6
さて、全員風呂からあがって晩飯も食い終わると、寝るまでのフリータイムが出来上がった。
この時間が俺と二階の勝負の時間になる。
「なあ皆、一緒にゲームやらない?」
二階は仕切りのふすまを数センチだけ開け、顔を覗かせて女子たちを誘う。自分から俺に勝負を申し込んだだけあって、そこら辺の段取りは向こうがやるつもりらしい。
「いいけど、何やるの?」
西城がふすまをさらに開放させながら言う。
瞬く間にふすまが全部開けられ、向こうが見えるようになる。女子たちは皆、二階が何をすると言うのか待っている顔だった。内容次第で不参加もあり得るだろう。
「永井、どうする?」
と、ここで二階が俺の方を向いて尋ねてくる。
そういえば、勝負の内容は俺が決めて良いんだった。
しかし、なんで皆とゲームするタイミングで、同時に俺と勝負しようって考えちまうかなあ。皆でゲームした後、俺と勝負じゃいけないの? せっかく女子とゲームするんだから、勝負にばかりかまけていられないだろ。
女子とやりたいと思えて、かつ二階と勝負出来るゲームってなんだ……?
「ねえ、早くしてくれない?」
俺が考えていると城ケ崎が急かしてくる。ホント、デカいのはおっぱいと尻だけだな。
……まあ、二階みたいな気骨のある奴を無下にするのも悪いとは思うが、俺は常に自分の優先すべきことを見失わない男だ。ここは女子とやりたいゲームでいかせてもらうぜ。
「じゃあ、王様ゲームってのはどうだ?」
「良いんじゃない?」
西城は結構いい反応を示してくれたが、城ケ崎、川上、帆風は寧ろちょっと嫌そうな顔をした。それに気づいた西城は、すかさず三人の説得に入った。旅行主催者として、場の雰囲気とかには気をつかうのだろう。
少しして西城の説得は成功し、全身王様ゲームに参加することになった。すると二階は笑った。何、こいつも結構スケベ?
「何がおかしい?」
「いやなんでもない。ただ、王様ゲームは僕が最も得意とするゲームなんでね。これは勝負の行方が楽しみだ」
王様ゲームが得意って何? 逆にどうやったら苦手なの?
ちなみに王様ゲームとは、皆でくじを引いて王様を決めて、王様が周りに命令するというゲームだ。得意不得意出る?
全員参加が決まればまずは準備。円形で男女互い違いに畳に座る。
順番は俺から時計回りに、川上、水島、西城、二階、城ケ崎、中野、帆風ときてまた俺に戻ってくる。
そして王様ゲームにはくじが必須だが、得意というだけあって二階は準備が良かった。二階は自分のカバンから割りばしで出来たくじを取り出し、くじはそれを使うことになった。
さあ準備も終わってこれからという所で、二階は仕切り出す。
お前、得意だからってそういうことすると嫌われるぞ?
「始める前にルールを確認しておこう。
王様は一度にいくつでも番号を指定出来るが、命令は一つしか出せない。
命令された側は従わなければならない。
部外者は巻き込まない。
ゲームが終わった後はゲーム中に起こったことを引きずらない。これでどうだ?」
案外真面なことを言いやがる。あまりに真面なもんで、俺を含めた全員がそのルールを承認した。
一応今からこいつと勝負だってのに、こいつの持ち出したルールで大丈夫なのか少しばかり不安になる。
……まあ大丈夫だろ。ていうかどうやって負けるの? これ王様ゲームだぞ?
