3

 翌朝、水島が山中と腕を組んで教室に入って来た時には、共々ぶっ飛ばしてやろうかとも思ったが、どうにも様子がおかしかった。

 山中は笑顔だ。しかし巨乳美少女と腕を組んでるってのに、水島は嬉しそうじゃない。その顔はどこか疲れているように見えた。


 妙だ。普通、今まで彼女が居なかった奴に彼女ができたら、口角緩みまくりの自慢しまくりと相場が決まっている。それに水島は、硬派ぶってはいるがあくまで似非。こういう時に自慢しない訳が無いじゃないか。きっと何かあったに違いない。


 水島と山中の席は離れているので二人はバラバラになる。そこを見計らって俺は、自分の机にカバンを置いてため息をつく水島に話しかけた。


「おい、どうした? 一緒に登校してきたってことは、山中に告られてそれを受けたってことだろ? なんでそんなげっそりしてんの? 彼女出来て嬉しくないの?」


 しかし水島の返事は遅かった。というか俺に話しかけられたこと自体、気付くのが遅かったように見えた。そんなボーっとするくらい疲れているらしい。


「あ? あ、ああ、すまん。どうしたかって? それはな、確かにお前の言う通り昨日あの後告白されてな。お前には悪いと思ったんだが、つい受けちまった。しかしそれが運の尽きよ。『叩いてくれ、乱暴にしてくれ』ってうるさくてよ……。今朝なんか俺の家の前で待っていやがった。そして開口一番『ぶって頂戴』だ……」


 水島はもう勘弁して欲しいという感じに言った。


「おっまえ、贅沢なやつだなあ! 彼女はMつまりSMプレイが出来るってんだぜ? それくらいやりゃあいいじゃないか」


 むしろ俺はやりたいくらいだね。あくまでプレイであって本気で殴るわけじゃないんだしさ。まあ、初めてでいきなりSMってのは抵抗感あるけど。

 しかし水島はブンブン首を横に振る。


「いや駄目だ! 何であれ俺は女は殴れん!」


「お前、せっかく彼女が出来るのに、みすみす棒に振るのか?」


 いや、棒に振ってくれた方が俺にとっては都合が良いじゃないか。これ以上考え直すように言うのはやめておこうかな……。つい水島のためを思って考えちまったぜ。


「どうしても駄目なんだ。実はこれには深い事情がある。聞いてくれるか?」


「ほいじゃ聞きましょう」


 唐突だなあ。


「アレは小学二年生の頃だった。うちのクラスにはいじめっ子の女が居て、ある時いじめ現場に居た俺はその女をぶん殴ったんだ」


「その頃は殴れたんだな。で、その時大けがでも負わせてトラウマになったか?」


「いや違う。その後担任に殴ったことを叱られるんだが、俺は当時その美人教師に憧れていたんだ」


「その教師、清楚系だろ?」


「どうして分かった!?」


「いや分かるだろ」


 お前、前に自分で好み言ってたじゃん。


「……まあいい。それでその時、初恋の人に嫌われてしまったこと、そして好きな人に『私は女の子に暴力を振るわない男の子が好きだなあ』と言われて以来、俺は女を殴れない体になっちまったのさ。――あ、ちなみにいじめを見過ごさなかったのは褒められたぜ」


 なるほどな、案外ちゃんとした理由があって殴れないんだな。

 俺も美少女は殴らない主義だが、半分はカッコつけでもう半分は殴ったせいでその子が美少女じゃなくなったら、全世界にとっての損失だからって理由だからな。

 恐れ入るぜ。初恋の人の言いつけを未だに守り続けるなんてよ。


 俺の考えは変わった。変わってないけど変わった。要はやることは同じだが心持ちが違うってことよ。


「じゃあ、水島。山中は俺が貰うぜ」


 これに水島はハッとした。


「そんなこと、お前にできるのか? できるなら、なんで彼女を今まで作れなかったんだよ?」


「そういう言い方をするなよ。何、簡単なことだ。俺がSに成ればいい。それだけのことだ」


 山中を水島から奪うんじゃない。山中から水島を解放してやるのさ。まあでも、この方が都合が良かったかな。これで心置きなく、山中を自分のものに出来るってわけだ。やっぱり一見略奪愛っぽくなるのは気が引けるもんな。まあ、俺が先に奪われたんだけども。

 いやぁしかし、こうなってくると『白馬の王子様作戦』も全く意味が変わってくるな。お姫様を助けるつもりが、お姫様から助けることになるとは、これじゃ真逆だ。


「しかし永井侮るなよ。山中はそんじゃそこらのMじゃない。ドのつくタイプのMだ」


「おう、フランス貴族か?」


「だったらフランス貴族は全員変態か? 下らんボケはいいんだよ。こっちはそれどころじゃ――」


 さあて、そんなことをやっていると獲物が向こうからやって来た。

 山中は俺に目もくれず水島に話しかける。さすがにいきなり「ぶってくれ」なんてもんではなく、内容は当たり障りない世間話だった。

 まあ、俺は世間話などお構いなしに、朝からSMの話をするがな!


