5章ー22:激戦の時、【魔狼】小隊 対 【女霊樹】と【蔓女】の混成群

 ミサヤを警戒するドリアードによって、数分の膠着状態が続く。

 ただこの膠着状態の終わりが近いことを命彦は察知していた。

(左右の廃墟の上にいた18体のツルメのうち、こっちの死角にいた3体ずつ、計6体が廃墟内をゆっくり移動してる。上から多勢で襲撃して、こっちの注意が上に行ったところで横合いから奇襲する魂胆か。探査魔法抜きだったら確実に引っかかってたぜ。ただのツルメにしては、人工物である地形の使い方がいやに上手い。ドリアードの指示か……鬱陶しい真似をする)

 命彦が顔をしかめると、肩に乗るミサヤが思念で語った。

『伏兵が配置についたらすぐに仕かけて来ますね。あのドリアード、手負いの分だけ非常に慎重ですが、退く様子はありません。私達に確実に勝てると思っているのでしょう。敵の算段が整う前にこちらが打って出るべきです。後手に回ればメイア達に被害が出ますよ?』

「ああ、分かってる」

 ミサヤも膠着状態の終わりが近いと気付いていたのだろう。命彦に行動を急ぐよう助言した。

 膠着状態にれていた勇子が、命彦の言葉を聞いて不敵に笑う。

「仕かけるんか? ええやん、乗ったるで? このまま見合っとってもらちがあかんし」

「どうやって仕かけるのよ、無策で突っ込んだらそれこそ終わりでしょ?」

「もうちょい睨み合ってたら、相手がミサヤにビビって逃げてくれたりするかもよ?」

 メイアが慎重に答え、空太が希望的観測を述べる。

 空太の言葉に苛立ったのか、勇子が噛みついた。

「逃げるかアホ! 仮にも天魔種魔獣やぞ? それに戦力的にはあいつらの方が上や。そもそもあいつらからしたら、ウチらは巣の傍におる完全包囲した餌やで? 巣を襲撃して入口をつぶした件もあるし、逃がす気は絶対あらへん。ヤッコさん見てみ? 完全にトサカに来てるやん」

「確かにね? 目が血走ってるモノ……私達が少しでも多くの魔力を現出させた時点で、戦闘が再開すると見た方がいいわ」

 口々に言うメイア達を見て、顔色を失っている舞子が問う。

「み、皆さん、随分落ち着いているんですね? 私とか心臓がバクバクして、今にも破裂しそうですよ?」

「そら年季が違うし、落ち着かんと無駄に死んでまうからねぇ?」

「ええ。私も悔いを残して死ぬのは嫌だから、必死に怖さを飲み込んで心を安定させてるのよ。冷静さを保てるようにね?」

「無駄死にだけは僕もごめんだ。それに、生き残る希望も少しはあると思ってるからね」

「……で、命彦、どうするんや?」

 小隊員全員が希望を込めて命彦を見た。命彦が厳かに口を開く。

「この膠着状態を利用して作戦を考える、というか、今までずっと考えてた」

「それで、その結果は?」

「現状のまま普通に戦った場合、どうやっても俺とミサヤ以外は、全員死ぬと結論が出た」

「駄目じゃん! 僕ら死ぬの確定だよ!」

「落ち着け、現状のまま普通に戦ったらって言ったろ?」

「つまり、どういうこと?」

『全員が敵の裏をかき、無茶をすればいいということですよ』

 ミサヤが感知しにくいほど微弱の魔力を放出し、《思念の声》で言う。

 ミサヤの思念に続き、命彦がドリアードを見据えつつ口を開いた。

「俺とミサヤで前方のドリアードとその他を3分間は押さえるから、その間に周りのツルメをお前らで全部片付けろ。左右の廃墟を倒壊させれば、最低6体は一先ず戦闘不能に追い込める筈だ」

 驚いた勇子が左右の廃墟をチラリと見て、面白そうに笑う。

「はあ? ……ぷくくく、無茶苦茶やんけ! それ作戦とちゃうし。そんで周りを片付けた後はよ?」

「俺の援護に来い。勝てそうだったらここでドリアードを討伐するし、負けそうだったらさっさと逃げる。相手の数を減らせれば逃げる隙も作れるだろ? 囲みも突破しやすい。皮算用だが、全員が生き残る方法はこれ以外にあり得ねえ。全員で無茶をするんだ」

