5章ー8:マヒコとミサヤ、対【ヴァルキリー】小隊
気絶した粘液まみれの少女達を、触手を使って廃墟の屋上、白い床へと一列に寝かせる命彦へ、舞子が問う。
「じゅ、呪詛って、精霊攻撃魔法による一時的状態異常を、長期的状態異常に引き延ばしたものですよね? 状態異常の精霊攻撃魔法を、効力継続時間を延長する精霊儀式魔法に組み込んで使うものと聞いていますが。それを使うんですか、命彦さん?」
「ああ。呪詛ってのは文字通り呪いだ。要は舞子へ手出しできねえようにすればいいんだよ。こいつらの考える報復を全て防ぐのは恐らく無理だろうが、使える報復手段を限定させて、報復の回数や機会を減らすことは、呪詛でできる」
『マイコへの接近や接触を封じる呪詛を仕込み、近距離でのマイコへの手出しを制限すると同時に、マイコへ近付くことをも妨害する。これだけでも相当の報復予防効果が見込めるでしょう』
「た、確かにそういう呪詛がホントにあれば、事故を装って、足を引っかけられて転ばされたり、廊下の曲がり角で待ち伏せされ、出会い頭に体当たりを受けて吹っ飛ばされることもありませんが。ホントにあるんですか、そういう呪詛が?」
過去、実際に経験したであろう嫌がらせを言う舞子を、気の毒そうに見つつ勇子が語る。
「……ホンマにあるで。呪詛を仕込まれた当人は日常生活を普通に送れるけど、舞子への接触、接近だけは、どうあってもでけへんようにするっちゅう、打って付けの呪詛がね?」
「に、にわかには信じられません。知人に〔呪術士〕学科の友人がいるので、呪詛については私も多少知っています。普通、特定の人との接触や接近を封じる呪詛って、呪詛の対象者を寝込ませることで、その人との接触・接近を抑止するんでしょう? 呪詛の対象者が日常生活を送れるのに、都合よく特定の人との接近や接触だけを封じる呪詛とか、これまで1度も聞いたことがありませんよ?」
「当然さ。その呪詛、実は命彦が作った呪詛だからね?」
「命彦が作ったいうか、命彦と命彦のお姉さん、そしてミサヤが作った、合作の呪詛よね、実際は?」
「ああ。姉さんとミサヤがいたからこそ作れた呪詛だよ」
空太とメイアの視線に、命彦が苦笑いを返して言葉を続ける。
「空太も言ってたが、魔法未修者と魔法予修者の諍いは、どこの魔法士育成学校でも多少はある。俺達の学校でも勿論あった。そして、今の舞子と同じようにメイアが標的にされてたんだ」
『メイアもマイコと同じく、魔法未習者であるのに自分の所属する魔法学科、〔魔工士〕学科で、入学1年目から主席を務めるほどの成績優秀者でした。〔魔工士〕学科は魔法予修者が多く、学科内には特にメイアを敵視する女子達がいたので、メイアへの嫌がらせもマイコに負けず劣らず酷いモノでしたよ』
「当時のメイアは、同じ〔魔工士〕学科の生徒でも段違いの実力を持ってた。特に魔法機械の開発力って点で、他の生徒より頭1つ分上だったんだ。それで、交友を続けるうちにメイアを雇おうと考えた俺は、メイアを精神的に苦しめて、その能力に
『去年の春先のことです。メイアを自社へと、【精霊本舗】の開発部へと引き込もうと決めたマヒコは、メイアがその力を安心して十全に発揮できるよう、周囲の環境を整えようと思い、いい加減に嫌がらせが目に余る愚か者どもを、まとめて駆除しようと考えました。ユウコやソラタの手も借りてね?』
「ウチらも気に入らんかったから、進んで命彦の提案に乗ったんよ。魔法未修者へ嫌がらせする一部の魔法予修者らは、同じ魔法予修者らの眼から見ても、結構はずかしいて目障りやったんや。実力で追い抜かれた間抜けや、追い抜かれることを恐れる小心者が、