「なあ山中」


 俺は山中の両肩を掴み、乱暴にこちらを向かせる。

 俺はふと考えた。話す内容は決まっているが、山中が俺になびくよう山中から見て魅力的に、つまり素敵なSに見える様に俺は振舞わないといけないのではないかと。

 しかし、その問いは俺を悩ませる。Sっぽいことをやらにゃならんが、それってなんだろうか。

 やっぱり鞭打ち――は鞭が無いし、蝋燭――は蝋燭が無い。今の俺には素手しかない。しかし、朝っぱらから教室で女の子を殴ったらそいつは事件だ。完全に頭のおかしな奴だ。いや、鞭打ち蝋燭も教室でやるのはヤバイが。


「何、永井君?」


 山中は怪訝な顔をする。そりゃ強引に自分の方向かせておいて、その後が無いんだったらそんな顔もする。

 うーむ、少なくとも乱暴にこちらを向かせるだけでは足りないことは確かか。俺はもう少し、一秒にも満たない時間で強化人間の頭脳を回転させ思い出す。

 ――そういえば昨日、水島は山中の胸ぐらを掴み、そして山中は水島に惚れた。ということは胸ぐらを掴むのは確実だという事! 見えた! 光が見えた! この光で未来の先まで見通したぜ!


 俺は決心し、山中の胸ぐらを掴んだ。しかしどうしたことか、山中はときめき顔にならないではないか! 赤面とか恋に落ちた感のある顔とは全くかけ離れた真顔のままだ。

 くそ、こうなったらもっと過激な手で行く。周りの目なんて気にしていられるかってんだよ。

 俺は山中の胸ぐらを左手で掴んだまま、拳を振り上げた。さらには、今すぐ殴ってやるぞと言わんばかりに山中を睨みつける。さあ、これでどうだ!?


「何? 放してよ」


 なーにぃ!? これでも全然俺にときめいてくれない! こうなったら本当に殴るしかないのか? 水島には胸ぐらを掴まれただけで惚れたっていうのに、どうして俺には惚れてくれないんだ!? ……いや、ここは彼女にしようとしている女の子が、簡単に男に惚れる尻軽じゃなくて良かったと安心すべき――って言ってる場合か!

 俺が手こずっていると、この異常な光景を察知したクラスメイト達が寄って来て、俺に対して非難の視線を浴びせかけてきた。そこには西城と帆風、それから城ケ崎の顔もあった。


「いやぁなに、冗談だよ冗談。皆目が怖いよぉ?」


 俺はへらへらしながら山中の胸ぐらを掴む手を離すと、山中はため息をつきながら襟元を整えた。周りの見物人は皆怪訝そうな顔だったが、とりあえずは解決ということでこれで去ってくれた。

 俺はすぐ近くに人が居なくなったのを確認すると、山中に尋ねた。


「なあどうだ? 俺にときめいたか? 彼氏を変える気はないか?」


 これに山中は今までの無表情が、ついに変わってムッとした。


「なるほど、それでさっきは意味不明なことをやったのね。悪いけどこの気持ちに変わりはないわ」


 がっちりと意思表明をされてしまうがこれで引き下がる俺ではない。


「なんで? どうせならイケメンの方が良いだろ?」


「おいおい永井、その言い方はないだろ?」


「確かに永井君の方が水島君よりずっと顔が良いわ」


「おいお前、俺の彼女じゃなかったのか!?」


「でもね、大事なのはフィーリングよ、見かけとか表面上の問題じゃない。永井君からは何も感じないの、たとえ乱暴に扱われようともね」


 なるほど、そういう理由か。いや俺はその説明で納得がいくぜ。恋にはフィーリングがつきもの。一目惚れとかがその最たる例だ。ま、それでも出来得る努力はするがね。


「しかし水島は、お前の望むようなことはしない男だぜ。だったら、お前の望みをかなえてやれる俺の方が良くないか?」


「いいえ、私はあなたで我慢するくらいなら水島君を変える努力をするわ。同じ苦労なら、永井君を選ぶ理由なんて一つも無いわ」


「ひ、ひ、一つもないだとぉっ!」


 その言葉には紳士の俺でもさすがに我慢が出来ねえ! もう一度山中の胸ぐらを掴んでやろうとしたその時、教室の戸が開き優子先生が入ってきた。朝のホームルームの時間だ。


「命拾いしたな」


 俺は舌打ちして自分の席に戻っていった。




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