4章ー10:マイコの一時小隊加入と、実力確認の模擬戦闘訓練
魔法戦闘技能を身に付けられることにホッとした様子の舞子と目が合うと、命彦が口を開いた。
「よし。顔合わせも一段落したし、お互いのことを多少は知った上で、今後について話すぞ、舞子?」
「あ、はい」
「依頼を受けた以上、俺達は舞子に魔法戦闘技能を全力で仕込む。具体的には、舞子が第1迷宮域に1人で放り出されても、自力で迷宮防衛都市に帰還できる程度にまで、迷宮や魔獣についての知識、魔法戦闘技能を仕込み、実際に魔獣達との戦闘経験を積ませるつもりだ。どれだけの時間がかかるかは舞子次第だが、最低限そこまでは面倒を見る」
『要は、魔法戦闘技能の基本を徹底的に叩き込む、ということです。マイコに基本ともいうべき魔法戦闘技能が身に付いた時点で依頼は達成されるわけですから、私としては、マイコが非常に優秀であることを切に望みますよ? この依頼、できればさっさと終わらせたいですからね』
ミサヤの威圧感を纏った思念を受け、舞子が怖気づいたようにごくりと息を呑む。
その舞子を見て、メイア達が苦笑した。
「ミサヤってば警戒心出し過ぎよ? 私の時もそうだったけど……」
「舞子、あんまり怖がったり、焦ったりせんでええよ? 皆で多種の依頼を受けて、それを訓練と経験値稼ぎの場に使うだけの話や。ウチらと一緒に迷宮へ潜ってたら、自然と色々経験できる筈やから。それに最初の方は、舞子に合わせて依頼を選んだる。
「つまり舞子は、この1、2週間の間に、僕達について理解して、小隊での行動についてある程度学習してもらう必要があるわけだね? 特に迷宮内での僕らの指示には絶対従うようにして欲しい。お互いの命に関わるし、痛い思いをするからさ?」
「は、はいっ!」
硬い表情の舞子の返事を聞き、メイアが安心させるよう語る。
「同じ経験をした私から言わせてもらえば、ウチの小隊員は全員クセがあるけど、相応にとっつきやすい性格をしてるから、お互いを理解するのはすぐ済むわよ? 気を付けるべきは小隊での行動の方ね? 考えさせられることが多いし、憶えることも多いわ。だから、最初から全部を一気に身に付けようとせず、少しずつ身に付けていってね?」
「分かりました、メイアさん助言ありがとうございます。……あの、依頼の受領で少し疑問に思ったのですが、私はまだ〔
舞子のこの疑問には、梢とミツバが答えてくれた。
「ああそれね? 学科位階と依頼難度の関係は、個人と小隊で少し違うのよ。個人単位で依頼を受ける時は、その魔法士個人の学科位階が、そのまま依頼難度の上限として扱われるけど」
「小隊単位で依頼を受ける時は、小隊所属の魔法士の平均学科位階が上限とされるのです。【魔狼】小隊の場合、命彦さんが12、空太さんが6、勇子さんが6、メイアさんが3の学科位階ですので、27位階を4人で等分し、小隊員1人当たりの平均学科位階は6です。魔法学科を複数修了していると学科位階を稼ぎやすいので、依頼受領の面でお得ですよ?」
「【魔狼】小隊の場合、小隊が受けられる依頼難度の上限は6と扱われて、自分の学科位階が3のメイアでも、依頼難度6までの依頼を、小隊に所属する限りは受領できるわけよ。舞子が小隊に加わった場合でも、28位階を5人で等分するから、1人当たりの平均学科位階は5で、学科位階が1の舞子でも依頼難度5までの依頼が受けられるわ」
「付け加えて言えば、舞子さんは非戦闘型、非探査型の学科魔法士ですので、本来であれば魔法戦闘技能が必須の、討伐・採集・探索・護衛・特殊依頼は受けられず、派遣依頼しか受領できませんが、小隊単位で依頼を受ける場合は、小隊員の修了した魔法学科によって、受けられる依頼種別の幅が増えます」