「それじゃあ、ルール確認が出来たところでくじを引こうか。僕がくじを――」
二階が最後まで言い切る前に、中野は二階からくじをぶん取った。
「いや、君にばかり任せるのは悪い。我輩がくじを持つから、帆風君から時計回りに引いていってくれたまえ」
中野が本心で二階を気遣うわけがない。
やはり中野も、直接勝負するわけではないが、王様ゲームを得意とする二階のことを警戒しているらしい。
このまま二階に全部任せてたんじゃ、どんな俺たちに不利な細工をしてくるか分かったもんじゃない。少しでも奴が介入出来る隙を減らしつつ、奴の予定を狂わせる必要がある。中野はそのために今、行動を起こしたに違いない。
さすがは中野、援護射撃感謝だぜ。
「……それじゃあ、任せるよ」
二階は中野の提案を受け入れた。
そして中野の次は、時計回りだと帆風なので帆風からくじを引く。――引いた番号は一番だ。
帆風は注意深く、他人に番号が見えない様に引いたつもりだが俺には無意味だ。
俺は中野がくじを掴んだその時に、もう全てのくじの番号を把握しているのだ。
どの番号のくじがどこにあるのか、一瞬で全部記憶した。だから次、俺の番が回って来て俺が引くのは当然――。
引いた後くじを確認すると、そのくじのは番号は書かれておらず、尻の部分が赤く塗られている。そう、王様のくじだ!
何が王様ゲームが最も得意とするゲームだ。強化人間の身体能力があれば、くじの記憶くらい楽勝なんだよ。
二階、これでどうやって俺に勝つつもりだ? いや、俺もどうやって勝てばいいんだ?
そして全員くじを引き終わる。もちろん、全員何番を引いたか把握している。順番に言っていこう。川上が二番、水島は七番、西城は四番、二階が三番、城ケ崎は五番、中野は六番、そして帆風が一番だ。
「よし全員引き切ったところで、お決まりのコール! 王様だーれだ!」
全員がくじを引いたのを確認した二階は、一人でコールする。
皆きょろきょろ王様は誰かと探す中、満を持して俺はくじを掲げにんまりと笑う。
「俺が王様だ!」
するとその瞬間、川上が「やっぱり永井君が王様か、当たってた」と呟いた。え、なに? もしかしてお前もくじ記憶してた? ホントに人間?
そして帆風と城ケ崎たちが、声にこそ出さないものの「えー」という感じの不満ありありな顔になる。なっんて失礼な! 逆に標的にしてやるぞ!
だが、まだそうはしない。勝負勝負と言ってくる馬鹿が目障りだ。いつ俺の邪魔をしてくるか堪ったもんじゃない。あいつを放っておくと、リラックスしてゲームを楽しめないぜ。
「ほう、早速王様か。さすがは永井、やるな」
二階は余裕綽々の様子で俺を褒めるが、次の俺の一手でその上から目線の余裕面もギトギトに崩壊すると思うと、今からにやけて仕方がねえぜ。さあ、食らいやがれ!
「命令するぜ! 俺は三番をゲームから除外する! これ以降の参加を認めない!」
「「「「「「な、なにーっ!?」」」」」」
俺の出した命令に、俺を除く皆が驚きの声を上げる。
三番は二階が持っている。この命令で、二階のこの後の参加を許さなければ、心置きなく女子にエッチな命令を出せるというわけだ。
それにゲームに参加出来ないってことは、不戦敗みたいなもんだろ。勝負の方も俺の勝ちに決まり。こんな手を思い付くのは俺くらいのものだろうなあと、当然成ることが許される天狗に成る。
さて二階、お前の崩れ去ったお笑い物の表情を見てやるとするか。
俺はにやにやしながら二階の方を見た。すると以外にも、奴の顔は如何にも平静だった。
な、何故だ!? 何故そんな冷静でいられる!?
……いや、これは諦めた顔だ、そうに違いない。完っ全に押している俺の方が動揺してどうする。俺の勝ちは決まったんだから、ドンと構えておけばいいんだ。
「さあ、三番は誰だ? とっとと申告して、俺の命令を聞いてもらおうか」
まあ、誰かなんてのは分かり切っていることだが、ここは知らないふりをしておかないとな。俺が二階が手を挙げるのを待っていると、中野の手が震え出した。
「おい、どうした中野? 湯冷めでもしたか?」
俯く中野の顔を覗き込む。
すると中野は、俺のことをキッと睨み返してきた。
「おい、なんだよ」
「なんだと言いたいのは我輩の方だ。何故こんなことをしたのか、我輩には理解出来ない……」
そう言って中野は力なく、くじをポロリと落とした。
それを二階は拾って皆に見せながら言う。
「これが三番だ。三番は中野だったみたいだ」
な、なにーっ!?
