3
翌日から、俺の人生は変わり始めた。
まず朝登校し、教室に入ると、
「永井君、おはよう」
俺に挨拶をする女子。こんなこと入学以来、一度もなかった。
ついに遅すぎるモテ期到来かと思いきや、声の主は川上だった。やけに上機嫌だ。
普段、こんなに機嫌の良い川上を見たことがない。逆に不気味だった。
「お、おはよう」
「昨日心中のお誘いがあったでしょ? だから昨日ずっと興奮が冷めなくて、一睡もできなかったの!」
「そ、そうなんだ……」
「それでね、せっかくだからってことで、一晩中今日のお弁当作っっちゃった! 私、愛は相手に尽くすものだと思うんです」
「へ、へえ……」
そう言う川上の後ろ、彼女の机を見ると横に大きな袋がぶら下がってる。袋は大きすぎて、床に着くほどである。
「そう、あの袋の中の重箱、全部永井君のために作ったおかずなの。冷蔵庫の中身全部使っても足りなかったから、スーパーに買い物に行こうとしたんだけど、深夜で開いてないからコンビニに買いに行ったんですよ」
「そりゃ、どうも……疲れたでしょ?」
「いいえ、それが全然! 一睡もしなかったのに今も全然眠たくないし、ちっとも疲れてないんです!」
こいつ、強化人間の素質があるんじゃないか?
俺が畏怖していると、どこからともなく水島がやってきて茶化した。
「うらやましいね、女の子の手作り弁当とは」
「水島君にはあげませんよ。ぜーんぶ、永井君のために作ったんですから」
「いや、さすがに食べきれんよ」
俺が言うと、川上は拳を固めた。まさか、またガラスを割る気か?
「……で、でも、男ならこれくらいは食べないとな」
「そうですよね!」
川上は拳を解いた。全く肝が冷えるぜ。
まあ、全部食おうと思えば食えるか。量があっても八段くらいだろう。
強化人間である俺の体は、食える時に食えるだけ食える体になっている。いざという時に、動けなくなるのを回避するためだ。
「十六段くらい、ペロリですよね!」
へ? よく見ると机の反対側にも、同じように袋がぶら下がっている。
騙されたッ! ば、倍だとぉッ!
「あと、これは全部おかずなので、ごはんもこちらに」
と言って、川上はカバンの中からドンッ! と炊飯器を出した。
五合くらいか、かなり多いなと思っているとさらにドンッ!
に、二個目の炊飯器だとッ!? さすがに食いきれんッ!
い、いや、川上の手は止まらん!
三個、いや、四、五、六、ドンッドンッドンッ! 合計十個!
「すごい数の炊飯器だね……家族多いの?」
「いいえ、三人家族です。炊飯器もお店で買ってきました!」
買いに行ったときにおかしさに気付いてくれ!
「私の愛、全部受け取ってくださいね。寝ずに作ったんですから。受け取れないとは言わせませんよ!」
いやいや、さすがの俺でも食いきれん。
水島に救いを求めようとしたが、気が付いたらもう居ない。
あいつ、裏切りやがったな! …………誰かっ! た、たすけてくれぇっ!!!
そして時は昼休み、場所は教室。
俺の机で川上と地獄のランチタイム。
ついに男二人きりの昼食を卒業出来て、俺は本来喜ぶべきなのだろう。
だが、これを喜んでいいのだろうか。
俺が想像していたのはもっと甘くて夢のようで……。
それも二人きりの食事だぞ!? お互い食べさせあいっことか、恥ずかしくなるようなことも出来たはずなのに!