「小隊員に他の魔法学科を修了した魔法士がいれば、派遣以外の依頼種別も受けられるということですね? 私や親友達の場合、全員が同じ〔魔法楽士〕の学科魔法士だったから、小隊を組んでも受けられる依頼は、〔魔法楽士〕を求める派遣依頼だけだったと」
「そういうことよ。まあ実力があると示せれば、他の依頼種別も回せるけど、あんた達はそもそも実力がある
「はい。そうします!」
元気良く返事する舞子を見て、苦笑しつつミツバと梢が言う。
「依頼所としては、同一の小隊員が複数の小隊に所属することは認められませんが、依頼を通して師弟関係にあると推認される魔法士の場合は例外で、独り立ちするまでの間は、同一の小隊員が複数の小隊に所属することが一時的に認められます」
「この依頼が達成されるまでの間は、舞子は【魔狼】小隊と、一昨日に自分達で登録した【
「分かりました、全力を尽くします」
舞子に対する梢達の説明が済むと、待っていましたとばかりに勇子と空太が口を開いた。
「どうでもええけど舞子、【精霊合唱団】はどうかと思うで?」
「そうだよね、【精霊歌姫】を意識し過ぎでしょ? 気付く人はすぐ気付くよ、これ」
「あ、その、いつかは【精霊歌姫】を超えられたらって、希望を込めて付けたモノで……」
ニシシと笑う勇子と空太に挟まれ、頬を染めて俯き、はずかしそうにマゴマゴする舞子。
その新人小隊員を見て、命彦達も楽しそうに笑っていた。
今後についても確認が済んだところで、梢とミツバが立ち上がる。
「それじゃ私達はもう行くわ。あとのことは任せるわよ、命彦?」
「あいよ」
「任せといてや」
「ふふふ、頼もしい限りですね。……あ、舞子さん、これが依頼受領書の控えですので、どうぞお持ち帰りください。それでは失礼しますね?」
「はい。梢さん、ミツバさん、本当にありがとうございました」
舞子が頭を下げると、くすくす笑って梢達は談話室を出て行った。
手にある受領書を
命彦が怪訝そうに問うた。
「どうした舞子、人の顔を見てニヤニヤして?」
「あ、いえ。受領書の記入欄を見て、改めて運命を感じてしまって……マイコとマヒコで、読みも語感もよく似ていますので、つい」
舞子の言葉にイラッとしたのか、ミサヤが思念で威嚇する。
『……言葉に気を付けることです、小娘。ただの偶然に運命を感じるのは独りよがりですよ? そもそも運命というのであれば、私とマヒコの繋がりの方が余程運命的です』
「まあまあミサヤ、抑えてよ。舞子は夢見がちだし、運命とか宿命とかって言葉にきっと憧れがあって、そういう言葉を使ってみたいのよ。その上、私と同じで一般人の家庭に生まれた魔法未修者だもの。魔法使いの一族のしきたりとか、慣習には当然
メイアが舞子に視線を移して言う。
「魔法使いの一族は、自分のご先祖様にあやかることが特に多いのよ。命彦も、確か長命で武勇に優れた逸話の多い、魂斬家の6代目当主、魂斬・
「ああ。歴代の当主
命彦が楽しそうに言うと、ミサヤが命彦の頬に顔を擦り付けて、舞子に思念を飛ばした。
『私はそのミギリ家6代目当主と契約し、終生を共にした
「あ、はい。失礼しました……こ、怖い」
ジト目で舞子を見るミサヤ。舞子が怯えて後ずさった。
その舞子の様子を見て、勇子と空太が楽しそうに笑う。
「やれやれ、仕方あらへんねえ? ミサヤは命彦にぞっこんやから。舞子も気い付けや? あんまり怒らせんこっちゃ」
「そうそう。いざという時に助けて欲しかったら、お似合いの2人とか言って、精一杯ヨイショしとくんだよ?」