「……3分、ホントに押さえられるの? ドリアードに加えてツルメが20体もいるのよ?」

「知るか。やってみんと分からん。でも押さえんとお前らが死ぬ。だったらできる限り押さえるさ。そもそもお前らだって、3分以内に30体ものツルメを倒す必要があるんだぞ? できるのかよ?」

「勿論……できると思いたいわね?」

「思いたいって、それって願望でしょ? やれやれ、ホント無茶苦茶だ。ほとんど出たとこ勝負の運任せだよ? これが作戦とは……ある意味、僕ららしいけどさ」

 肩を落とす空太の横で、勇子が舞子を気にしつつ、命彦にこっそり耳打ちする。

「命彦、あんたやメイアの切り札を使えんのか? それを使えば天魔種魔獣かてイチコロやろ?」

『マヒコの持つ2つの切り札は、確かに使えれば天魔を討つことも簡単でしょうが、一方の切り札の使用には条件があり、他方の切り札も使用後のマヒコへの負担が酷過ぎます。今使うべきはメイアの切り札でしょう? あれはメイアが使おうと思えばいつでも使えますし、使用後の消耗も長期間の戦闘不能に陥るほどではありません』

 ミサヤが命彦をかばうように、勇子にだけ《思念の声》をぶつけ、命彦がドリアードの方を見つつ口を開いた。

「この先の展開がまだ読めん。それを使うべき時が来れば考えるが、今はその時じゃねえ。まだ俺達が無茶をすればどうにかできる範囲だ。無茶が通れば道理も引っ込む。生き残るために死ぬ気で戦え」

 命彦が語った言葉を聞き、勇子が首をコクリと振る。メイアも首肯した。

「そういうことやったら、仕方あらへん。付きおうたるわ」

「私も分かったわ。偵察に行きたいって言ったのは私達の方だもの。自分で自分の面倒は見るつもりよ」

 決意を固めたメイア達を見た後、命彦がきょとんとする舞子を一瞥してから全員へ指示する。

「舞子はメイアの傍にいろ。メイア、舞子を守ってやれ。〈シロン〉を全機投入してもいい。壊れた時の修理費は俺が出してやる。自分達を守れ。空太、この場の指揮はお前に任せるぞ? 最後に勇子、手当たり次第に暴れろ」

「め、メイアさん、ご迷惑をかけます」

「いいのよ。巻き込んで命かけさせてるのって、多分私達の方だしね?」

「僕ばっかり、しんどい役目が。とほほ……」

「よっしゃあ、本気出すでえ!」

 メイア達から目を離し、ドリアードを見て命彦が言う。

「さあ、始めようか。俺達が全員で生き残るための戦いを。活路はある筈だ」

『マヒコが望めば、活路はいつでも開きます』

「ああ。行くぞ!」

 継続使用していた命彦の風の精霊付与魔法が、多量の魔力を追加で注がれたことで魔法力場の厚みを増す。魔力の波動が周囲に走り、膠着状態が一気に崩れた。


 一騎駆けのように、分厚い風の魔法力場を纏う命彦が緑地公園の跡地を目がけて疾駆する。

 疾風のように駆けると同時に、命彦は他の精霊付与魔法も重ねて展開した。

「包め《火炎の纏い》、同じく包め《水流の纏い》! けりゃあっ!」

 膠着が崩れると同時に、ドリアードの指示でバラバラに飛び出した20体のツルメ達。

 風の魔法力場を纏って飛ぶ先頭の2体と、ドリアードまで100mの地点で交戦し、3重の魔法力場を纏う日本刀の武具型魔法具、〈魔狼マカミ風太刀かぜたち:ハヤテマカミ〉を、すれ違い様に命彦は振るった。

 3重の魔法力場の集束と魔法具自体の効果もあって、ツルメ2体はすぐさま斬断され、絶命する。

 一点物級の魔法具であるハヤテマカミは、刀身の反りを抑えた打ち刀に近い形状の太刀であり、ミサヤの本性である白い巨狼の牙を刀身に溶かし込み、焼き入れに使う水にまでミサヤの魔血を混ぜて、魅絃と命絃の手で作られた魔法具であった。

 ミサヤの魔力を受けると刀身の切れ味が増し、封入された《旋風の纏い》の効力で、魔法具装備者の俊敏性を常時高める効果をハヤテマカミは持っている。

 そのため《旋風の纏い》を装備者自身が使用した際の移動力や、魔法力場を集束させた際の魔法攻撃力は、凄まじいものであった。

 しかし、続いて飛びかかる6体のツルメをも、まとめてこの武具型魔法具で斬り飛ばそうとした瞬間、命彦が顔をしかめる。

(固い……仕損じた!)