「そうだね。そりゃあ僕らも追い抜かれるのは嫌だし、才能ある魔法未修者には時に嫉妬もして焦るけど、努力してる者に当たり散らすのは人としてダメでしょ? 当たり散らす暇があるんだったら、一秒一刻を惜しんで必死に修練に励み、自分が努力しろよって、いつも思ってた。まあ僕は努力が嫌いだから修練もほどほどだけどね?」
空太の言葉に勇子も自覚があるのか、少し苦笑して言葉を続ける。
「ウチらも魔法予修者って
勇子がカカカと笑うと、当時のことを思い出したのか、今度は空太も面白そうに笑って言う。
「あいつら、魔法機械同士を戦わせる実習試験の前日にね、人を雇ってメイアを襲撃して怪我をさせ、メイアが必死で作った魔法機械をも壊そうとしたんだ。当然の報いだよ。ただまあ、そうやってメイアへの害意を持ってた一部の魔法予修者達を、一時的に駆除しても、その後この魔法予修者達がはたして改心するのかどうかは、僕らも判断が難しかった。だから、命彦はこの魔法予修者達がメイアへの報復を行うことを想定して、予防策を必要としたんだ」
「姉さんとミサヤにこの予防策を相談した結果、アホ共の報復を封じる呪詛を作ろうって結論にいたり、ウチの倉庫にある魔法書をひっくり返して、新しい呪詛を3人で一から作り上げたんだよ」
命彦が自分の〈余次元の鞄〉へ手を突っ込んで、舞子へ言う。
「魂斬家は意志魔法系統を専門的に研究していた魔法使いの一族だが、こと呪詛に関しては、他所の魔法使いの一族に使われて、自分達にも降りかかる危険性があったから、魔法系統を問わず相当深く研究していた。そのおかげで、報復防止に使える呪詛が生まれたんだ」
〈余次元の鞄〉を探っていた命彦の手が、鞄から引き抜かれ、4つ小瓶を取り出した。
「その小瓶に入ってるモノが……命彦さんの言う、呪詛ですか?」
「ああ。本来呪詛は儀式魔法の領域で、俺はどっちかっていうと苦手だったんだが、幸い俺の愛する姉さんとミサヤは、この手の魔法が異様に上手い。俺でも使えるようにって、呪詛の代替に使える魔法具、いや、呪詛そのものとして機能する魔法生物を、一緒に考えて作ってくれたのさ」
そう言って命彦が小瓶の1つの
プルプルした薄紅色の寒天状のモノが、命彦の手の上にまろびでる。
「それがこいつら、特殊型魔法具〈
『魔血というのは魔力を宿した血液のことです。それを核に吸わせて培養し、幾つか呪詛の効力を持つ儀式魔法を核へと封入して、生物のようにある程度自分で動く、疑似生物を作り出したのですよ』
「こいつは魔力を餌に身体を維持するが、特に魔血を吸った者の魔力には激しく反応して、歓喜する性質を持つ。見てみろ」
命彦が〈悦従の呪い蟲〉に魔力を送ると、〈悦従の呪い蟲〉がプルルンっと小刻みに震えた。
見ようによっては、確かに喜んでいるようにも見える。
「〈悦従の呪い蟲〉は他の生物の体内へ侵入すると、その生物に同化する性質もある。そんでこいつと同化した生物は、こいつの持つ性質をそのまま受け継いでまうわけや」
「つまりね、魔血を飲ませた者の魔力を感じると、蟲と同化した者も歓喜するんだよ。もっと具体的に言おうか? 魔血を飲ませた者の魔力に反応して、蟲と同化した者の全身に、腰が砕けるほどの快感が走るんだ。魔法生物は、魔法機械と同じく魔法具に分類される。早い話が、呪われた魔法具を体内に入れると思えばいい。効力は折り紙付きだよ?」
舞子がぎょっとして、〈悦従の呪い蟲〉を見る。
「魔法を使うとか、戦おうとか、そういうことを考えられへんほどの快感が一気に来るんや。魔力を送るだけで、蟲が同化した者を戦闘不能へ一気に追い込めるっちゅう、空恐ろしい魔法具やで、これ」
メイアを守るために作られた魔法生物だが、その効力には思うところがあるのか、はずかしそうにメイアが頬を染めて言う。
「効力は頼もしいんだけどねぇ? ……とんだ性的魔法生物だわ」
「せ、性的魔法生物ですか、確かに」