『聞こえていますよ、2人とも』
素知らぬ顔をする勇子と空太を見て、不機嫌さを表すミサヤ。
そのミサヤを腕に抱えて、すぐに落ち着かせた命彦は、全員に言う。
「とりあえず、のんびり会話するのはここまでにしてだ。今から舞子の実力を計ろうと思うんだが?」
「「「賛成ぇー!」」」
「よし、そいじゃ模擬戦だ」
「え、あの……模擬戦って」
困惑する舞子に命彦達が言う。
「小隊には相互理解が不可欠だ。人柄はこうして会話すればある程度分かるが、今の舞子がどれくらいの力を持ってるのかや、どういう戦闘技能が今後必要かは、会話だけじゃ分からん。俺達がそれを見極めるためにも、模擬戦っていうお試し戦闘訓練が必要ってわけだ」
「一口に魔法戦闘技能が欲しいと言っても、舞子が魔法戦闘において、どういう戦闘技能を求めているのかで、私達が舞子に課す訓練も違ってくるわ。例えば、距離を詰めて魔獣と接近戦闘するのか、それとも遠間から魔獣を攻撃するのか。前衛か後衛かの区別とかね? 前衛と後衛では、基礎の戦闘訓練こそ同じだけど、応用段階の訓練は全然別物よ?」
「他にも、攻撃を重視するんか、守りを重視するんか、それとも攻守を均等に高める汎用性を重視するんか、はたまた
「ついでに言うと、舞子の力が未確認のままじゃ、一緒に迷宮へ行く僕らも不安だからね? その意味でも、模擬戦は実施する必要があるんだよ」
「あ、そういうことですか。理解しました。……ですが私に、皆さんに見せるほどの実力があるかどうか」
怖気づいている様子の舞子へ、命彦は穏やかに
「それを見るために模擬戦をするんだ。現時点での舞子の能力を確認するだけだから、そこまで怖がる必要はねえよ、俺達も普通に手加減はする。それに魔法戦闘技能を得るためにも、今後は訓練として繰り返し模擬戦を行うぞ? 今から怖気づいてたら駄目だ」
「あ、すみません……」
舞子が慌てて返事をする姿を見て、メイアが苦笑した。
「色々初めてで怖いのも分かるけど、こういうのは割り切って飛び込んだ方がいいわよ? 実戦的訓練として、模擬戦は今後も一杯経験するしね?」
「はい!」
「とにかく心構えくらいはしておけ。場合によっては怪我もする。治癒魔法ですぐに治療できるとはいえ、痛いのは嫌だろ?」
「そうですね、できれば遠慮したいです」
「うふふ。だったら真剣に、かつ全力を尽くして模擬戦に臨むことよ? 魔法戦闘技能を、非戦闘型や非探査型の魔法士が手早く身に付けるには、それを持つ魔法士と一緒に、訓練と実戦とを繰り返すのが1番早いわ。私がその実例だもの。模擬戦は、その双方の役割を持つのよ?」
「生産型の学科魔法士であるメイアも、俺達の小隊に入るために、かつては舞子と同じ道を歩んだんだ。舞子は恵まれているんだぞ? 先駆者であるメイアがいて、メイアに魔法戦闘技能の基礎を仕込んだ経験を持つ、俺達がいる。心配はいらん、黙ってついて来い」
「……は、はいっ!」
命彦とメイアを憧憬の眼で見る舞子。
ミサヤがまたしてもイラッとしたのか、冷たい思念を発した。
『現時点の自分の実力を客観的に計りつつ、その実力を養成するのが模擬戦です。私達の小隊では定期的に模擬戦を行っていますから、そのうち怖さも薄れるでしょうが、一応は真剣勝負です。さすがに死にはしませんが、重傷を負うことはあり得る。常に心して望むことです』
「りょ、了解しました」
つんけんしたミサヤの思念を受けて、夢から覚めたように舞子がハッとして、ゴクリと恐れを飲み込んだ。
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