそこには、命彦達と仁王立ちで対峙する角持ち少女の姿があった。
「命彦さん!」
「おお舞子か。無事だったみたいで、安心したぞ」
「あいつらに報復されんかったか、心配してたんやで?」
命彦達がにこやかに舞子を迎える。そのままごく自然に、角持ち少女を無視して立ち去ろうとする命彦達。
その命彦達を、角持ち少女が呼び止めた。
「待て! 【魔狼】の隊長、逃げるのかっ!」
「逃げるだと? バカの
呼び止められた命彦が、不快そうに眉根を寄せた。
「あの、これは一体どういうことですか?」
「そこの【ヴァルキリー】小隊の子がね、命彦に一騎打ちの勝負、決闘を挑みたいんですって?」
「一騎打ち、決闘?」
メイアに聞き返した舞子の目の前で、体格に優れた角持ち少女が言う。
「魔法抜きの真剣勝負を所望する。悔しいが、魔法戦闘では私はお前に及ばぬ可能性がある。しかし、魔法抜きの戦闘であれば私が勝つ! 私が勝てば、小隊長の……お嬢様の呪詛を解け!」
角持ち少女の上から目線である言い分に、命彦は苛立った表情で応じた。
「口の聞き方に気を付けろよ、筋肉女。その言動は人に物を頼む態度じゃねえだろうが。それとさっきから言ってる筈だ。俺がその決闘を受ける利点はどこにある? どこにもねえだろうがよ? 自分の要求を通したいんだったら、まずは交渉ってモノを憶えろアホ。相手がその要求にのるための餌を用意してから物を言え、このヌケサクが。お前ら、行くぞ」
ごく普通に、理路整然と言い返し、去ろうとする命彦へ、角持ち少女が焦った様子で言った。
「くっ……わ、私を、私をやる! お前がこの勝負を受け、勝てばこの私をやるぞ!」
焦慮に駆られて出た少女の言葉に、歩いていた命彦が思わずつんのめった。
勇子とメイアがあんぐりと口を開け、空太が天を仰ぐ。
舞子は顔を赤くして、命彦と角持ち少女を見ていた。
周囲を通る芽神女学園の女生徒達も、その場で立ち止まり、色恋話とでも思ったのか話に聞き耳を立てている。
『言葉に気を付けろ、小娘が……』
恐ろしい目付きで少女を見るミサヤの顎をくすぐり、命彦が言う。
「いらん」
たった一言であった。角持ち少女が微妙に傷付いた顔をする。
「と、年頃の男は、何でも言うことを聞く女を欲しがると漫画で見たぞ!」
「そういう女性がいればいいのにと思うことは確かにあるが、お前はいらん。俺が欲しい女性はもう決まってる」
ミサヤに頬を擦り付け、命彦が言うと、角持ち少女が拳を震わせた。
「お、女にここまで言わせておいて……私では不満があると言うのかっ!」
「言ってることが無茶苦茶だっていう自覚がねえのか、お前は? まあいいや。んじゃはっきり言ってやる」
3mほど離れた位置に立つ少女の全身を見回し、命彦は冷めた視線で口を開いた。
「胸が足りん、尻が足りん、女性らしい丸みが全体的に足りんっ! あと、女学園の制服着てるのに、遠目で立ち姿を見たら筋骨隆々の男に見える。ついでに言うと、その野太い腕で抱き締められたら締め殺される気がする。制服が特注っぽいのにピチピチで、色々と視覚的に怖い。だからお前はいらん、よって決闘も受けん。以上!」
不満点を一気に列挙され、会話が一方的に打ち切られて、角持ち少女がはっきりと傷付いた表情をした。
周囲の女生徒達も、
いつの間にかメイアも、命彦を責めるように視線を送っていた。
メイアの背後では、角持ち少女と同じ背格好の勇子が、物凄く傷付いた表情で肩を落としている。
「命彦! 腹立たしいのは分かるけど、もう少し言い方があるでしょう! さっきの言葉、全部勇子にも効いてるわよ!」
「ええねん、ええねん、どうせウチは女として見られてへんねんやから……うううっ」
「勇子に関しては、幼馴染として一緒に過ごした期間と、まだ丸みのある胸で、
「え、ほんま? あれ、ちょい待てよ? ……一応ってどういうことじゃいゴラぁーッ!」
言葉の意味に引っかかり、勇子にも詰め寄られる命彦。
勇子の拳を、ひょいひょいと避ける命彦を見つつ、メイアがまだ傷付いている様子の角持ち少女へ言った。
「貴方、諦めてくれるかしら? 命彦が勝負を受けるほどの餌を用意するのは難しいわよ? それこそ、魔法使いの一族が代々持つ家宝の魔法具を賭ける、とか言うんだったら、命彦も勝負に乗って来るでしょうけど、それ以外のことではほぼ無理だと……」
メイアの言葉を聞いて、突然少女がカッと目を見開いた。
「今の話は本当か! 魔法具を賭ければ、アイツは私との一騎打ちに応じるのか!」
「え、ええ……まさか、賭けるの? 家宝の魔法具を? 言っとくけど、相当の歴史ある家の魔法具以外じゃ、命彦の心を動かすことは」
「私の家系はお嬢様の、炎堂家の分家である
そこまで言って、少女は命彦に呼びかけた。
「今一度、一騎打ちの決闘を所望する! 私が勝てば、お嬢様の呪詛を解け! お前が勝てば、我が三火家の家宝である魔法具を1つ差し出す! これでどうだ、【魔狼】小隊の隊長よ!」
「む、むう……家宝の魔法具だと?」
勇子から距離を取り、家宝の魔法具という言葉を聞いて、明らかに動揺する命彦。
魔法使いの一族が所蔵する魔法具は、歴史的にも効力的にも価値のあるモノが多い。
手に入れて、どういう魔法具であるかを研究し、面白い効力を持っていれば【精霊本舗】で量産して、市場に出してみたいと、命彦の心は揺れ動いた。
「三火家って言えば、炎堂家に60ある分家でも、家格序列が第3位と本家にとても近しい家柄だ。確か炎堂家って、本家の次期当主候補が複数いる時は、12歳を迎えると有力分家に当主候補を預けるとか聞いたけど……彼女の言うお嬢様がそうだったわけか。どうする命彦?」
空太が苦笑しつつ、言葉を続ける。
「三火家は希少魔法具を多数保有してる可能性があるよ? 相手はとても美味しい餌をぶら下げてるけど?」
面白がっている様子の空太に、命彦は渋々首を振った。
「致し方あるまい。いいだろう、受けるぞその勝負」
「あっさり過ぎる! 駄目ですよ命彦さん!」
慌てて止める舞子だったが、角持ち少女がニヤリと笑って言う。
「もう遅い、歌咲舞子! では、日取りだが……」
「面倒だからすぐにやるぞ。さっさと家に帰って家宝の魔法具を持って来い。ウチの依頼所、【魔法喫茶ミスミ】の訓練場で待ってるから」
「いいだろう、約束は必ず守ってもらうぞ! 勝負は魔法抜きの格闘戦だ、当然魔法具も使用できん。通常武具を装備しての決闘だ! 今から家に戻れば40分ほどで依頼所に着ける筈だ。首を洗って待っていろ!」
「はいはい、40分後だろ? 分かったから、できるだけ古い魔法具を持って来いよ。あ、メイア、訓練所の使用予約を頼む」
命彦がメイアにそう言ってる背後で、少女がまたニヤリと笑い、すぐさま校門を走って出て行った。
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