6 夜、カレーうどん、将来

 リビングの隅にあるちいさな白木の仏壇にお線香を供えておりんを鳴らす。そうするわたしの横から、綾乃がお水と仏飯器をひょいっと置く。白米が乗るはずの仏飯器に今晩のごはんが乗っている。つまり、カレーうどん。

「……これはちょっとさすがにシュールじゃない?」

「え。いーじゃん。おかあさん、カレーうどん好きだったじゃん」

 綾乃がけらけらっと笑う。まぁ、いっか。たしかにお母さんはカレーうどんが好きだった。というか、麺類全般好きだったけれど。最後のときまで、うどんなら食べてたもんなぁ。

 リビングは散らかっている。部屋の片隅には乾燥機から出したままの洗濯物が山になっているし、掃除機をかけたのは三日前の日曜日が最後。いまいち片付けが下手なお父さんあての郵便物が、ダイニングテーブルの上にたまっている。それを押しのけて何とかスペースを作ってから、綾乃が作ってくれたカレーうどんを置いてくれた。サラダは、コンビニで買ったゴロゴロチキンのシーザーサラダ。充分だ。その間に、わたしはお箸とお茶とコップを用意する。

「いっただきまーす!」

「いただきます」

 綾乃が勢いよく麺をすする。大丈夫なのかなぁと思った次の瞬間「あっ」と小さく声を上げた。

「やだー、飛んじゃったー」

「まぁそうなるよね……」

「おねえちゃんよく飛ばさないで食べれるよねー」

「……おとななので……」

「言い方!」

 綾乃が大きく口を開けて笑う。しばらく食べながら他愛もない綾乃の話を聞く。食べ終わったころ、あ、と綾乃が声を上げた。

「そうだこれ、貰ったんだよね」

 言いながら綾乃が出してきたのは、進路希望調査票と書かれた一枚の紙。第一希望から第三希望まで書くことになっている。そっか。中三だもんね。

 受け取りながら綾乃を見ると、なんとも言い難いふてくされた顔をしている。

「決めた?」

「おねえちゃんと一緒がよかったのにー」

 でんでんっ、と机をたたく。実はそこそこの進学校のわたしの学校に、綾乃の偏差値で来るのはたぶんちょっとけっこうしんどい。

「あーあ。わたしもおねえちゃんみたいに頭良かったらなー」

 頭の良さなんて、いろいろだ。学校の勉強が出来たって、わたしは綾乃みたいにみんなに可愛がられない。かおちゃんみたいにみんなと仲良くもなれない。

「お父さんに相談してみたら」

「いや」

 綾乃がむすっとする。

「おねえちゃんだけでいい」

「……綾乃」

 綾乃は、お父さんが嫌いだ。お父さんは綾乃のことを猫っ可愛がりするけれど、綾乃はそれが嫌いなんだ。分かってる。綾乃はおねえちゃん子だから。

 お父さんがわたしを疎ましがっているのを敏感に察知していて、そんなお父さんを嫌っている。

 わたしはもう、そんなのはどうでもいいのに。

 お父さんが綾乃を可愛がるのなんて当たり前だ。顔だって性格だって、綾乃のほうが断然可愛いんだから。お母さんが死んでからなおさら、わたしは可愛げがなくなった。いつだったかおばあちゃんに言われたあの言葉は、きっとお父さんの気持ちの代弁だったんだろう。

 でもそれはあくまで、わたしとお父さんの問題。

「綾乃のことは、綾乃のことだよ。ちゃんと話してね。将来何になりたいのか、とか」

「おねえちゃんは?」

 綾乃がぱっと真剣な顔を向けてきた。

「おねえちゃんは、何になりたいの?」

 そう、返されるとは思わなかった。わたしは高校を選ぶ時だって、結局偏差値と、かおちゃんがいるから、くらいでしか考えなかった。お父さんとほとんど話もしなくて、ここにしたい、分かった、くらいしか言ってない。

 だから、考えてない。

 将来なんて、全然。

「わたしは……そのうち考えるから」

「えー。ずるいー」

 ばたばた、と綾乃が足を振った。

 それをなだめながら、綾乃の進路調査票をお父さんの郵便物の一番上に置いた。

 綾乃はどうか、ちゃんと考えて。

 ちゃんとお父さんと話をして。

 何になりたいのか、見つけてくれるといいな。


 でなきゃ、わたしみたいになっちゃうから。

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