「言葉に気を付けろメイア、そういう目的で作ったわけじゃねえよ。まあとにかく、こいつに舞子の魔血を飲ませて、そこのアホ共の体内に仕込めば、舞子へアホ共自身が近寄って来て、手を出す可能性は格段に減るってこった」
「舞子の魔力を察知した時点で蟲は喜ぶ。魔法士は無意識に微量の魔力を周囲に放出しとるから、普通にしとっても蟲に同化された者は、舞子の半径3m以内には近付かれへん。それ以上近付くと快感で身悶えして、立つこともでけんわけやね?」
「アホ共が舞子をどうこうしようと思っても近付けねえし、舞子の見える範囲にいれば、遠くにいても魔力を意識的に送ることはできるだろ? 見える位置にさえいれば、相手の居場所さえ分かれば、距離を問わずに蟲と同化した者を快感で腰砕けにさせることが可能だ」
「これが機能すれば、彼女達の舞子への報復手段は、舞子から身を隠した状態で、遠距離からの攻撃魔法による狙撃を行うか、儀式魔法を併用した魔法攻撃を使うかに、ほぼ限定されるわけだ」
「事故を装うのが難しいから、多分攻撃魔法による遠距離狙撃の報復はされんやろ? つまり、警戒すべきは舞子の髪を燃やした、儀式魔法による条件付きの魔法攻撃だけや。この手の魔法攻撃は、いつ踏むか分からん地雷みたいやけど、でも探査魔法を修得したら、実は見つけ出して事前に回避することができる。他にも、質の良い防具型魔法具を着てたり、付与魔法を使って魔法力場を身に纏ってれば、受ける損傷も相当減らせるやろ」
「こと、このアホ共に関する限り、報復の可能性は相当減らせる筈だぞ?」
「……」
命彦達の提示した解決策にやや迷ってる様子の舞子。
自分の身の安全が保障されるのは嬉しいが、生来の気性の優しさが、そこまで徹底した対策を取ることに、軽い抵抗感を抱かせているらしい。
迷っている舞子へ勇子が言う。
「物は試しやし、迷ってるくらいやったら蟲を使うべきやで? とりあえずは、今後こいつらに報復されることを考えて、対策を取ったほうがええしね?」
「俺もそう思う。ということで、舞子の魔血を俺の蟲達に飲ませて、そこのアホ共に俺達の子を仕込むとしようか、ミサヤ?」
『はい』
「言い方に気を付けてよ命彦、ひどく
「メイアのために作ったモンを、性的魔法生物とか言うからだ。さっきの仕返しだよ、仕返し」
顔を薄ら染めて言うメイアへフフンと勝ち誇り、命彦が〈余次元の鞄〉から未使用の採集用短刀を取り出した。
勇子が舞子の手を取って、命彦に合図する。
「舞子、ちょっと指先チクッとすんで」
「はい。……つっ! こ、これで、私の血をあげるんですよね?」
命彦が短刀を抜いて、刃に舞子の指を押し付けると、紅く小さい線が走った。指先に移動する血を見て、舞子が口を開くと、命彦が応じる。
「ああ。但し、血に魔力を込めた上で〈悦従の呪い蟲〉に与える必要がある。魔力を指先に集めろ」
「はい……どうでしょう?」
「いいぞ。指先の魔力を血に注ぐつもりで、脳裏で想像したら……よし、今だ」
舞子が手を揺らし、指先に一滴浮き上がった血を、命彦の手の上にいる〈悦従の呪い蟲〉に垂らした。
じんわりと舞子の魔血が浸み込んだ〈悦従の呪い蟲〉が、僅かに震える姿を見て、命彦が笑う。
「成功したぞ。これで
「あの、悦ちゃん6号って?」
「この〈悦従の呪い蟲〉のことだ。1号から5号まではすでに使ってて、6号から9号を今回は使う。それより、魔力を悦ちゃん6号に送ってみろ」
「あ、はい! ……震えてますね、悦ちゃん6号」
「ああ。よしこれで呪詛が機能する。その血を他の蟲達にも飲ませるぞ」
舞子以外の全員が、ぬふふふっと黒い笑顔を浮かべた。
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