「見せろ!」
俺は二階からくじをふんだくって番号を確認する。
そこには三番とはっきりと書かれていた。目をいくら擦っても、逆立ちしても変わらず三番がどっしりと構えていた。
しかし、そんなことあるはずがない。俺は全員がくじを引き終わるまで、瞬き一つしなかったんだぞ。
「なあ、全員くじを見せてくれ」
俺に言われて、皆くじの番号が見える様に自分の前の床に置く。
ズラーっと見渡すと、全員俺が記憶している通りの番号だった。
川上は二番、水島は七番、他もすべて一致している。確かに俺に間違いは無かった。しかし、二階が出したくじの番号だけは違った。それは本来、中野が持っているはずの六番のくじだった。
いつの間にかすり替えられたというのか。いや、三番を引くと見せかけて、一瞬にして三番と六番の位置を入れ替えて、六番を引いたんだこいつは。俺の強化人間の目を掻い潜って!
動揺している俺を嘲るように、二階は笑いながら言った。
「どうした永井、まるで僕が三番を持っていなければおかしいという顔じゃないか」
くそ、こいつやはり狙ってすり替えをやりやがったんだな。そして俺の行動は読まれていた。
……悔しいが、こいつの実力を認めざるを得ないようだ。王様ゲームが最も得意と言うだけのことはあるぜ。
別に舐めてたわけじゃねえ、だがこいつの実力は、俺の予想よりさらに上だったんだ。
「すまん中野。お前の分まで王様ゲーム楽しむぜ」
「甲子園の勝った側みたいなセリフで、我輩泣きそうな気持ちだが、正直煽っているようにも聞こえるぞ」
いや、他意は無いんだ、すまん。
中野への謝罪が済んだところで、この後どうやって戦っていくか、脳内作戦会議を開く。
瞬き一つせずに見ていたというのに、俺に気付かれずにすり替えを成功されたとあっては、この後は今みたいな狙い撃ちは出来ないってことだ。
次、また除外させようとして相手が二階じゃなくて、水島か女子の誰かになる可能性があるってことだから、こいつは危険な手に成っちまった。
「じゃあ、次を始めようか」
俺の脳内作戦会議が終わっていないというのに、二階はゲームを進行させる。
「引く順番が固定というのも面白くない。一番最初に引く人を、時計回りでずらしていこう」
「賛成!」
西城が二階の提案に賛成してしまう。
なに!? 俺が脳内作戦会議にかまけている内に、余計なルールを付け足されてしまう。
次は俺が一番だからまだ良いが、それ以降は二階よりくじを引くのが遅くなってしまう。それは非常にマズい。
何故ってこいつは、俺が二階より先に王様を引くのが、うんと難しくなっちまうってことだからだ。
もしも奴が、俺と同じ様にくじを把握していたとしたら、奴が王様を引いてしまって俺が引くことは出来なくなる。いや、俺が王様を引けなくなる心配は必要ない、そもそも奴が王様を引いたら俺はお終いだろう。
さっきの一発で仕留められなかったせいで、今度は俺が二階に除外される危険が生まれちまってる。次のワンセットが最後になる可能性すらある。
だが、このルールを取り消すことは俺には出来ない。
一度賛成されてしまった以上、ここで異議を唱えると雰囲気が悪くなって王様ゲームはお流れになるかもしれん。
それは俺も望まない所だ。俺はまだ、女子たちにエッチな命令を出していない!
……仕方がない、これでいくしかない。まだ、二階が王様を引くと決まったわけじゃない!
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