いや、食べさせあいっこはしているけれども、こんなにしんどいイベントであったであろうか。
少なくとも、ギブアップのハンドサインをしている奴に、無理やり食べ物を押し込む行為ではなかったはずだ。
川上は不安げな表情をした。
「私の手料理、お口に合いませんでしたか?」
「口に合わなかったら、重箱六段も食べないよね」
それと、白飯を四合。炊き具合も良かったというのに、この量を無理やり押し込んだのでは台無しだ。
「では、何か足らないことがあるのでしょうか?」
「いや、そこは足りてるというか寧ろ多すぎるというか」
「いいえ、こんなものでは足りない。私の愛はもっと大きい、もっとあなたを愛してみせます!」
いや、弁当の量の話なんだが――と言おうとしたが、川上はまた「はい、アーン」と食べ物を口元に近づけてくる。
体はすでに限界を訴えていたが、この恋人みたいな行為と川上のあまりの美少女フェイスに、俺は口を開いてしまう。
俺のバカ野郎! このままじゃ胃が破裂して死ぬぞ! そんなことは分かってる! で、でも、体が勝手に! 巨乳美少女の恋人行為を断れるわけが……ッ!
俺は右腕のナノマシンを起動させた。
まさか、こんな所でこいつを使うことになろうとはな。
だがこのままでは死ぬ。背に腹は代えられん。
ナノマシンは膨大なエネルギーを消耗する。つまり、端的に言って腹ごなし。
食った側からナノマシンのエネルギーに変えて、胃に空きを作る!
よし、これで――と思ったが、ちっとも腹が空かない。ずっとパンパンの苦しいままだ。
しかし、体の方は確実にエネルギーを失っていっている感覚があった。何故だ!?
――そ、そうか! エネルギーをいくら急速に使っても、胃が消化するスピードは変わらない!
しまったぁッ! この俺がまさか、こんな凡ミスをするだなんて……っ!
「な、永井君!? どうしたの!?」
俺はエネルギーを急速に失ったため倒れた。
目が覚めると保健室のベッドだった。
何者かに手を握られている感触がある。
横を見ると椅子に座った川上が、俺の手を握っていてくれた。
「あ、起きたんですね。良かったぁ……」
川上は安堵の表情を浮かべた。
俺のことを心配していてくれたみたいで、暴走しても愛は本当であることを確認する。
「ごめんなさい、私、あなたと食事できるのが楽しくて、あなたの体調に気付けなかった……。恋人失格です……」
そんなに気を落とさないで、と俺は慰めようした。
しかし直前、俺はこれは使えると思った。
そうそう、失格だから心中なんてやめちまおう。そう俺は提案しようとした。
「今度からは些細な変化も見落とさない様、常に傍に居ます!」
「え!? 常にって!?」
「もちろんずっとです。トイレもお風呂も寝る時も、一緒です!」
あまりの衝撃に俺らしくもない、間抜けな質問をしてしまった。
トイレも風呂も寝る時も一緒なんて、それすなわち同棲。やったぁい! こういう時のために一人暮らしを始めたんだ! 男女二人、それもクラスメイトが相手だなんてエッチすぎます! 親父に自慢してやろっ!
「しかし、寝る時もってことは、それはもう同意とみてよろしいんですよね?」
俺は無理やりはしない主義である。
川上は頬を赤らめた。
「……ええ、もちろんっ」
ああ、ついに我が世の春が来た! やった! 勝った! 俺が大統領だ! みんな、俺に付いて来い!
「そういう愛の確かめ方もあります。でも、その後は心中によって愛をより確かにしてもらいます」
――――駄目だこりゃ!
確かに俺は死ぬほどエッチがしたいよ!?
でもそれは、エッチ出来れば死んでもいいってわけじゃないよね!?
「そうだ! それで、いつ心中するか決めましょうよ」
俺はどう返事をしたものか考えあぐねた。
俺もそこらのナンパなサイテー野郎になって、一発やったらポイする手もあるのかもしれない。
そんなことしたら、きっとただでは済まないだろうが、強化人間の俺なら、何されようが乗り越えられるはずだ。
だがそんなことは出来ない。
美少女を泣かせることが俺に出来ようか? いや出来ない。
それに何より大きな問題が、この後捨てると考えながら女の子とイチャイチャラブラブエッチが出来るだろうか? イチャイチャラブラブだぞ!? 騙してるって後ろめたさのせいで、絶対イチャイチャラブラブ出来ないわ。
だから僕はエッチが出来ない。こんなにも君を求めているというのに……っ!
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