 3m四方の風の移動系魔法防壁が6重に展開され、ツルメ達と刀身との間に割って入っており、命彦の魔法力場を纏う必殺の斬撃を、最後の1枚の魔法防壁が受け止め、硬い感触を手に残したのである。

 ツルメ達は自分達が作り出し、命彦の斬撃を受け止めつつ押し返された1枚の魔法防壁に乗る形で、後方に吹き飛ばされたが、6体とも無傷で着地していた。

 ジーンとする手に構わず、とにかくドリアードを目指してまた走り出す命彦。

『後退させます』

 するとミサヤが、命彦達を取り囲み、あるいは通り過ぎようとするツルメ達へ、数百を超える火の追尾系魔法弾を射出し、ツルメ達をどんどんと後退させた。

 しかし、ミサヤの追尾系魔法弾の撃ち終わりを狙って、前方から6つの集束系魔法弾が水平に走る。

 膠着状態の前から展開していた精霊探査魔法《旋風の眼》で、事前に感知していたおかげもあり、余裕を持ってこれを回避する命彦だったが、移動速度が一瞬だけ落ちた。

 そこへ本命とばかりに12発の集束系魔法弾が殺到して、命彦の心身をヒヤリとさせる。

 身を捻って咄嗟に飛び退き、3重の魔法力場を集束した刀身で、ツルメの放つ集束系魔法弾を2つ3つと斬り払って、どうにかやり過ごす命彦。

 ホッと息をつく間も与えられず、すぐさまドリアードが、具現化した数百に及ぶ風の追尾系魔法弾の雨を降らせた。1つ1つの追尾性は低いが、そもそも弾数が圧倒的に多い。

「くっ!」

『我が主には触れさせぬ!』

 幾つかの追尾系魔法弾を避け切れず、命彦が魔法弾と衝突する寸前。

 間一髪でミサヤの精霊結界魔法、6重の風の移動系魔法防壁の具現化が間に合い、命彦の周囲を囲む形で追尾系魔法弾の雨を防ぐ。

 が、またしても《旋風の眼》に危険物が映り、命彦は脳裏の映像から危機を察知して、その場を全力で飛び退いた。

 ドリアードがすぐさま具現化した、戦艦の主砲のように迫る火の集束系魔法弾が、命彦のいた場所に着弾し、爆風と土砂で魔法防壁を押して命彦をさらに後退させる。

 命彦も負けじと、後退しつつも精霊攻撃魔法《旋風の槍》を詠唱し、放った。

「其の旋風の天威を束ねて槍と化し、一閃を持って、我が敵を撃ち払え。貫け《旋風の槍》」

『合わせます!』

 ミサヤも命彦の魔法攻撃に合わせて雷撃の槍、基心外精霊である雷電の精霊を介した、精霊攻撃魔法《雷電の槍》を放つ。

 ドリアードにまっすぐ迫った2つの集束系魔法弾は、ドリアードの周囲に突如発生した、18枚の風の移動系魔法防壁によって防がれた。

 命彦とミサヤの射出した2つの集束系魔法弾は、6枚の魔法防壁を貫通するも、残り12枚の移動系魔法防壁に阻まれたのである。

 周囲にいるツルメ達の援護魔法防御による、精霊結界魔法の多重展開であった。

忌々いまいましい雑魚共が、消え失せよ!』

 苛立ったミサヤが火の範囲系魔法弾を瞬時に具現化して放つと、ドリアードも水の範囲系魔法弾を放ち、ミサヤの魔法攻撃を相殺する。

 まさに一進一退。ドリアードまで100mの地点で、互いに譲らぬ互角の攻防が続いた。

 しかし、あからさまに余裕が見えるのはドリアードとツルメ達のがわである。

 1人安全圏にいるドリアードが、命彦達の背後を一瞥すると、すぐに3体のツルメが動いた。

 命彦を無視して、メイア達の方へ駆け出そうとするツルメ達の前に、命彦が一瞬で回り込み、刃を振るう。

「行かせんっ!」

 手ごたえはあったが、崩れ落ちたツルメは1体だけであり、2体は瞬時に後退してドリアードの近くに戻っていた。そのツルメ達を見て、ミサヤが《思念の声》で語る。

『ツルメの数をまず減らすべきですね? このままでは邪魔です』

「ああ。ふぅー……3分と言ってみたものの、こいつは1分持たせるのも相当骨が折れるぞ」

 息を吐いた命彦の言葉が、戦場でうつろに響いた。

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